第28話 その獣は黒く、そして白かった――【麻雀回】

「おや、お嬢ちゃん。どこから入って来たのかな?」

「お嬢ちゃん。これは密会ってヤツでね……おじさんたちがここにいた事は誰にも言わないでくれると有難いから、そうして欲しいんだよ」

「偉くなると、こうして集まって麻雀打つ事も出来なくなるんだよ……あ、お嬢ちゃん、麻雀は分かるかい?」


 3人とも紳士的な口調だったからか恵森清河は警戒心が解け、軽く返事する。


「あ、えっと……はい」

「よかったら見て行かないかい? おじちゃんたちはこれから麻雀を打ってその試合結果によって大事な事を決めるんだ」

「人生の岐路に立たされるような一大イベントに対し、どうすべきか……そんな感じなんだ」

「まぁ俺はどの銘柄に注ぎ込むか決めるだけで他の2人に比べたら大した事じゃ無いんだけどな。紳士口調はやめだ……何か疲れるって言うか」


「あれ? でも1人足りない……? それに雀卓も……?」

「それは大丈夫だよ。この部屋は映像素子充満空間……それじゃ起動するよ」


 恵森清河が首を傾げて言った言葉に対し男性の1人がそう言うと……突如部屋の中に全自動卓が現れて、卓の上にメーカーロゴが幾つか現れた後、麻雀ソフトのタイトル……『じゃんほう』のロゴが出現しました。


 一言で言うならカスタマイズ性の非常に高い麻雀ソフトでCPUも上位となると他のソフトに比べズバ抜けて強い……ネット対戦にも対応しててるし、こうしてネット無しでの起動も可能。


 ちなみに恵森家の麻雀はマットを敷いたリアル牌でやってるけど、全て母親の嫁入り道具だったりします。


「打つのは雀宝最強のCPU……果たして半荘何回まで行けるやら……」

「この店のサーバーのスペックですと、思考時間もバカになりませんぞ」

「オウカ様が処理してくれれば相当快適だろうなー……まぁ、2台あるサーバーは悪いもんじゃ無い。何とかなるだろ」


 そして恵森清河の目の前に、そのCPUが現れるんだけど……


 この話はこれで十分――


 恵森清河が麻雀観戦で遅れる事をオウカが両親に連絡し、終わった頃は子供が寝る時間をとうに過ぎてて……道中遠くの怪しい輩に向け、あの氷で牽制射撃もしたけど特に何事も無く帰宅……


 両親が寝静まる中、ベッドの中で恵森清河は呟く……雀宝をこの家で導入する場合の話はもうオウカから聞いてるよ。


「あのCPUと戦うには、それまでの全てのCPUと戦って一定の成績を納めないといけない……つまり隠しキャラ……ゲーム用の汎用デバイスを買って貰えば明日にでも出来るようになるけど……」


 呟くと言っても発声じゃなくて心の中でです。


 興奮冷め止らぬ夜になりそうな流れだけど……恵森清河が更に心の中で呟くと、そのままぐっすりと眠ってしまいました。


「それはラバロン魔法学校に入学してからで、いいよね……お父さんとお母さんと家庭教師の先生と……一緒に打つ時間を大切にしたいし」


 さて都合よくあれからと言い張って、ロットナー卿と塔子の麻雀観戦が終わった所から話を再開しよう……


 先ずロットナー卿が発言し、オーラスの感想を述べます。


「まさか全員イーシャンテンのまま進んで、2人ノーテンという地味な幕切れとはな……」


「麻雀打ちたくなって来た」

「その言葉を待っていた。既にそっちの打牌内容が俺の方の仮想自動卓に反映されるようにローズに手配させた……麻雀全体の処理はジャスミンにやって貰うとして……とりあえず赤あり東風南入ナンニュウありでいいか?」


「あ、原点割れで南4局まで続く感じ? 打つー!」

「南4局だと原点割れのままでも終了するんだよな……まぁ普通、そこまで長引か無いが……では自作AI持ち込みモードからCPU対戦モードを選択し……赤ありならこのCPU2名が一番強いな……弱いヤツを望むか?」

「大丈夫ー」


「では雀宝の赤ありCPUから……来い、紅玉こうぎょく! りゅうひめ!」


 ロットナー卿が叫ぶと塔子の目の前の雀卓に赤を基調とし縁取りなどに金色が施され、所々にある宝石はピンクで胸元の一番大きな宝石だけはルビー……


 そんな全身鎧を纏った甲冑キャラ……紅玉が出現。


 竜姫の出現も同時だったけど、お姫様らしいドレスを身に纏い、右腕は長手袋をはめた範囲、左脚はオーバーニーソックスの範囲が竜部分の竜人で、ドレスは左脚を隠し、肌色部分である右脚は露出させるデザイン……


