一章 5 不良少年、病院へ行く

※WARNING※

この章は、現在、修正を行っています。

ストーリーを早く知りたい方以外は、お待ち頂くことで、より一層、お楽しみ頂けるかと思います。


「リン先生! 開けてくれ! 先生!」

 まもなく夜の帳が降りようというその時、町の片隅、廃屋が並ぶ一角の建物からは少年の悲痛な叫びが聞こえる。

 今は建物の老朽化や、社会情勢から、ほとんど使われなくなったマンションと呼ばれる高層集合住宅の最上階で、一室の扉を叩く姿があった。

 少年の必死さから、かなり切羽詰まっていることがわかる。

「寝てんのか、クソッ! 先生!」

 マンション全体に人気はなく、廃墟と言っても結構な人数が納得するだろう。

 ただ、少年は、中に人がいると確信しているが故に、叩く手を休めようとはしない。例え、扉に赤い液体が付こうと、拳から感覚が無くなろうと、手止める訳にはいかないのだ。

「はーい……」

「先生!」

 突如として現れた男の気配に、少年の顔が明るくなる。

「はいはい。ちょっと待ってね」

 ものをかき分けるような音をたてつつ室内を進む気配が、扉を挟んで少年と向かい合う。

「誰?」

「俺です! ウンノです」

「ああ、ウンノ君。どうりで獣臭いと思った。どうした? また喧嘩か?」

 ドアスコープから声の主が確かにウンノであることを確認した口の悪い男は、チェーンロックをかけて扉を開ける。

「喧嘩じゃないですけど、グレが怪我して……治療してやってください。お願いします!」

 狭い扉の隙間からウンノが頭を下げる様子が伝わってくる。

 ウンノに先生と呼ばれ続けていたアンブロワーズ・ペレグリン、通称リンというこの男は、表だっては動けない、いわゆる闇医者であった。

 しかし、その技術は無類である。料金はそれなりにするが、リンと同じく表だっては動けない組織や人だけでなく、裏とは関係のない一部の人からも信頼を置かれるほどだ。

 よくお世話になっているのであろうか、顔見知りのウンノの頼みに、常に寝癖がついて鳥の巣のようになっている頭をかきながら、料金云々以前に単純な疑問を投げる。

「いいけど……グレ君はどこにいるの?」

「入り口にいます」

「そんなに酷いのか?」

 ウンノの無言を肯定と受け取ったリンは、玄関脇の外套掛けから丈が長い白衣を手に取る。

「下で待ってな。すぐ行く」

「ありがとうございます!」

 お礼を言い終わるかどうかのうちに駆け出したウンノの足音を確認すると、リンは玄関の扉を閉めて部屋の中へと戻っていく。

 雑多に物が積まれた廊下を進んだ先には、間仕切りとなる薄い引き戸があった。

 引き手にリンが手を触れると、力を入れる様子無く扉が横にスライドする。

 開いたドアから廊下に漏れ出す光の中へと進めば、機械的な壁で一面を覆われた、巨大な一つの空間が待っていた。

 数フロア分、数部屋分の床と壁を抜いて作られているらしく、相当に広い造りなっている。一応は各フロアであったであろう名残として、等間隔に扉があり、その扉をなぞるかのように壁を螺旋状の足場が伝っていた。

 生活感の欠片などなく、部屋の中心には輝く球状の物体が浮いていて、常時、鳴り続ける機械音と動き続けるモニターが何かの実験をしていることを示している。

 リンが出てきた扉は、部屋と呼ぶには巨大な空間の上部の端であり、螺旋足場の始発点か終着点に位置する場所だ。室内を通って下まで行くつもりなのだろうか。

 白衣を羽織りながら歩き始めたリンは、数枚、隣の扉へと入っていった。

 扉の先は先ほど通った廊下とほとんど同じ様子で、多少、置いてある物が違うくらいだ。

 そのまま進み、扉を出ると、そこは最上階ではなく、ウンノが待つ入口すぐ側の扉であった。

「先生!」

「待たせたね」

 マンションの入り口から、少し中に入った敷地内で、一人の少年が仰向けに倒れ伏している。彼がグレであろう、服は所々切れて、その周辺が赤く染まっていた。近くに赤黒く染まった服が有るところを見ると、止血の代わりに使われたのだろうが、それでも血は止まらなかったらしい。

