異世界でTS転生娘(猫耳付き)が神の理不尽に抗うために旅に出る話
野本 美羽
第一話にして最終話
昔々、とある世界に人間たちが住んでいました。
人間たちは始め、自分たちを創り出した神から下される御告げをしっかりと守り、平和に暮らしていました。
しかし、人間たちは次第に横暴に振る舞い始め、神があまり下界に干渉しないことをいいことに他の生物を絶滅に追いやるような行動を繰り返すようになりました。
いつしか一部の人間たちは、自らが神であるかのように振る舞い始めます。
ほとんどの人間がこのままではマズイと気づきましたが、一部の人間の暴走を止めることはできませんでした。
暴走を続ける一部の人間たちは、ついに彼らにとって目障りな神を殺す計画を立て、実行しました。
しかし計画は失敗。神は犯行に及んだ人間に神罰を与えることにしました。
その時に神がおっしゃったのが、この言葉。
「神アブソデイトの名において命ずる。
お前らの体にネコミミとネコ尻尾を付けて、語尾に『にゃん』を付けろ。当然、子孫にも適用するからな?」
こうして生まれたのが猫人族、通称「にゃん人」。
科学技術に頼れないほど森の奥で暮らしているため身体能力が発達しており、神の仕業なのか、必ず美男美女として生まれる種族です。
過去に前述のようなことがあったので、基本的に人族とはあまり関わりを持つことはありません。人族ならば、出会ってもあまり関わらない方が安全でしょう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この世界なら、人族の学校に行けばかなり最初の方で習う事柄。誰も当然のように知っており、かの「反逆事件」から数千年が経った今では猫人族ですら受け入れている事実。誰もが不思議に思うことなく、ましてや文句をつけるなどあり得ないはずの現実に文句をつける美少女がここにいた。
つまり語り手の私、猫人族のミーシャである。
実は私、そもそもこの世界の生まれでは無い。正確にいうと、前世の記憶を持ってこの世界に生まれ直した者、つまり転生者というやつである。
私の前世の死因は、地球の日本という所で唐突に足元に開いた穴に落ちてよくわからないまま死亡、というなんとも訳の分からない死因だった。
そして、神を名乗る男と出会った。それも真っ白な空間というテンプレートなシチュエーションで。個人的には神の見た目が思ったより若かったのに驚いたが。
その神は自分をアブソデイトと呼んで、
『自分のミスで偶然開いてしまった次元の穴に君が落ちてしまった。権田正樹くん、君さえ良ければ異世界にはなるが、転生させたいと思う。当然、チートは付けよう』
ストップ。今ツッコミたいところがあっただろうが、後回しにしてほしい。
友人から異世界で無双するストーリーとか聞いたりもしていたし、何よりこのまま一生が終わってしまうのは嫌だ。もっと長く生きて、楽しいことをしたい。
というわけで一も二もなく頷いた私は、この世界に転生してきた。そして、普通の女性の猫人族としての暮らしを送ってきた。
では、なぜ今私は文句を垂れているのか?