 竜の鱗は青緑系だけど、顔は人間部分しか無くて角が生えてる程度……立派な尻尾もあるし背中から生えた両翼も見事。


 これで3席埋まったんだけど、まだ自分を出現させていないロットナー卿が言います。


「せっかくだ……選んでくれ」


 すると塔子の目の前に小型動物の画像が8種表示され、動物自体は統一されてるね。


 塔子は特に深い理由も無く、黒と白のコントラストが目を引く動物を選択……今の様子だと気分次第では他の選んでたかな。


 やがて最後の1席にコボルドが出現……塔子が選択した犬種に沿い、黒柴デザインです。


 やがてロットナー卿が呟く。


「そういう種族だが背が低過ぎるな……少し上げるか」


 するとロットナー卿のアバターである黒柴コボルドの体格全体が一回り大きくなる……それでもアンバランスな感じはしないね。


 ロットナー卿が更に言うよ。


「俺はポメラニアンを選びそうになったが黒柴とはな……ふむ悪く無いな……気に入った。では東風トンプウ戦を始めるぞ!」


 雀宝はデータ登録した全自動卓を仮想空間で稼働させるソフト……雀卓のデザインもデータがあればカスタマイズ可能。


 席順に従って各キャラが再配置され、東家が紅玉、南家が黒柴、西家が塔子、北家が竜姫……ちなみに竜姫と紅玉より上のCPUは特定のルールでしか打てず虹の女王と黒曜こくようを越えた先に雀宝最強のCPUがいます。


 塔子から見ると上家が黒柴、対面が紅玉、下家が竜姫。起家は紅玉で……


 それから何事も無く3巡目を迎えた塔子の手牌……ドラは3ピン。


 萬13789筒113索399發中ツモ索赤5。


 塔子が赤5ソウをツモ切ると下家の竜姫がチー……ロットナー卿が言うよ。


「竜姫の赤牌集めが早速来たか……防御よりも攻撃に重きを置いた打ち方をするからハマるとヤバイ事になる相手だ」


 塔子は純チャン三色ドラ1を目指してるわけだけど……完成すればこうだね。


 萬123789筒123索12399。


「あ、赤5ピンもチーされた」


 巡目がある程度進み、チャンタ不要牌である赤5ソウはツモ切る事になるので塔子が今言った通り、竜姫はチーして……巡目も深まった頃、ツモ和了。


 萬34567筒22……チー筒34赤5チー索4赤56ツモ萬2。


「タンヤオドラ3で30符四翻の子のツモだから……2000点3900点」

「お、ちゃんと計算するのか。ロンだと7700だがツモだと、もう満貫でいい気がする点数だよな……」


 さて東2局はロットナー卿が親……ロットナー卿は早々と鳴いて、竜姫が切った牌をロンし、その際にこう言います。


「まずはタンヤオドラ1だ……」


 そして更に次の局の終わりにロットナー卿が言います。


「立直は出来たが流局か……やはり紅玉はオリたか」

「防御型なの?」


「竜姫と紅玉はやってる事自体は同じだ。防御に重きを置くのが紅玉だが、後は竜姫と同じだな……赤牌集めも普通にやるし、先行した時の打点も高い……」

「守って無い時は火力型かぁ……」


 塔子がそう呟いたけど、ここらで恵森清河の昔話の続きをしよう……恵森清河が9月にラバロンに入学して3か月……


 恵森清河の魔法は昔から大して変わって無いから魔法実技試験は群を抜くものなのは想像出来るね。


 射撃はアイシクルグレーターを豪快に放ち、迎撃はサドンフリーズで全て弾き返し彫刻はアイシクルグレーターの硬度なら思うがままの形状に出来るし……


 1回目の彫刻では側面に球面を彫って1ピンの形状を意識した形状を施したから、

4月入学の生徒たちの度肝も抜いたし……


 戦闘テストもヴォルテクスフレアで蹂躙……対空はレイジングブレイズがあるけどヴォルテクスフレアを空中に放つ事も出来ます……その時は炎の渦が球状になるよ。


 でもここで触れておきたいのは最近の恵森清河が授業を受けてる相手が佐野山さのやま先生じゃ無い事だね……


 恵森清河は秀才とは言えないけど、解らない所は的確に質問出来るから、この先生と相性がいい……


 そんな恵森清河を見込んで今夜は先生の部屋で恵森清河が理解の怪しい箇所をマンツーマンで教えて貰ってます……互いの気力が許す限りという条件でね。


「恵森はここが解ってないみたいだね……この問題を解いてみて」

「うーん、難しい……」


「可愛いここあちゃんが頑張る生徒に出前を持って来たよぉー! 全部養殖の何ちゃって特上寿司ぃー! 皆で食べよぉー」


 映像素子充満空間の部屋に入って来たのは水色の服に黄色の帽子、左胸に付けた赤いチューリップ型プレートの白い部分には、ここあの文字……


 この頃の佐野山先生は園児服がメインだったりします……今より背が低いから違和感無し。


「あ、佐野山先生。部屋をお貸し頂きありがとうございます」


 そう言った教師の外見をそろそろ紹介……


 女性から見てかなりの長身、波打つくせ毛で緑と言うには黄色が入った長い髪を伸ばし、上は黒のレザーベストで下は青めのデニムパンツ、茶色のレザーブーツを履いてて、海賊デザインなロングコートを羽織った……


 あ、瞳はオレンジ色です……塔子と被ってるけど、そもそも塔子のオレンジ色の瞳自体は特別なものじゃない。


 そんな女性教師の名前はだけど夜凪やなぎ蛙子あこ……大学を早々と卒業し、すぐにラバロンの教師になったので今年28歳……市民位アルファなので実年齢です。


 それと背は船気ふなき智里ちさとより低いけど、胸は目に見えて上回ってるね。


 佐野山先生の手を煩わせない理解力のある生徒をこんな風に重点的に教育して早期卒業を促す役目の先生です。


 夜凪先生が言ったけど、ここは佐野山先生の自室……冷蔵庫から取り出したものを掲げ、佐野山先生が叫ぶよ。


「この日の為に買っといた醤油とワサビ! 結構いいものだから、どんどん使っちゃってねー……大丈夫、ここあちゃんはワサビに何て負けないんだからぁ」


 佐野山先生がサビ抜きでお寿司をある程度食べて適度にワサビを付けた寿司を頬張ると……明らかに咀嚼のペースが落ち、食前に淹れた粉茶を飲んで気持ちを落ち着かせた後、涙ぐむような声の調子でこう言いました。


「前の肉体カラダでは……前の肉体カラダでは大丈夫だったのにぃー!」

「まだ味覚の感度が高い時期なので、無理しない方が……」

「たまご、いくら……美味しい」


 食事を終えると恵森清河と夜凪先生は勉強を再開し、佐野山先生もやや離れた所で自分の業務をこなし始め、それから2時間後……佐野山先生が言う。


「清河ちゃん、頑張るねー」

「理解力は並だけど、時間を掛ければものにして行く……またこういう日を設けたい気分になって来るけど……何か夢でもあるの?」

「ゆ、め……?」


「ここまで勉強頑張る何か大きな理由があるのかなーって……あこちゃ……夜凪先生は言ってるんだよー」


 そう聞かれて恵森清河は少しの間、黙り込んだ後……こう答え始めます。


「んー……勉強するのは他に何していいか分からなくて……頑張ってたら、こうしてよくしてくれて……そのお礼がしたくて、また頑張りたくなっちゃうだけで……理由は……無いかなぁ」


「そっか……この調子で頑張ってくれるなら私は喜んで教えるよ……でも、そろそろ内容が本当に難しくなってくるから覚悟しときなさい」

「勉強も大事だけど、ここあちゃんとしては学校生活を楽しむ事も意識して欲しいかなー……楽しい部活を見付けるとか」


「部活……ですか」


 恵森清河が最後にそう呟いて、夜凪先生の集中力が怪しくなるまで勉強会は続きました。


 そんな感じで勉強に勤しみ続けた恵森清河は成績ランキング上位の常連、魔法実技の方でも並の生徒には追随が難しい結果を残して行く……


 それじゃ塔子と黒柴コボルドのいる雀卓に戻ろうか。


 前局の立直棒1本が積み場にある東2局2本場……ロットナー卿はまたも立直して手牌は以下の通り。


 萬22678筒4赤5678索678立直。ドラは南。


「9ピンツモ……安めか。裏ドラも無いのか……」

「立直平和ドラ1ツモ。20符四翻2600点オール」

「親だからいいが……高めツモ裏ドラだったら倍満もあったんだよなぁ……」


 2本場なので更に200点オールと前局の立直棒の1000点がロットナー卿に入ります。


 そして東2局3本場……ロットナー卿が紅玉に振り込みます。


「な……しかも単騎待ちの高め」

「2ソウポンしただけと思ったら……」


 少し遅れ気味に1回鳴いたと思った直後で、北家の紅玉の手牌は以下の通り。


 索6777南南南西西西……ポン索222。ロン索6。


 ドラは7ワンなので無し……混一色三暗刻対々和でハネマンだね。


 3本場なので900点を加えた1万2900点をロットナー卿は紅玉に支払うけど……南と西が暗刻になったのは2ソウをポンした後です。


 さて塔子の親番が回って来ましたが……何でロットナー卿がこんなに呑気に過ごしてるのか少し言うかな。


 麻雀以外の操作を行って指示を出してる素振りは時折あるけど……戦況情報がリアルタイムじゃなくて結構遅れて来るという事情もある様子だね。


 クラウディート・アーベル・フォン・ロットナーは本日ヴェノスとラバロンで起きてる広範囲テロの首謀者です……


 塔子から見て、今は黒柴コボルドのアバターになってるから説得力無いけど。

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