 意識が朦朧としているのか、目の焦点が定まっていない。額には一本の角が生え、有角種であることを露見させている。明らかに集中できていない証拠だ。

 傍らにはウンノたちの仲間らしき同じ年頃の少女が付き添っていた。

「コレットちゃんも一緒なら、飛んで先に教えてくれればよかったのに。女の子のモーニングコールなら一発で目が覚める」

「……私は鳥だけど、重いものもそこそこ持てる。ウンノは走りは早いけど、重いものは持てない。適材適所」

「わかってる。冗談さ。しかし、これは酷いな……」

 冗談を言いつつ、的確にコレットを遠ざけ、グレに近づくリンの呟きに、ウンノが不安げな表情を見せる。

「た、助かりますよね?」

 立ったまま一見したリンが、グレの状態を簡潔に説明し始める。

「そうだな……特に深すぎる傷は無さそうだし、角にも傷一つない。だけど、出血が酷いな。傷が多すぎる……ああ、そうか……となると、まずいな……」

「先生?」

「有角種は人体の色々な部分を人体に置き換えているんだ。そこが君たち半獣種や僕のような妖精種との大きな違いさ。血もそのうちの一つだ」

 グレの近くにしゃがんだリンは、説明を続けながらも、険しい表情で患者の容態を詳しく観察し始めた。

「今、彼は角が出た状態、つまり、エネルギーを集めている状態だけど、結局、傷からエネルギーを含んだ血液が出て行ってしまっている。すると、体はエネルギーの量が足りない、おかしいと判断して、どんどんエネルギーを集めようとするんだ」

「えっと、つまり?」

「勘違いした体が余計にエネルギーを集めているってこと」

 リンの解説に今までずっと固唾をのんでいたコレットが、はっとした様子で険しい表情をし始めた。

「コレットちゃんは気づいたみたいだね」

「え? 何? まずいんですか?」

 一人、わかっていないウンノに、リンが何とかして伝えようとする。

「グレ君の体は少ない血に大量のエネルギーを溶かそうとしているんだ。じゃあ、少ないコーヒーに大量の砂糖を溶かすとどうなると思う?」

「溶け残る? ……あっ!」

「そうだ。エネルギーだって溶け残る。角みたいに結晶化して、血管に詰まるんだよ」

 確認を終えたリンが立ち上がって、ウンノとコレットに指示を出し始める。

「結晶は出来始めているけど、まだ、大きな物はなさそうだ。急いで傷をふさげば、大事にはならない。俺は治療の用意をするから、二人は慎重にグレ君をこれに乗せて」

 フィンガースナップをしたリンの元に、近くにあったロッカーの中から担架が飛び出してくる。

 言われたとおり、グレを乗せようとする二人を横目に、リンは出てきた扉の中へと戻っていった。

 しかし、そこは物の積まれた廊下などではなく、洗面台や鏡が設置される、清潔という言葉が似合いすぎるほどの空間であった。

 正面や横には数枚の扉があり、リンはすぐ横の部屋に入る。そこは機材置き場らしく、鍵付きの戸棚が数台あり、手術に使う医療用の道具や医薬品が多数並んでいた。

 近くから銀色のトレーを手に取ったリンは、手のひらを棚に向けて、右から左へとゆっくりかざすように動かす。

 すると、棚の鍵が自然と開き、中から手術に必要な道具と薬がトレーの上に乗せられていく。

 部屋の騒動が収まり、鍵も閉まったところで、リンは銀色のトレーを一番奥にある部屋のすぐ隣において、ウンノたちが待つ扉から顔だけをだした。

「準備できたから離れて」

 再びのフィンガースナップで、グレの乗せられた担架が静かに宙に浮く。

「二人は隣を病室に繋げたからそこで待っているといい。手術が終わり次第、グレ君はそこに連れて行く」

 ウンノとコレットを隣の部屋へと案内しつつ鳴らした三度目のフィンガースナップで、担架がリンの元へと向かっていく。グレが入る時だけ扉を大きく開けて、すぐに閉めたリンは、担架が一番奥の部屋へと向かっていることを確認した後、白衣を脱いで空中に掛けた。その後、洗面台へと向かい、ブラシと石鹸で肘から先を洗う。

 一番奥の部屋へと向かう途中、脱いだ白衣の端を持って、波打たせるようにすると、白かった服は薄手の術衣へと姿を変える。そのまま、リンが着用すると、いつの間にか同じ素材で頭が覆われていた。

