発進と停止は穏やかに

@yomekawarimono

待ち合わせ

昼食を食べ終えると、家の黒電話が鳴った。

雲ひとつない秋晴れ。今日は日曜日。

聡からだ。


「こ、校長先生から電話があってさ、ドライブにいかないかって、俺とお前と三人で」


「えーーっっ?突然、なんで?」


「俺も驚いてちょっと手が震えてんよ。あっ、でさー、もし行くんだったら30分後に長面駅で待ち合わせだって」


「ドライブなのに駅で待ち合わせ?しかも30分後?」


「よくわかんないけどそうなんだってよ」




石本和代先生。


私立風の森小学校校長。

55歳、独身。


昨年赴任してきた。


赴任して間もなく、全校集会でおしゃべりを辞めない男子児童に手を焼いていた児嶋先生の元に、つかつかと歩いてきてこう言った。

「こういう子はね。こうしなければならないの」

そして、講堂の長椅子に座っている男子児童の前に立ち、二発ビンタをいれた。

いわゆる往復ビンタだ。講堂にビンタの音が響いたのは初めての事だ。

その男子児童は勿論、全校生徒が静かになった。


公立よりも絶対的に平和なはずの小さな私立小学校に、合いそうもない厳しすぎる校長先生。


短髪で、周りが全部茶色の分厚い縁の眼鏡をかけている。

背は高くないが、がっちりとした体格だ。

明らかに男勝り。それを隠すかのように、毎日黒か灰色のタイトスカートを穿いている。


毎朝笑顔で児童を迎えるが、児童は誰も挨拶以外したくない。

勿論怖いから。



「な、何で俺たち?」


「わかんないけど、苗字が同じだから目に留まったんじゃないか」


思いもよらない誘いに、戸惑いを隠せない俺たち。


「分かった。とにかく行くわ、30分後に駅でな」


電話を切って俺は急いだ。


校長先生の誘いを断れるはずがない。

時代は80年代前半。


小学6年生の晩秋。


公立小学校では考えられないことだろう。校長先生から直接ドライブに誘われるなんて。



俺らは二人とも渡部。

誘いやすいといえば、そうかもしれない。


黒い少し厚手のジャンパーを着て、急いで玄関で靴を履く。

長面駅までは自転車で20分はかかる。


母親が「これ持って行きなさい」と言って五千円札を差し出した。

お年玉以外では見たこともない金額。それが、今起きている事をより特別な物に感じさせた。


長面駅に着く。

聡と会う。二人とも緊張していた。

こんな緊張初めてだった。


『先生は何処から現れるのだろう?』


南口と北口を行き来し、確認する。


JR園田線長面駅。旧国道18号線添いにある。

最近北口駅前に、スーパーダイエーが出来た。

南口には三軒の飲食店がある。

典型的な田舎の駅。



駅の構内アナウンスが流れた。


渡部聡さん。電話が入ってます。

「えっつ?俺!!!」

聡は驚いて駅員に声をかけた。

「あの……渡部ですけど」


長面駅で、電車の往来以外のアナウンスを聞いたのは初めてだ。

それもまた、俺たちの緊張をあおる。


聡は駅員に連れられ、普段、駅員以外入れない扉にいなくなった。


30秒後、扉から出てきた聡が走ってくる。

「おい、校長先生が今から電車に乗って2つ先の井古駅まで来てって」


「えっつ? 電車もう来たよ、乗らないと次は40分後だよ」


ヒュー ガタンゴトン ヒューー ガ タ ン ゴ ト ン  ヒューーーー ガ タ  ン  ゴ  ト  ン   ガ   タ   ン   ゴ   ト   ン    プシーーー

田舎を走るJRの電車。大きめの丸いライト。色は上から青 白 青。 


慌てて切符を買って、猛ダッシュで階段を駆け上った。

ぎりぎり間に合った。


ドアの両脇に立つ。

少し遠くに見える畑や田んぼ、住宅街、ショッピングモールが次々と、でもゆっくり通り過ぎていく。

青空を綺麗だと思う余裕は無かった。


ガタンゴトン、ガタンゴトン。


聡と目が合うと、お互いの心の声が聞こえた。

『これからドライブ?もうなんか疲れたな』





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