一章 7 夜の掟
※WARNING※
この章は、現在、修正を行っています。
ストーリーを早く知りたい方以外は、お待ち頂くことで、より一層、お楽しみ頂けるかと思います。
裏の人間も表の人間も、町のどこにでもいる。
そして、この路地裏にも狼堂会の男が一人。
「また、うちのシマですかい」
規制線に近づきながら、中のアスファルトについた黒いシミを見て、男はつぶやく。
「オガミか」
見張りだろうか、立っていた警察官が反応する。顔見知りのようだ。
「またですか。やっぱり?」
そういって、片方の二の腕を反対の人差し指で素早くなぞった。傷を表しているらしい。切り裂き魔のことを言いたいのであろう。
無言でうなずく警察官に、オガミと呼ばれた長身の男は首を傾げる。
「その割にはクロセの旦那だけですか」
「ああ、ちょっと、これは確証がないんでな」
歯切れの悪いクロセにオガミが疑問の視線を投げる。
初めは守秘義務で語ろうとしなかったクロセも、諦めのため息を吐いてから、近づくようにハンドサインを出した。
「被害者が見つかってないんだ」
「おや」
小声で話すクロセに、オガミは驚いた様子で目を丸くする。
「通報があった時には、血痕だけが落ちていたらしくて、犬の半獣種の刑事たちが後を追ってるよ」
クロセの状況説明を聞いたオガミが、心の底から悩むように言葉を発する。
「切り裂きだけじゃなくて誘拐の可能性もあるってことですか……物騒になってきたもんですね」
「全くだ。最近じゃ護身用の武器を持っていない奴がいない」
「どうにかならないもんですかね」
「どうしようもないだろ。神出鬼没、痕跡も残さず、一貫性もない。俺らも捜しあぐねてるんだ」
肩をすくめてみせるクロセに、オガミが苦笑いをする。
「しっかりしてくださいよ、旦那。俺らの税金で食べてるんでしょう?」
警察官が鼻で笑った。
「お前等の汚い金は貰ってねえよ」
「さいですか。何にしろ早く見つけてくださいよ。町の連中が怖がってる」
確かに町は夜へと向かってはいるが、異常なくらい静かであった。
大通りでないということもあるのだろうが、だとしても、異常なくらいに静かだった。
「だったら、お前等の情報も寄越せ。どうせ、何か掴んでるんだろ?」
わざとらしく大きく笑うオガミ。
「俺みたいな一般市民が知るわけないでしょう。もってるなら、すぐにクロセの旦那に報告してますって」
「是非ともそうして貰いたいね。俺の手柄になる」
背を向けて歩き出したオガミに、クロセが冗談混じりに声を掛ける。
「いっそのこと、今ここでお前に手錠を掛けるっていうのはどうだ?」
オガミはまたも苦笑して、手を顔の横でひらひらと揺らす。
「勘弁してくださいよ。また、手みやげでもお持ちいたしますんで」
クロセから離れ、懐からシュマーフォを取り出す。
表面を指でなぞると写真が現れた。中心に黒い服を纏った人がいるが、どうもこちらに気づいている様子はなく、盗撮と呼んで差し支えのないものだろう。遠くから取られたものばかりで、ピントがずれていたり、少しブレしてしまっているが、顔の判別くらいはできそうだ。
クロセと話していたときのような柔らかく困ったような笑顔は消え、真剣な表情で画像を見ながら歩く。
──クロセの情報がないとなると、完全に自力で捜すしかないか。
鼻から大きく息を吐いて、シュマーフォを持つ手に力を込める。
──お前は……一体、誰なんだ。
直後、板には横に押しつぶしたような『コ』の字が現れた。
「っと」
突然来た念話のキャッチに、思わずシュマーフォを落としそうになる。
潰れた『コ』の字に触れて、シュマーフォを持つ手の指先をこめかみに添えると、頭に声が聞こえ始めた。
『もしもし、オガミさん! 大変、大変なんです!』
大きな声が響いて脳を揺らす。
あまりの苦痛に目を細めて、こめかみからシュマーフォを遠ざけた。
数度の瞬きしてから再び念話を始める。
「とりあえず落ち着きな。うまく聞きとれないぜ?」
『すみません。とりあえず、今から事務所に戻れますか?』
念話は頭の中で発した言葉を相手に伝えるもののため、別に声に出す必要は無いのだが、オガミはあえて口を動かす。普通に会話をするように念話した方が余計なことを考えず、伝えなくて良い情報は隠せるためだ。
妖精種は頭の中で考える自分と、話す自分を作り出すため、読まれることもないそうなのだが、オガミは妖精種でないためそうはいかない。
彼の所属する狼堂会は全員が半獣で構成されており、仲間にさえも機密は守るという意味で、基本的に言葉にする方を推奨、否、強制している。
「元からそのつもりだったけど、何が大変なんだい?」
『武器屋ついて嗅ぎ回っている奴がいるみたいです』
「本当か?」
再び険しい顔となり確認をとるオガミに、念話の相手が同意を示す。
『ジェイから探偵が捜していると』
「ジェイ……ああ、ソープのか。探偵っていうのは、ミスズかい?」
『恐らくそうだと思います』
念話相手の応えに、シュマーフォから圧の掛けられる音が聞こえる。
「恐らくってのはどういうことだい?」
口調は変わらないが、明らかな以上をくみ取った念話の相手があわて始める。
『す、すみません! すぐに確認します!』
「頼んだよ。ちなみにその探偵の居場所は把握してる?」
『それは、はい。まだ、店で足止めしているみたいです』
ジェイの方がよっぽど優秀なんじゃないだろうかと思いかけたオガミだったが、念話相手に伝わることを防ぐため、飲み込んですぐに口にする。
「了解。だったら、俺は直接店に行くよ。ルーは探偵が誰かを連絡した後で、車回して」
『承知しました。失礼いたします!』
「お願い。頼んだよ。お疲れ」
念話を終了した後、シュマーフォを懐にしまったオガミは、その足を歓楽街へと伸ばす。
彼がいる場所から町の中心近くに位置する歓楽街までは、そうはかからない。
まず、町自体がそこまで広くないのだ。一周するのに半日も必要ないほどである。
ただし、オガミのような一部の半獣ならばの話だが。
足のみを獣化したオガミは、ネオン輝く街へと向かうべく、数倍の早さで町へと消えていった。
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