 銀色のトレーを持って一番奥の部屋へと入ると、各種機材が置かれた、目に痛いまでに白い空間の中央で、グレが白いベッドの上に寝かされている。

 トレーに手をかざすと、大きめのハサミが宙に浮いて、グレの服を切り始める。その間に白い部屋の機材を動かすリンは、グレの口にマスクをかぶせて麻酔を流し始めた。

 ハサミが服を切り、患部が見えるようになったタイミングで、リンが一際響くようにフィンガースナップを鳴らす。

 直後、ピンセットをハサミのようにした傷を縫うためだけの道具が、トレーの中から溢れて、半分は糸の付いた針を持った状態で宙に浮く。

 自分自身はトレーからピンセットを取り出し、消毒薬を染みこませた脱脂綿を先端で挟むと、グレの傷口を除菌し始めた。

 丁寧に血と汚れを落とし、脱脂綿を変えて次の傷の消毒にかかる。

 別の傷口へとリンが移ると、背後で待機していたハサミ型ピンセットが、糸付き針を持っている方と、持っていない方で、大きく開いた切り傷の縫合を始めた。

 消毒を終えた側から二対一組で傷に近づいて、次々とグレの体に付いた皮膚の穴を塞いでいく。

 リンの役割が終わる頃には、身体中銀色の鳥に覆われているようであった。

 普通、こんな手術の仕方は存在しない。

 手術だけでなく、このマンション、むしろ、リンの周りでは世間一般に広がる常識という物が通じなくなっている。

 なぜなら彼は、社会から少しずれてしまっているのだ。

 そのため、彼を変人奇人などと話す人も居るが、そんな不思議な側面を表すには少しばかり適切ではない。確かに変人であり奇人でもあるのだが、ある人は彼のことを、かつて存在した人間の名前で呼んだ。

 曰く、魔術師と。




 遙か昔、神代と呼ばれる時代があった。

 その名の通り、神というものが確実に存在していて、人は皆、神を信仰する、世界の統治者が今とはまるで違う世界。

 その時代には、空を飛び、予言を残し、誰かを呪うことさえもできる人間たちがいた。

 不思議なことを行う彼らのことを、人間たちは魔術師と呼び、彼らが起こす特殊な術の数々を魔術と呼んだ。

 常に現れる訳ではない神と語らい、時には力を借りて存在の確かさを伝える、ある意味世界の一部になる彼らを、人々は敬い、讃え、何より恐れていた。

 魔術師は生まれる前に神が選出し、引かれたレールを歩るかのように、師匠となる魔術師の元を尋ねることになる。

 そうすることで神は自らの存在を保証する人間を維持し続けようとした。

 しかしながら、神の思惑には少しずつ誤算が生じ始める。

 神が引くレールは師匠まで導くことであり、それ以降は直接対話ができるからと、人生を完全には決定していなかった。

 すると、時々、神の意向に背く者が現れてしまったのだ。

 神と話さぬ者、魔術を金銭目的に行う者、果ては自らを神だと名乗る者さえ現れてしまった。

 神の使いたる魔術師の離叛に、神の信仰は次第に薄れていった。

 神は彼らを律すべく、魔術師から力を奪おうとしたが、後の師匠と成りうるだけでなく、神罰による代替わりは時として信仰者の信頼を失うため、なかなか踏み切ることができなかった。追い打ちを掛けるように、魔術を使えないのに魔術師を自称する人間も現れ、神を信じる心は人から離れていった。

 信仰こそが力であり、権であり、存在である神にとっては、人からの心離れは、由々しき事態であり、文字通り死活問題である。

 対応を考えている間にも信仰は急降下を続け、ついには魔術を剥奪するだけの力を失う神も現れた。

 一刻の猶予も無いことを知った一人の女神は、苦肉の策として、人と交わることを選んだ。

 人との間に子供ができれば、その子を起点に神への信仰を戻すことが可能となると考えたのだ。

 仮に人と交わったのなら、その神は神としては存在できなくなる。下手をすれば存在を世界に消される可能さえあった。

 故に相当な覚悟のいる決断であった。

 心に決めた女神が、当時の最高権力を持つ神に相談すると、さすがは最高神であった。初めはこそ止められたものの、じっと、最高神を見据えただけで、揺るがぬ決意と覚悟をくみ取り、万全の手はずを整えた上で、最後に最大の感謝と陳謝を述べて、女神は地上へと降り立つ。

 無事に生まれた神の子は、最高神たちの教育もあり、立派な王となり、横暴も起こしたが、神殿の建設を行い、最終的には神への信仰を引き戻すことに成功した。さらに、王は自らの母である女神の神殿を築いたおかげで、神として死んだはずの女神は生き返ることさえできたのだ。

 ただ、多大な成果の裏で、暗躍する神がいた。

 彼は最高神の席を奪うべく、積極的に人と交わり、自らの信仰を強固なものとしていった。女神の命を賭した功績のお陰で復活できることを知ってしまったのだ。

 野心を持った神は、自らの子に最大限の加護を与え、試練を与えることで、栄光へと導いた。

 そして、最後には神殿を建てさせることで、自らの力を増し、最後には最高神の座へと上り詰めたのだ。

 しかし、最高神となった神せいで、神への信仰は次第に人への信仰へと変わってゆく。

 栄光を得た半神半人の英雄たちは、彼ら自身で人々からの信仰を集め、最高神を除くほとんどの神が、力を失っていった。

 結果として、神の時代から人の時代へと移り、神の声を聞く魔術師も時代とともに息絶えた。


 以後、人間による自然破壊が行われ、三人種が誕生した。

 彼らの内、妖精種は、基本的に他の二人種より多くの魔力を蓄え、物体の強度を上げたり。、エマが作ろうとしていた魔力で魔力を断つナイフのような魔力を使って動く機械や、かなりの延命程度の力しか持たない。強いて言うならば、妖精種の中でもより多くの魔力を貯めることのできる極一部の人が、かつて気と呼ばれていたように、一点に魔力を集めて相手に衝撃を飛ばせるくらいのものだ

