第86話 南の魔術塔

 落ちてきた光は、篤紫の手前で何かに当たって弾け散った。そのまま氷の壁をドーム状に抉り溶かす。辺りに水蒸気が一気に充満した。


『篤紫、無事かっ? どこだっっ』

 飛びかかってきたオルフェナを、尻餅をついて座ったまま受け止めた。

 久しぶりに、モフモフの感触を手に感じた。相変わらず、オルフェナは手触りがいいな。


『ぬっ? 篤紫かっ、体はなんともないのか?』

 徐々に霧が晴れていく。心配そうにおろおろしているオルフェナが見えてきて、何だか篤紫は嬉しくなった。

 いつも冷静沈着なオルフェナが、こんな姿を見せるところを見たのは初めてだった。オルフェナをそっと地面に下ろす。


「大丈夫だよ、対策は取ってある。二度と光には焼かれないよ。

 それより急がなきゃ、早く瓦礫の下にある、月の石を置いてある部屋に行くぞ。どこまで崩壊しているのか分からないけど、とにかく行くぞ」

『すまぬ、我はどっちの体でも、そういう瓦礫撤去などの地道な作業をすることができぬのだよ』

 申し訳なさそうに項垂れるオルフェナの頭を、そっと撫でた。たまには、役立たずのオルフェナもあっていいじゃないか。

 意図を察してか、オルフェナが頷いた。


 魔道具で変身したままなので、瓦礫を軽々届かすことができる。非常階段があっただろう場所を適当に選んで、瓦礫を持ち上げて、さっき光で抉れた場所に投げ込んでいく。

 投げた軌跡の途中から、オルフェナが風の魔法で方向を調整して、崩れないように綺麗に積み上げていった。


 ふと思い立って、眼鏡に軽く指で触れる。

「確認するのを忘れてた。

 ……さっきの光を防御しただけで、うげ……そうか、一万の消費なのか。これは一億くらいチャージしておかないとやばいな」

 感覚で眼鏡に魔力を込めると、黒縁の眼鏡が一瞬白く輝いた。

『のう篤紫。その眼鏡はなんなのだ? 二回目の潜入から掛けてきておるようだが、焼滅光線で目がやられたのか?』

「この眼鏡?」

 眼鏡に触れている間、瓦礫投擲の動きも止まっていたため、篤紫を観察していたオルフェナが眼鏡を見て首を傾げた。


 その間にまた、光が落ちてきた。


 さっきと同じように、光は篤紫の前で何かに弾かれて、爆散した。そしてまた氷の壁をドーム状に抉り溶かして、積み上げてあった瓦礫を氷の中に押し込んだ。


「目が悪くなったわけじゃないよ。

 こいつは、複数の機能を持たせた、眼鏡タイプの魔道具なんだけど……」

『では説明は、その光を弾いている部分だけでよい』

「それなら、簡易的なダンジョンバリア……かな?」

 普段はヘルメットのように、頭部を守る大きさのバリアだけど、今回は安全を考慮して半径五メートルのドーム状に、バリアを展開してあった。

 それでも光が一回当たるごとに、一万の魔力が消えている。


『シーオマツモ王国に展開してあったバリアと同じと言うことか。

 なるほど、ただでは起き上がらん、と言うことなのだな』

 篤紫とオルフェナは、黙々と瓦礫をどかしていく。時折、圧縮された焼滅光線が降ってくる。その都度、周りの氷ドームが大きくなっていった。

 いつしか瓦礫の中に、螺旋階段と同じ素材の物が増えてきた。




「おおっ、あったぞ」

 変身の魔道具のおかげで、黙々と重い瓦礫をどかしていくと、程なくして見たことがある空間に辿り着いた。

 光の玉を造って足下の空間に潜り込ませると、さっきも北の魔術塔で見た螺旋階段が、遙か下まで続いていた。


『ところで篤紫。どうして我々は、瓦礫の上に転移したのだ?』

 オルフェナを抱えて螺旋階段を下っていると、胸元で疑問の声が上がった。やけに、螺旋階段が長い。

「恐らくだけど、転移した吐き出し先は、エレベータールームに設定されているんじゃないのかな。

 そもそもあの星の石や月の石がある部屋は、施設の重要な部屋だよ。

 普段の万全の状態であったなら、転移のためには塔のエレベータールームを入れ替えれば、中の人たちを安全な状態で転移させられる」