そこで先ほどの神の発言を振り返ってみよう。しっかり聞いていた人は思っただろう。「権田正樹って、男だよね?」と。だが、最初に私はミーシャと名乗った。明らかに女の名前だし、事実、今の私の体は女である。
察しの良い人ならもうわかっただろう。あろうことか、神とかいうクソ野郎は「TS転生ネコミミ付き」をプレゼントしてくれやがったのである。さらに語尾には「にゃん」だ。元男としては地獄のような環境である。
あの神話を親から聞いた時、私は天に向かって叫んだ。
『ふざけるんじゃないにゃ〜っ!』
当然、叫び声は神には届かないし、語尾のにゃんは取れない。その後数日間落ち込んだ。立ち直れたのには原因があるのだが、それはまあ、今は関係ない。
ちなみに、チートはしっかりと貰っていた。身体能力はおそらく世界最強クラスではないかと思う。少なくともこの集落ではぶっちぎりでトップである。
この世界に魔法は無いが、高すぎる身体能力を活かして縮地ができるようになったし、空中に足場を作るイメージで空を跳ぶこともできるようになった。さすがに炎やら氷やらは出せないが、腕を全力で振ってミニ竜巻は作れた。地面を殴って壁を作ったり遠くで隆起させるバトル漫画の真似事も実戦で使えるレベルまでできる。
正直異常なので、これが貰ったチートだと思う。
まあ、そんなこんなで女性の体や語尾に必死に適応しつつ目標のために一心に鍛えてきた私は、今日ついに旅立ちの日を迎えた。
別に村の掟とかで旅立つことを定められているわけではなく、私と両親が昔約束したのである。
「十五の誕生日を迎えたら、好きに生きて良いにゃん」
語尾が台無しだが、仕方がない。
どれだけこの日を待ちわびたことか。やっとこれで、旅に出られる。やっとこれで、あの神という名のクソ野郎を一発殴るための第一歩を踏み出せる。
「ほんとに行っちゃうのにゃ?」
声をかけてきたのは私の母親。私が旅に出る話をした時はケンカになったが、それも含めて私のことを常に考えてくれた。とても良い親だったなと思う。
「うん、行くにゃ」
そう答えた私にかけられる野太い声。
「危ないだろうけど、必ず生きて帰ってくるんだにゃん」
これは父。普段からあまり喋らない人だったけど、頼れる一家の大黒柱だった。ただ、客観的に見ても娘(つまり私のこと)Love過ぎるのが玉に瑕だったが。
「うん、たまには帰ってくるにゃん。それじゃあ、またにゃ」
両親から貰った焼きシシャモを鞄に入れて村に背を向けた、その時。
「待ってにゃ!」
大好きな親友の声がした。
「……サーシャ?」
語尾が嫌いで小さな頃からあまり喋らなかった私にできた、今世で唯一と言っても良い友達。日本だと幼稚園に入園するくらいの歳から一緒に居たし、いつも何をするにも一緒だったから、私は密かに親友だと思っている。
こんなこと恥ずかしくて本人には言えないが、きっとサーシャが居なければ私はどこかのタイミングで心が折れていたと思う。私が目標とする「神殴り」の話をしても、馬鹿にせずに聞いてくれた。同年代の子たちが私の身体能力を怖がって近づかない中、サーシャだけはいつも私の隣に居てくれた。
だから私は、サーシャのことを世界一の親友だと思って……
いや、私は今嘘をついた。正直に言おう。私は、サーシャのことが好きだ。恋愛感情を持っている。私の心の男の部分が、サーシャに恋をして燃えているのが、萌えているのが、意識すればよくわかる。
「ミーシャ、私も連れてってほしいにゃ!」
……私はサーシャが大好きだ。だからこそ、これから始まる危険な旅に連れて行くわけにはいかない。好きな人を守り抜ける自信なんて、私にはないから。
「気持ちは嬉しいけど、危ないし連れていけないにゃん」
「それでもにゃ! そもそも、ミーシャは自炊できないはずにゃ!」
「うにゃっ……」
……私には、女子力というものが全く備わっていない。前世は男だったら女子力が必要とされる機会など無かったし、今世は時間があればひたすら鍛えていたせいで、女子力を磨くタイミングなど無かったのである。
「で、でも、そんなのなんとでもなるにゃん」
「こういう時のミーシャは信用できないにゃ!」
うっ、さすがサーシャ、私のことをよくわかっている。
でも、可愛いサーシャが私のせいで傷つくなんて誰よりも私自身が許せない。どうかわかってほしい……!
