芸人・コメディクエスト!
アトオシ(永井弘人)デザイナー
第1話. 舞台と転移。
「なぜ、“おっぱい”は高尚なのか?」
「そんな話しをします」
「これは、下ネタではありません」
「人生を歩む上で、大事な話です」
大きく息を吸い込み、ネタの本筋に入ろうとした瞬間。会場から悲鳴があがる。舞台上から照明が落ち始めた。照明は、私の頭を直撃し――私は気を失った――。
*
私は35歳、フリーランスのグラフィックデザイナーだ。高校卒業後、デザイン専門学校に入り、デザイン会社に就職。2社を経て、独立した。
日々、仕事をしつつ、「『デザイナーではない人』に、デザインを伝える」という理念を形にすべく、いろんな活動を行っている。講演会やワークショップ、デザイン入門書の執筆、SNSでのデザイン思考の発信。
いずれも、「デザイナーではない人」に向けて。堅苦しくならないよう、間口を拡げる意図で「『笑いとユーモア』を絡め、『デザインを伝える』」ことを心がけている。
そんな活動をコツコツと。2011年に独立してから、8年続けていた。30代半ばを迎え、気づく。まだまだ、自分自身に「影響力・発信力」がないのだ。
原因を考える。「笑いとユーモア」……ここだ。私は「デザイン・デザイナー」に当たる部分は、紛れもない「プロ」。しかし、「笑いとユーモア」はどうだろう? 業界的にいうと「素人・アマチュア」だ。
つまり、自分の「笑いとユーモア」の力を「プロ」レベルまで昇格し、より強い「影響力・発信力」をつける必要がある。そして、理念である「『デザイナーではない人』に、デザインを伝える」をより明確な形にするのだ。
強い意志を持って、私は、笑いの養成所「NCS(日本コメディスクール)」に入学した。もちろん、デザイン仕事を続けつつ。
*
養成所に通う、多くの芸人見習いが出る舞台。初のネタ見せだった。
私はピン芸を披露、しかけていた。長年やってきた、デザイナースキルを生かし、「プレゼンスタイルで、独自の思考を語る」というネタ。ウケる、ウケないがわかる前に気を失ったのだ。
そして――。
*
正気に戻った。直前までの記憶はある。自分が、“誰なのか”もハッキリわかる。
しかし、目の前の光景。ネタ見せをしていた舞台ではない。高原が広がっている。
さらに、ラノベのイラストか、コミケのコスプレ会場でしか見たことのない姿の人物が立っている。
私のすぐ近くに……女戦士、女エルフ、男ドワーフ……。すこし離れた場所に……童話に出てきそうな悪魔の顔……上半身裸で下は黒スパッツ…………直感でわかる。アイツはヤバイ。
不思議と頭の中では、周囲の人物、“名前”と“関係性”が少しだけ理解できた。
露出度が高い、赤ピンクのビキニアーマーを装備した女戦士は“エリザ”。ライトグリーンの布服をまとう女エルフは“フィリー”。鉄素材の重厚な鎧をまとった男ドワーフは“ジグ”。この3人は、私の“仲間”だ。
そして、あのヤバイ奴の名は“ノォール”……“中ボス”らしい。この世界の。
……ん? この世界?? えっ、まさか、もしかして……自分、転生してきた!? 転生ってか、ついさっきまでの記憶もアリアリだから、転移? 自分の格好、黒ジャケットにボーダーのTシャツ。黒いパンツ。ついさっきまでと同じ格好! なにコレ? どこ? ここ、どこ??
「ナガイ、正気に戻ったわね! よかった!! 次の攻撃がくるわ! 気をつけて!!」
エリザが叫ぶ。……私の格好に違和感がない? “ナガイ”? 現実世界、私の本名は“ナガイ”だ。……ということは、「この異世界は、現実世界とリンクしている」? 状況を完全に把握できないまま、敵のノォールが何やら構えだした。
攻撃!? えっ、ちょっ、ちょっと聞いてない! ノォールの口が大きく開く。目が怖い。口から火でも出てくるのか? ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。なにかくる……!!
「ハイッ、ハイッ、ハイハイハイ! ボクは中ボス、中途半端な立ち位置、デス! そこそこ強いけど、噛ませイヌ! 誰がじゃ!」
……な、なに言ってんだ?
「ククッ、ノォールの得意属性『リズムネタ』……ダ、ダメ、そこに『自虐』を絡めるなんて……アハハッ」
「エリザ、笑っちゃダメ! 笑いをこらえて! ……ププッ」
「イカン! フィリーも笑ってしまっておる…………ブフォーッッ」
「そういうジグだって……プププッ」
私の仲間? の3人が途中まで笑いを堪えていたが、吹き出した。「笑っちゃダメ」ってどういうこと? あっ、なんだあれ?
3人の頭上に数字が浮かぶ。「エリザ:344 / フィリー:236 / ジグ:378」と表示されていた数字。笑った直後に、「213 / 137 / 194」と減った。あの数字って、ヒットポイント……HPか? HP、「笑った声の大きさ」に比例して減った?
「……どうも〜、ノォールでした! ありがとうございました!! ……なに? ナガイ……お前……まったく、笑ってないな…………なんという防御力だ……」
先ほども伝えたが、僕は35歳になった。申し訳ないが、「小中校生向けのリズムネタ」で素直に笑える年齢ではない。
「ハァハァ……なんとか笑いをこらえたぞい……」
爆笑していたはずのジグがつぶやく。
「いやあんた、思いっきり笑ってた!」
すかさず、私がツッコム。ピロピロピロ! ジグの数字が少し増えた。なんだ? 時間差でHPが増えるのか? 考える間もなく、フィリーが声をかけてきた。
「ナガイさん、さすがの防御力ですぅ。こっちのターンですよぉ、どうしますぅ?」
「どうする……って?」
「ボケるか、ネタをつくるか、どっちじゃ!?」
どっちじゃ!? 待て待て、整理しよう。ここは「異世界」で、今は「中ボス“ノォール”」と戦闘中。仲間が3人。言葉は通じる。現実世界とリンクする部分がある。
この世界では、相手に対する「攻撃」が「ボケ」で、「笑う」と「HPが減る」。HPがゼロになると……死ぬ? 自分たちのターンでは、ボケるか、ネタづくり?
「ちょ、ちょっと質問させてくれ。なんつーか、こっちの世界での記憶がないんだ!」
「異世界転生のラノベかーい! ……あれ? 回復しない……」
「エリザ、今の『記憶がない』は“ボケ”じゃなくて、“マジ”らしいぞ……」
「えっ?」
みんなに状況を説明する。手短に。さっきまで私は「違う世界(現実世界)」にいた。ノォールがリズムネタ攻撃をする直前に、「この世界」に来た。
どうやら、肉体や格好はこの世界にも存在した「ナガイ」のまま。意識だけ飛んできて、上書きされたらしい。
不思議な表情を浮かべていたが、戦闘中ということもあり、3人はとりあえず理解してくれた。その上で、この世界での戦闘システムを、ジグが駆け足で説明してくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます