第26話 そう呼んでくれたのは、初めてだったから――

「……以上が塔子ちゃんに関する主な情報と取り扱う上での注意事項……要するに、結局は皆と何も変わらないので仲良くしてあげてね、という事になるけど」


 教室でそう発言するのは青服白エプロンのメイド服を着てウサギのぬいぐるみを抱えた銀髪少女……ウサ耳カチューシャを被ってるので、その瞳はアクアマリンと言うにはやや濃い色と言わずとも佐野山先生だって判るね。


 つまりここはラバロン学園の一室で塔子の入学初日に佐野山先生が教室の皆に塔子を紹介した時の事……


 塔子は佐野山先生の隣にいるけど、教室の反応はこんな感じ。


完全人造人間プロダクターのクローンって……凄いのが来た」


「ネザーソードじゃ無かったけど実験体が入学した話は先輩から聞いたなー……定期的な投薬とか食事制限とか……大変なんだよね」

「積極的には関わりたく無いよね……お昼一緒するくらいなら、まぁいいけど」


「2歳であの胸って将来どうなってしまうんだ……? あ、肉体は14歳か」


「作成時に初等教育学校入試に合格出来るくらいの教育プログラムはインストールされてて日常生活には支障が無くて少し言動が幼い程度、かぁ」

「要するに企業機密の塊だから詮索は命取りだね……それでも市民位ガンマって情報は公開しちゃうんだなぁ」


 ラバロン学園は入学時期が4月と9月と特例枠の3種類あるから教室内の全員が新入生とは限らない……例えば岩瀬いわせ麻七まななが去年9月入学だね……カリキュラムを1年圧縮した初等教育学校に通ってた感じです。


 さて教室の喧騒も落ち着きを見せて来たので……佐野山先生が少し甘い声色でこんな発言をします。


「それじゃあ塔子ちゃんのルームメイトになりたい女の子は手をあげてぇー」


 そんな一連の光景を眺めてた、今日入学したての女子生徒がいたんだけど……そうだね、その女子生徒の心境を要約紛いに述べると……


 塔子が何だか話し掛け易いように見えて、でももしかしたらそれは間違いかも……だったら実際に近付いて声を掛けるとかしてみよう……それが出来たのなら塔子とはずっと上手くやっていけそうだ……


 そう思ったその女子生徒は席を立ち、茶色と言うには光沢が陽を反射したかのように眩し過ぎる輝きを放つ真っ直ぐな髪を揺らしながら塔子のいる教壇まで近付き……


 髪の色と同じ瞳で塔子を間近で見た時、このまま触れる事が出来そうだと確信出来た様子で、その女子生徒は手を伸ばした末に塔子の手を握り……


 佐野山先生の言葉を思い出したかのように手を上げ、呟く。


「あ……私やります、ルームメイト……」


 突如として歩き出したので教室の誰もが戸惑ってて……やがて佐野山先生が気を取り直したかのように発言します。


「はい、茶遠ちゃん、一番乗りぃー!」

「よろしくね。塔子ちゃん」


 早速、茶遠一がほんのりと笑いながら塔子にそう言って……


 その後、指定された寮の部屋に塔子と茶遠一が入ると先ず茶遠一が挨拶し、塔子とこんな会話をします。


「あらためて……塔子ちゃん、これからよろしくね」

「茶遠一だから……ハジメちゃんでいい?」


 すると茶遠一の顔が目に見えて曇り、茶遠一がやや途切れ気味にこう呟く。


「ハジメとい、う呼び方は……して欲し、くないなー」


「え、じゃー……あ」


 ここで塔子は少し考え、続けて発言するとともに提案する。


「はーちゃん……はーちゃん! どうかな?」


 すると茶遠一の表情は少し驚いた顔をした後、徐々に柔らかい表情になって行き、やがて危うく嬉し涙を流しそうなくらい両目を潤わせながら、こう言った。


「ありがとう……はーちゃん、か。うん、そうしよっか……」


 結局、涙は零れ落ちなかったけど、茶遠一は更に発言しました。


「本当に……塔子ちゃんとはこの先、もしかしたらずっと……上手くやっていけそうな気がするよ……ありがとう」


 そんな互いに入学初日である枚南まいな塔子とうこ茶遠さとうはじめの間での出来事でした。


 昔話が長引いたけど、気が付けばロットーナ卿と麻雀観戦を始めた塔子は放っといて……茶遠一とゴードンの会話の続きを見て行こう……


 一気に叫んだ茶遠一の呼吸が少しは落ち着き、ゴードンが次の言葉を待つ中、茶遠一は淡々と語り出す。


「両親に誕生日を祝われた翌日……いつも違和感があった。5歳の頃の誕生日の翌日は何をしていたか……その日の記憶を辿ろうとした時、他の事を思い出す時と感覚が違って……まるでそこには何も無い……そんな気分になって、怖かった……両親に聞いてみようか悩んだけど……言い出せない気持ちを誤魔化すように私が8歳だったある日、ネットでその年の大きな事件を調べようとしたら……ここ数年起きた悲惨な事件の特集記事があって……とある国で起きた銀行強盗事件の項目とその日付を見た時そういえばこの国に旅行に行くって記憶はあるのに当日の記憶が一切無かったなって思いながら、その事件の被害者リストを調べてみたら……」