「それでも、ダメにゃ」
「昔にした『ずっと一緒』って約束、ミーシャは忘れちゃったのにゃん!?」
サーシャを説得しようと発した私の言葉に被せるように放たれたサーシャの叫びに、私は押し黙るしかなかった。
あれは10歳になる少し前のこと。特別何か大きな出来事があったわけでもなく、私はいつものように森の中で鍛えていた。女らしさなど微塵もなかった私に、サーシャが花冠を作ってくれたのだ。その時にサーシャが言った台詞が、
『ゆうじょうのあかしにゃん! わたしたちふたりはずっといっしょにゃん!』
嬉しくて胸がいっぱいになって、私は何度も頷きながら嬉し涙を堪えるのに苦労したのだ。あの時のことは今でも昨日のように鮮明に思い出せる。今思えば、サーシャを最初に意識したのはあの時かもしれない。
「……忘れるわけないにゃ」
「なら、約束を守って私も連れて行くにゃ!」
本音を言えば、サーシャと一緒に旅をしたくないわけがない。サーシャと一緒に旅だなんて、できたらどんなに幸せか。それでも、サーシャには怪我をして欲しくないのだ。
それに、もし私が神に要求を呑ませて語尾と耳、尻尾を取ることに成功したとしても、サーシャと一緒に旅をすればその過程で十中八九私が元男の転生者であることがサーシャにバレてしまう。その時、いくら優しいサーシャでも、とてつもない嫌悪感に襲われるだろう。そうなった後にサーシャが私の側に居てくれると思うほど私は自惚れてはいない。
「…………やっぱり、ダメ……にゃ?」
「うにゃっ……」
で、でも。ここでサーシャを連れて行かないなんて、昔からずっと一緒に居てくれた唯一無二の親友を信用していないということに他ならないのではないか? 私は、大好きな人すら信用できないほど心の狭い人なのか? 裏切られたことも無いのに信用しないなんて、それは一種の裏切りではないのか? こんな時こそ信用して連れて行くべきではないのか?
言い訳のようにそう考えた私は、迷いを振り払うべく、サーシャに念を押して、私が連れて行くための理由にする。
「……怪我とかするかもしれないにゃん」
「ミーシャという一緒にいる代償なら安いもんにゃ」
即答。
「……死ぬかもしれないにゃん」
「ミーシャに看取られるなら本望にゃ」
これも即答。
「……キツくて帰りたくなるかもにゃん」
「ミーシャの隣が私の帰る場所にゃ」
やっぱり即答。……私としては嬉しいけど、最後のをサーシャの両親が聞いたら泣くんじゃないだろうか。
「……真実を知ったら、きっと私のこと嫌いになるにゃ」
「絶対ありえないにゃ。私と一緒に過ごしたミーシャが私にとってのミーシャにゃ」
「……仕方ないにゃ」
気づけば、無意識に言っていた。だが、不思議と後悔は微塵も無く、それどころか肩から一つ重荷が降りたようなスッキリした感覚すらある。
「やった、やったにゃ!」
ぱあっと花が咲いたように笑って、全身で喜びを表現しているサーシャ。そこまで喜んでいるのを見ると、私までなんだか嬉しくなってきた。
可愛いなあ、と心の中の男の部分が反応しているのを隠しつつ、私はサーシャに声をかける。
「ほら、早くしないと置いて行くにゃん」
「あっ、待つにゃん!」
実を言うと、そもそも神の元へたどり着く方法すら過去の文献から断片的にわかっているだけだし、神を倒す方法なんて全くもってわからない。
それでも、サーシャと一緒に、ゆっくりじっくりと世界中に散らばる手がかりを探す旅は、きっと、他のどんな旅よりも楽しいものになるだろうと、なぜか確信できる。
いずれ神を殴ることができたら、サーシャには全てを告白して、あわよくば恋人になって……そんな決意を固めつつ、私たちは人間の住む町へ、外の世界へと歩みを進めていった。
異世界でTS転生娘(猫耳付き)が神の理不尽に抗うために旅に出る話 野本 美羽 @daibinngu0904
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