『普段は星や月の石から、直接転移させることは無いわけか。

 つまりあの瓦礫には、エレベータールームの物が混じっていたと』

「たぶんね、おおざっぱな認識で飛ばされたんたろうな」

 階段を下りている間も、時折上の方から強烈な光が漏れてくる。爆発音がしないことから、崩れて瓦礫になっていても、やっぱりダンジョン壁なのだと言うことは理解できた。

 気の遠くなるような距離を下った後、見覚えがある部屋に着いた。

 

 螺旋階段の裏にある扉を開けると、そこには凄惨な光景が広がっていた。




『これは、酷いな。ここまで破壊されるものなのか』

 扉が引き扉で無ければ、そもそも外に出られなかったと思う。

 大きな瓦礫が視界を埋めていて、その隙間の遙か彼方に光が見えた。瓦礫の間を縫うように、ゆっくりと登っていった。

 このときばかりは、瓦礫がダンジョン素材でありがたかった。そうで無ければ底の方にある瓦礫が、粉砕されていたはず。


 外に出ると、町だっただろう場所は、全てが瓦礫に覆われていた。瓦礫の山の中腹に出たのだろう、見上げると天井の一点に向けて大きな山が形成されていた。

 魔術塔の外壁が、全て崩壊した。そんな崩れ方だった。


「なあオルフ、エレベータールームって、この瓦礫の底だよな?」

『うむ。さっき出た部屋の、ほぼ反対側であっただろう。また瓦礫の隙間をぬって下りていくしかあるまい』

「まじか、何で俺上がってきたんだろう」

 既に生存者は絶望的、瓦礫の雪崩に攫われた町は、北の魔術塔よりも酷い状態だ。瓦礫の裾野は、町の端まで広がっている。


 小さくため息を漏らすと、再び瓦礫の中に下りていった。




「ここか。ここも入り口が押し扉でよかった」

 慎重にエレベータールームの扉を押し開けた。重さで固まっている瓦礫が、室内に雪崩れ込まなかったのを確認して、オルフェナと安堵のため息を漏らした。


『ふむ。誰かが入った形跡すら無いな』

 フロアは綺麗なままだった。明かりが落ちているから、当然中は真っ暗。篤紫とオルフェナが浮かべた光の玉が、唯一の明かりだ。

 魔術塔は外壁を中心に崩れ落ちたようで、エントランスは全くの無傷だった。そう言えば、非常通路である螺旋階段も、途中までで崩壊を免れていた感じだった。


 魔術塔の構造が一緒のため、階下に下りる扉を魔術で消滅させると、月の石がある部屋へと下っていった。



『むっ、何でだ? レアーナが来るぞ』

 階段を下りきって、明かりを増やそうと思ったところで、急にオルフェナが焦り始めた。待って、メルフェレアーナが来るって?

 向こうでメルフェレアーナが死ぬほどの、何かがあったのかもしれないけれど、それにしては桃華や夏梛が来ないのは、少し不思議な気がした。何だろう、少し嫌な予感がする。違う意味で。

 オルフェナは篤紫から少し離れると、光を纏いながら車に変身した。


「来るのか?」

『いや、まだだな。クールタイムがあるから、しばらくは来んだろう。部屋が広くて助かった、レアーナが来るまで、このまま車の姿で移動させてもらうぞ』

 篤紫は頷くと、沢山の光の玉をつくって、部屋全体に光を飛ばした。


 部屋には何もなかった。

 南極点に設置されているはずの、月の石すらもなくなっていた。

 メルフェレアーナの復活点がオルフェナに移って、星の石と月の石との接続が途切れたときから、既にその役目を終えていたのだろう。もっともそれが直接、星の異常事態に繋がったかと言えば、おそらく関係なかったと思う。

 もし星のコアに異常があるなら、魔術も使えなかったはずだ。


 篤紫は目測で、部屋の真ん中に歩いて行くと、鞄から虹色の地球儀を取り出した。

 南極点、たぶんここだよな。

 もう一度だけ周りを見回してから、地球儀を床に置いた。


 球体が回り始めた。

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