「おめぇの名前があったのか?」


「うん。顔写真付きで茶遠一ってハッキリ……その画像をしばらく呆然と眺めた後、記事を読み進めてたら同じく記憶が無い日に自動車型乗用車のテスト飛行搭乗キャンペーンがあって……その事件の被害者リストにも私の名前が……両親の顔写真と一緒にあった」

「あの少し日程をズラせば何事も無く成功に終わったろうにって事件か」


「そこまで記事を読んだら、オウカさんからメッセージが来てて、ご両親に私がこの事に気付いた事を通達したって……その日お父さんとお母さんは、茶遠一が2回死んだ事、2回目は一家まとめて死んだ事……私たち家族は全員クローンである事、あと何年かしたら言おうと思ったけど、どう切り出せばいいか分からなくて悩んでた事、ありのまま――」

「そいつぁ……」


 ゴードンが相槌程度に呟くも言葉は続かず、また茶遠一が発言した際の口調は次第に声を震わせ、その中に何か強い感情が渦巻いてるかのように喋りました。


「あなたが……クローンは偽物だって言うなら、私と私のお父さんとお母さんは……何だって言うの? 茶遠一とその家族の偽物なの? 最初の茶遠一の代わりに造られた偽物の更に偽物の私は一体何だと言うの? 私はずっと偽物の両親に育てられたとでも言うの? 私は茶遠一って名乗ってていいの? だって私は、私は……」


 茶遠一の発言は更に続くけど何かが決壊して一気に押し寄せるかのように……次の言葉からは悲鳴を上げるかのように苦しそうで、今にも泣きだしそうな声で……


 相変わらず搭乗してるブロッサムを通して、叫び声を上げ続けます。


はじめじゃない! 1番目じゃない! それでも私は茶遠一だってお父さんとお母さんは言ってくれたけど……私を実際に産んでくれたわけじゃない男の人と女の人にそう言われても……何の気休めにもならないよ! 血が繋がってれば……同じ遺伝子を共有してるのが家族だって言うのなら……お金さえあれば好きなだけ製造出来る複製品同士のコミュニティが家族って事になる……私が死んでもまた同じのを造ればいい……そんな自分にどう価値を見出せばいいの!」


 そこまで言う頃には茶遠一の両の瞳からは涙が零れ落ちてました……


 茶遠一はブロッサムのコクピット内で独り泣いてるから、その様子をゴードンが見てるわけじゃ無い……


 ゴードンがそろそろ何か発言しようした頃、茶遠一が尚も叫ぶ。


「ねぇ答えてよ……教えてよ! 苦しいよ……私は一体何なの!」


「ほんっとうにアルファだなぁ……お前は……」


 ゴードンが喋り始めた事によりその話を聞こうとした茶遠一は叫ぶのをやめ、ゴードンが溜め息を吐くかのように発言を続けます。


「言っとくが俺が最初に触れ回ってたあの発言……ヴェノスの連中の心に泥水浴びせたくて、それっぽい言葉並べただけだ……だから俺はクローンが偽物とか遺伝子合成ベイビーがどうとか、脳みそ野郎をどんな目で見てるか……なーんもまともに考えちゃいねぇ」


 その発言の後、ふた呼吸ほど置いてからゴードンは更に続けた……


「けどな。お前の話を聞いてて、お前みたいなクローンに対する意見みたいなのは出来た……そんなのでよけりゃあ、答えてやるよ」


 それじゃあここで一旦、塔子とロットナー卿の様子を……


「おいおいおいおいおい!」

「この手に……役牌切っちゃうの……? どう見ても、これ」

「このCPU、主人公の手牌が分岐条件になってばっかりだったから、所々は乱数で判断するように手を加えたんだよな……やはり無理があったか」


 と思ったけど、ここは別な昔話をした方がよさそう……オウカの名前が出た事から茶遠一の一家がヴェノス市民である事が地味に判明したけど……これからするのは、ヴェノスでのある少女の昔話。


 世界各地で相次ぐ人間の判断による痛ましい事件を受けて、社会全体でいっそコンピューターに判断を任せたらいいのでは? という機運が高まり、その流れでヴェノスのシステムを管理していたイーリス、オウカに全権を与えてみようという試みが行われる事になってから何年かが経った頃……


 その夜は以前から活動してた窃盗団の大規模犯行が失敗に終わり……車両に乗って高速道路を敗走してた犯人グループがいました。


 そんな一本道には人影があり、そこには今年10歳になった少女がいて……デバイスからオウカの声が響く。


「最大出力を目指した広範囲魔法を展開して下さい」


 犯人グループたちが乗った車両の群れが見えて来て、少女が手の平を突き出した次の瞬間――ドーム状の炎の渦が路面の幅を越えて展開し、全ての車両が巻き込まれ、迫り上がる炎で裏返しになる車両もありました……


