四章 3 夜行妖精
※WARNING※
この章は、現在、修正を行っています。
ストーリーを早く知りたい方以外は、お待ち頂くことで、より一層、お楽しみ頂けるかと思います。
夜も更けて、人も車もほとんど通らないような時間、一台の車が、町外れの森へと走っていた。
「まったくよう、何なんだ、お前等カップルは! 人が折角寝ようって時に邪魔しやがって。今度は俺が邪魔しに行くからな」
「愚痴は後で聞く。いいから、急いで!」
助手席に座るファーグが、運転席で文句を垂れ続けるレコを叱咤する。
「これ、絶対、俺、悪くないよな!? お前ら、あとでなんか、奢るとか、俺をいたわれよ?」
「わかった。カレー残ってるからお裾分け」
「アレーの料理か……確かにうまいが、悩みどころだな」
後部座席に座るアレーの提案に心惹かれつつも、レコはいわれたとおり近道をしつつ森へと急ぐ。
「それにしたって、本当にそうなのか? あの、純朴そうなジェクト君が?」
未だ半信半疑のレコは、あくびをしながら、カップル、特にファーグへ尋ねる。
「ああ。間違いないと思う」
初めファーグがエリアスから依頼されたのは、歪みを見つけることであったが、帰り際、エリアスは依頼内容の変更と、もう少し踏み込んだ話をした。
エリアスによると、彼女が見る歪みは、第四の種族、異人種が現れる前触れだという。
会計時にエリアスが見つけたものは、ファーグも含めて誰も見たことがない、金属の板であり、それこそが異人種の来訪の証拠だと、エリアスは考えているようだった。
「見かけによらないもんだね。会社のお金を持ち逃げなんて」
ただ、問題は、異人種のことなんて二人には話せないことだった。
アレーとレコが見たという、今は使われることの少ない第一種日本語を使う少年が異人種だと伝えても、都市伝説に近い存在なんて信じてもらえるはずがない。良いところがレコに大笑いされてお終いであろう。
だから、嘘をついた。
彼はエリアスのお金を持ち逃げしたバイトだと。
「警察には言わなくて良かったのかな?」
「エリアスが大事にしたくないって。連れてくるように頼まれたんだ」
至極当然なアレーの疑問にも嘘を重ねる。
心は痛むが仕方のないことだった。
二人に、特に愛するアレーに秘密が露見するくらいなら、ファーグはいくらでも嘘を突き通すと決めたのだ。
「ファーグが? 探偵とかじゃなくて、なんだってファーグが?」
冗談めかして痛いところを付いてくるレコに、ファーグは必死で頭を回転させ続けた。
「どこから情報が漏れるか分からないから、質より量に頼ってるとか言ってたかな? 知り合いには手当たり次第、声をかけてるみたいだよ?」
「おいおい、アレー。俺らはあいつにとって、知り合いですらないみたいだぞ?」
「そうだね。僕は別にそれでもいいけど」
他愛もない話に繋がって、ファーグは心の底から安堵する。
ここまで頭を早く回したのは、いつぶりであろうか。
一息付いたのもつかの間、今度は車が急停車した。
何事かと思えば、フロントガラスから見える外の景色は、暗くても分かる、木々の緑で一色だった。
暗く、あまり近寄りたくない森の奥に、薄く見える明かりが、ジェクトという少年を連れたシュメットの家の位置だ。
目指すべく、車から降りると、なぜか、アレーも車から降りる。
「何してるの? 私、一人でいけるよ」
なるべく、二人を異人種かもしれない人の元へは連れて行きたくなかった。
単純に言えば、重ねた嘘が一気に崩れてしまう可能性が高いからだ。
「夜遅くの森にファーグ一人で行かせられないよ。狼が出るって噂じゃないか」
いつもなら愛おしいアレーの心配が今は身に痛い。
嘘をついてること。分かってくれないこと。その両方で生じる自己嫌悪が、ファーグの心を浅く繰り返し刺す
「大丈夫。すぐだし」
「でも……」
「いいから!」
深夜の森に少し荒らげた声が響いていく。
「……分かった。気をつけて」
珍しく怒ったファーグに、アレーはすぐに引き下がる。
初めてでないにしろ、ファーグが大きな声を出すこと事態が珍しく、そうなったら、もう、何を言っても聞かないことを知っているのだ。
アレーがレコの車に再び乗り込んだことを確認したファーグは、シュメットの家を目指して進む。
特に何事もなく目的地へとたどり着いた知り合いの家は、相変わらずの趣で、何度か来たことのあるままであった。
玄関のチャイムを鳴らすと、少しの間をおいて、廊下を走る音が聞こえた。
「はい。あ、ファーグさん!」
「こんばんは、シュメット君」
玄関から顔を出したのは、よく見知った少年である。
「ごめんね。こんな、夜遅くに」
「いえ。どうかしましたか?」
断りを入れたファーグは、早速本題へと切り込む。
「ジェクト君だっけ、いる?」
「居ませんよ。何で家に居るんですか?」
顔が強ばることもなく、動揺の一つも見せないシュメットは、あまつさえ笑って即答してみせる。
「あいつはあいつの家に帰りましたよ」
「本当?」
続けて、家にいないことを強調するシュメットへ、ファーグが再度確認をすると、決意したように首を縦に振る。
そこでファーグは少し、作戦を変えることにした。
「シュメット君も彼の正体に気付いているんでしょう?」
二人しかいないというのに、小さく、内緒の話をするように、ファーグはシュメットへと語りかける。
「アレーとレコの二人はまだ気付いていないし、話してもいない」
本当かどうか分からない話だが、シュメットはファーグの語りかけに対して、沈黙を持って対抗する。
「誰かに話そうっていう訳じゃないよ。ただ、確認したいの」
「確認?」
少し予想と違う言葉にシュメットは言葉を返してしまう。
「私が推測している彼の正体が合っているかどうかの確認だよ」
「答え合わせなら、僕でいいじゃないですか」
「なら、聞くね? 彼、異人種でしょ?」
正解を出したファーグの答えに、シュメットは一瞬、動揺してしまった。
その瞬間を、ファーグは見逃さなかった。
「やっぱり。そうなんでしょ?」
楽しそうに聞いてくるファーグへ、シュメットは少し前に永斗から聞かれた問いをしてしまう。
「どこでそう思ったんですか?」
「それは正解と受け取っていいのかな?」
悔しそうに発せられたシュメットの疑問は、ファーグにとって既に答えであった。
少しの間、時間が止まったのかと言うほど、静けさが二人を包んで、しばらくの後、シュメットのため息で時間が動き出す。
「ファーグさんには叶いませんね……」
「粗だらけだからね。わかりやすいよ」
負けを認めたシュメットは、もう一度ため息を付いてから、一歩、室内へと戻った。
「ジェクトに会うかどうか聞いてくるので、待っててください」
「ありがとう」
一度、扉が閉まり、ファーグは外で待たされ始めるが、彼女の予想よりは早い時間でシュメットは戻ってきた。
「会うそうです」
ジェクトから許可が出たファーグは家の中へと招き入れられた。
*
「さっき話したファーグさんが会いたいそうなんですけど、どうしますか?」
呼び鈴に応対しに行ったシュメットが戻ってくると、不安を膨らませながら待ちぼうけていた永斗にそう告げた。
「バレたんですか?」
最重要事項を聞く永斗に、シュメットは静かに頷く。
「そんな……」
もし、自分がこの世界で異人種と呼ばれる存在だと知られたなら、パニックが起きるかもしれないとシュメットは言っていた。自分など大した力も持っていないのに、今まで現れた自分と同じような存在が、偉大なる功績を残していったが為に、どうなるか分からないと、永斗は言われている。
そこへ舞い込んだのは、バレたという最悪のニュースであった。
ショックを受けた永斗の表情は瞬時に曇っていく。
「バレたっていっても、ファーグさんだけみたいです! 話がしたいって」
その様子を察したのかシュメットが、慌てて補足を加えた。
