エメラルダスくんの恋

@donarudobardakku

第1話 エメラルダスくんの恋

 僕の名前は宝石男エメラルダス。はっきり言って女にモテる。とんでもなくモテる。あんまりモテすぎて女嫌いになるくらいだ。そしてそんな僕にとって一年で一番厄介な日、バレンタインデーがやってきた。


 何しろ僕は女嫌いな上にチョコが嫌い、大嫌い。なのに女達は構わず僕の口の中にチョコを押し込んでくる。苦しいので逃げ出したが、どこまでも女達は追いかけてくる。ついには女以外にも(ホモセクシュルのアメリカ大統領など)追いかけられて、ついに袋小路に追い詰められてしまった。絶体絶命かと思われたその時、シューンという音がして僕の体は釣り竿で釣り上げられて宙を舞った。





 ドシンッ

「いてててて」

「大丈夫?」

 釣り竿を持った女の子があわてて駆け寄ってきた。

「あっ君は同じクラスの・・・・・・、ええっと誰だっけ?」

「ふふ、私は大海原おおうなばら多恵子だよ。地味だから知らないよね」彼女は眼鏡をクイッと上げて言った。


 そうだ、この女の子の名前は大海原多恵子。漁師居酒屋『俺の海』の一人娘で、学校で見かける彼女はいつも魚のような生臭い匂いをさせている。匂いは家の手伝いをしているからなんだけど、その匂いを気にしてか引っ込み思案でオドオドしていて、休み時間は教室の隅で隠れて本を読んでいるような地味で目立たない女の子だった。

「その大海原さん、なんで君が助けてくれたの?」

 僕は辺りを見回した。どうやらビルの屋上のようだ。

「違うよエメラルダスくん。私はエメラルダスくんを助けたんじゃ無い。私もみんなと一緒なんだ。エメラルダスくんにチョコを渡そうと思ったの」

「え、チョコ! 嫌だ、よせ、あっちに行け」

 僕は力の限り暴れた。

「無駄だよエメラルダスくん。その糸、グラスファイバー製の巨大魚用だから人間の力じゃ絶対に切れない」

 大海原さんは懐から小さな箱を取り出して蓋を開けた。

「うわーーーーーー」

 僕はしばらく失神していて、それから意識を取り戻した。

「やっと落ち着いたね」

 大海原さんはさっきと同じような笑顔を僕の顔に向けニコニコ笑っている。

「くう、無念だ」

 僕は観念して箱を見た。中には黒くて四角い物体が入っている。

 チョコレートだ。見ただけで怖気が走る。

「・・・・・・ごめんねエメラルダスくん、これ本当はチョコじゃ無いんだ」

 多恵子はポツリと言った。

「え?」

「これ、本当はマグロのズケなの」

 多恵子が箱を揺すると中の物体はプルプルと震えた。確かにそれはチョコレートよりもずっとグニャングニャンしていて柔らかい。てっきり生チョコかと思うほどだ。


「うちのとおちゃんがね、おまえは漁師の娘なんだから告白するならオレの釣った魚を持って行けって。でもバレンタインデーにメバルやスズキじゃいくら何でもカッコつかないでしょ・・・・・・」からまった糸をハサミで切りながら、説明する多恵子の声はか細くかすれていた。「それで、せめて形や色の似てるマグロの切り身を醤油漬けにして、それでチョコレートっぽく作ってみたの。見た目だけでもバレンタインデーらしくしたかったから。ごめんねエメラルダスくん、こんなバレンタインデーキモいよね。ていうか漁師の娘がバレンタインデーなんて、チャンチャラおかしいね」


 パチンッ、最後の糸を切ると多恵子は立ち上がり背を向けた。

「・・・・・・ごめん、それ捨てていいから」多恵子の握りしめた小さな拳が震えている。

「ま、待ってくれ」

 僕は立ち去ろうとする多恵子を慌てて呼び止める。夕日が二人の影を強く照らしだした。

「マグロのズケ、スゲー旨いよ」

 僕はマグロのズケを手で掴んで頬張った。生暖かいそれは噛みしめるほどに汁がしみ出す。マグロのズケはちょうど良い醤油加減に浸かっていた。僕はそのマグロのズケのしょっぱさに、多恵子の女らしい心遣いと繊細で傷つきやすい乙女心をスパイスとして感じとったのだ。

「エメラルダスくんはやっぱり優しいんだね。さすが女の子にモテるだけあるね」

 振り返った多恵子の目には涙がいっぱい浮かんでいた。なんて可愛らしいんだ・・・・・・今すぐ抱きしめてあげたい。

「違う違う、マジで旨いんだ。おれ、おまえのマグロのズケもっと食いたいんだ」

 今にも泣き出しそうな多恵子のために、僕は夢中でマグロのズケを口一杯に頬張った。

 その時、割って入る声がした。

「おう、わけーの!」


 振り返ると白タイツに腹巻きで髭ずらの男が立っていた。手を腹巻きに突っ込んだまま下駄をカラカラいわせて近づいてくる。

「へへ、おまえが噂のエメラルダスくんか。いい面構えしてんじゃねぇか、なあ多恵子」

「とおちゃん!」

 男は少し間を取ってから、この時の為に準備していた口上を述べた。

「おうおうおう、にーちゃんよ。うちの娘と付き合おうってつもりなら、せめてサンマの三枚おろしくらい練習しとかないとな!」

 海の男のその顔は、太陽を浴びてさんさんと輝いていた。

「親方、よろしくお願いします!」

「エメラルダスくん!」

 こうして二人は同じ船を漕ぎ出した。二人の門出を漁師仲間達の大漁旗がいつまでもいつまでも見送っていた。

「とーれとーれぴーちぴーちかにりょうり~とくりゃ。へへ、へーっくしょん!」

 完

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