 その結果を見て、少女に持たせてた携帯デバイスからオウカが言うよ。


「全車両に命中。では恵森えもり清河さやかさま、こちらの車で自宅まで送ります」


 そして恵森清河と呼ばれた少女が自動制御の車両に乗り……しばらくすると、デバイス……つまりこんなオウカの言葉が聞こえます。


「犯人グループ24名の殺処分の完了を確認。その内、恵森清河さまの手で死亡したのは0名です」


「ど、道路は大丈夫だったの……?」

「大きな穴が開きましたが既に小型転送装置機械たちを向かわせました。復旧は本日中に終わります」

「そ、そうなんだ……」


 恵森清河は少し自分に自信が無くて、まだ幼さの残る少女の声を響かせ……やがて恵森清河の自宅に着くと、オウカと恵森清河の両親を交えて会話するよ。


「では今回の件で恵森清河さまの関与は伏せ、目立たない報奨であれば受け取ると」

「確かに娘の魔法は今までの扱い方をするのは正しいですが……」

「清河には普通の女の子として過ごして貰いたいのです」


「では恵森清河さまがラバロン魔法学園に入学出来るよう、家庭教師を手配しますので、こちらの候補からお選び下さい……家庭教師の費用は全額、ラバロンに入学を果たした時の学費は3年分、こちらで負担します。今までの恵森清河さまの活躍と今回の働きを踏まえれば然るべき内容です」

「ラバロン……あの魔法学校か」

「確かに魔法だけでなく学校としても名門中の名門……魅力的な提案ですが」


 ちなみに父親、母親の順番で喋ってます。そんな様子を見て恵森清河が言う。


「お父さん、お母さん……そうなったらアタシが進学する学校の中でラバロン学園が一番安くなるんだよね? だったらアタシ行くよ! 来年の9月に入学出来るよう、勉強頑張る……それに他に魔法が使える人たちがいれば、アタシの力も目立たないし……」

「では候補となる家庭教師の解説を始めます」


 オウカは既に決定事項かのようにそう言ったけど、こうなると断る理由が無いのも事実……家庭教師も決まり、一応オウカも退席し場が収束する中……両親が恵森清河に言います。ちなみに父親、母親の順で……


「清河……お前の魔法のおかげで我が家の経済事情は苦しかった時期が無い……お前自身が欲しいものをねだった事が一度も無いのもあるが」

「清河……貴方はもう少し何かを欲しがってもいいのよ……何かやりたい事があるんだったら、お母さんもお父さんも惜しみなく協力するわ」


「ありがとう。お父さん、お母さん……」


 母親の言葉は恵森清河が事ある毎に両親から何度も言い聞かされ続けて来たもの……恵森清河は自身の魔法の危険性に早々と気付き、元々自己主張の乏しかった恵森清河がそれを隠し通すのは苦にならず今まで過ごして来ました。


 さて恵森清河が母親の言葉に対して、こう続けてるね。


「でもアタシ……自分が何が欲しくて何がしたいのか……全然、わからないの。アタシが元気に過ごしてて、お父さんとお母さんがそれを見て笑ってくれて……もうそれだけで何かが欲しいか何て気持ちは消えちゃう……オウカさんがアタシの力に気付いてくれたおかげで、こんな乱暴な力でも皆の役に立つ使い道もあるんだって教えてくれた……オウカさんの指示で今まで危ない目に遭った事ないしオウカさんのお手伝いをする事でお礼が出来るんだったら……アタシでよければここにいる限り続けたいなって……」


 ちなみに全て本心から言ってて両親の目が届かない時でも恵森清河はこの言動通りの性格だよ。


 恵森清河の家庭教師選びは麻雀が打てるとあったのが決め手になって、家庭教師の都合がいい日の夜は恵森清河と両親と家庭教師の4人で麻雀をする日がよくある光景になり……そんな風に月日が流れたある日。


 恵森清河が今日も人知れずオウカの指示に従い犯行現場に簡単な一撃を与えた帰り道……こんな会話が全ての男性の声で3人分聞こえて来ました。


「……つけられてないよな?」

「見付かると厄介だが……」

「ここまで来れたなら大丈夫だろう……手筈通り例の店に入るぞ」


 そう言って穏やかな様子ではない男性3人はその傍にあった店の中へ入るけど……少し遅れて恵森清河も入店……


 すぐにデバイスにオウカからメッセージが来る。


「3人組は店内の奥にあるスタッフルームに入りました。入るのならばロックはこちらで解除します。緊急時に脱出目的での店内の壁の切断により、くり抜きは許可します」


 やがて恵森清河はその扉を開け、3人組が向かったであろう部屋へと近付いて行きます。


 そういえば、高速道路の路面を修復したのは小型転送装置機械と言ったけど……ドローンに転送装置機構を与えたものだと考えていいし、東京タワーのレプリカを高速構築する際にもこのドローンが使われてます。


 恵森清河の過去話はまだ続けるけど、茶遠一とゴードンが会話の真っ最中にこの話を始めたから、一旦そこへ戻るとしますか……


 ゴードンは真剣な口調で茶遠一に言いました。

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