土砂降りになる寸前で止まった永斗は、しばらく考えてから、結論をシュメットへ伝える。
「……話してみても良いですか?」
「……呼んできます」
再び、玄関へと消えていったシュメットを横目に、永斗は緊張を高める。
シュメットの知り合いであるからには、大丈夫であろうが、それでもやはり、知らない人に会うのは緊張する。
「ジェクト君?」
知らない女の人の声が聞こえた。
その声が、自分を呼んでいるもので、ファーグのものだと気付くのに、永斗は多大なる時間を要した。
「あ、はい!」
「初めまして、ファーグです」
テレビのように分からない言葉で話されることもなく、永斗にも理解できるものでスムーズに話に入る。
「初めまして、えーっと……ジェクトです」
シュメット同席の元、行われた会話は、ほとんどが永斗についてで、どこから、どうやって、いつ、どこにやってきたのか話した。
「なるほど……どうやってについてはわからないか……」
「はい……」
聞かれたことで答えられることには、正直に答えた永斗だが、自分でも分からないどうやってきたかについては答えることができなかった。
「ねえ、ジェクト君、私より詳しい人に会ってみるつもりある?」
「え?」
ファーグの突然の申し出に、ジェクトこと永斗は驚きを隠せない。
「異人種が現れることを予測していた人から、予兆を集めるように言われたの。だから、その人なら、もっと詳しく知っているかも」
もし、ファーグの話が本当なら、もとより情報を得るためにファーグと会った永斗にとって、願ったり叶ったりだ。
「行きます! 会わせてください!」
「待ってください」
即決を下した永斗を遮るように、シュメットが口を挟む。
それには永斗も、いくら恩人とはいえ、苦言を呈する。
「なんですか」
「待ってください。ファーグさん、それって……」
「エリアスだよ?」
当然かのように語るファーグの言葉に、シュメットが息を飲む。
「シュメット?」
驚き固まるシュメットの顔を覗くと、永斗の耳元で話しかけてきた。
「止めた方が良いです。エリアスさんは底が読めない」
半ばおびえた様子のシュメットだが、永斗の決意は揺るがなかった。
夢でないと分かったこの世界のことを、永斗はほとんど知らない。
基礎的なことを教えてくれたシュメットは、技術を置いていくといっていた。いつか、帰れるかもしれないが、それがいつかは分からないし、今はあまりにもこの世界での立ち位置が分からない。
心配そうに自分を見るシュメットの横を永斗は通り過ぎる。
「行きます。今からでも」
シュメットには申し訳ないが、自分に今必要なのは、危険を冒してでも得る、この世界の情報だと判断した永斗は、ファーグへと一歩近づく。
「いいの?」
確認するファーグに、シュメットは下を向いていたが、仕方なさそうに首を横に振った。
結局のところ、シュメットも永斗も他人同士で、わずかな時間をともにして仲良くなったとしても、そこまで強く言う資格などないのだ。
「そう。なら、行こうか」
玄関へと進むファーグと永斗を見送るために、シュメットもついて行く。
「ごめんね、夜遅くに」
「いえ……」
外まで見送ったシュメットへファーグが言葉を掛ける。
森へと進もうとするファーグをよそに、永斗振り返って、永斗に頭を下げた。
「あの、ありがとうございました!」
「何かあったら、戻ってきてください。そのときは歓迎しますよ」
心配そうなのに、無理に笑ってみせるシュメットを見て、永斗は心が痛んだ。
ここまで、色々なことをしてもらって、忠告を聞かないまでか、最後にそんな笑顔まで見せられると、悪いことはしていないはずなのに、胸が締め付けられる。
「あ」
耳の端で話を聞いていたらしいファーグが思い出したかのように、永斗同様振り返った。
「そういえば、彼女は?」
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