 だが、魔力は全く未知のエネルギーであり、未だに解明仕切れていない部分も多々残されている。

 そのため、妖精種には例外的なことがよく起こる。

 リンもその一人だ。

 彼は衝撃を飛ばせる極一部の妖精種より、さらに多くの魔力を保持し、自然からより多くの魔力を集めて、いとも簡単に扱うことができる。

 具体的に言うならば、妖精種のほとんどが長い耳をぼやけさせるくらい魔力の可視化を行い、気の使い手が一点集中をすることで、指先や手の中央で魔力が薄く色を持ち始める。

 一方、リンはというと、片手間に場所を問わず、色どころか、形、模様も自由自在に魔力を集めることができ、ちょっとした小物なら魔力を編み上げることで作り出せてしまう。

 故に、魔術師。魔力を自在に操る世界にイレギュラーである。


 リンは自らの多すぎる魔力の研究とともに、機械や理論の発明をしている。

 今は住んでいる人が居ないことを良いことに、多少非合法な方法も使いつつ、マンション一棟を手に入れたリンは、その場を実験場として使っているのだ。

 例えば、自動で開く扉。指紋を読みとり、個人を特定する技術の応用で、引き手の部分に魔力の質や量を読みとる機能が付いている。

 例えば、入口と出口の場所が噛み合わない扉。通るものを一度魔力に変換し、別の場所に移動させて再構成するよう、扉にプログラミングしたものである。

 例えば、わずかな間で違う場所に繋がる扉。大本は扉と同じだが、リンがその時だけ魔力によってプログラミングを書き変えたものである。

 例えば、振るだけで白衣から術衣に替わる服。これも扉と同じように、一度、魔力へ変換して再構成する服を作り、振り方によって変わるようプログラミングしている。

 例えば、宙を舞い傷を縫うハサミ型ピンセット。これは、単純にリンが複数のものを同時に精密に動かしているだけである。

 これらの他にも多数ある実験の結果、リンの周りは不可思議なことで溢れているのだ。




 グレの傷が全て閉じ、銀色の鳥たちが巣であるトレーに戻っていった。

 手術の跡を一つ一つ確認したリンが、部屋の壁に目を向けると、その壁が透明になったように、ウンノとコレットが映し出された。

 彼らが待たされていたのは真っ白なベッドと簡易的な机と椅子のみが置かれた、病室としか呼びようのない部屋であった。一応はマンションであるため、ベランダに出られるであろう扉もあるが、病人にはほとんど無用のものであろう。

「おーい、聞こえるし見えるか? 終わったぞ」

 手を振ってみせるリンに、こちらの様子に気づいた二人が壁に近づいて手を付く。

「先生! グレは!」

 まるで同じ空間にいるかのように聞こえるウンノの声に、リンがグレの容態を語る。

「とりあえず、全部の傷は塞いだから大丈夫だろう。透視した感じ結晶も溶け始めているし、平気だろうよ」

 二人の間に安堵の空気が流れる。

「ただ、もう少し、様子見は必要だから、今日はこのまま、入院だな。とりあえず、そこで落ち合おう。部屋、繋いでおくから」

 壁を元に戻したリンは、白い部屋から、手荒い場のある部屋へとグレを宙に浮かせて出て行く。

 トレーに入った器具を、自分たち自身で体を洗わせて、元の場所へと戻している間に、術衣から白衣へと着替えて、扉を出る。

 先はウンノとコレットが待っている部屋に繋がっていた。

「お待たせ」

「グレ!」

「グレ君」

 ベッドへゆっくりと降ろされたグレに二人が駆け寄る。

 近くに三脚分の椅子を用意したリンは、二人がグレの表情を見て安心するまでのしばらく、ただ、黙って座っていた。

「先生、どうもありがとうございました」

「ありがとうございます」

 どちらが言い出したわけでもなく、二人がこちらを向いて頭を下げる。 椅子に座るよう促したところで、急を要する事態で飛ばしてしまったリンは話を切り出す。

「いや、いいんだ。ただな、俺も慈善事業じゃないんだ。意味は分かるな?」

「はい……」

 ウンノが緊張の面もちでうなだれる。

 それは、ウンノがリンのお世話になったことがあるからだ。




 ウンノたち三人は、よく喧嘩に巻き込まれる。

 学校にはきちんと行き、成績は得手不得手あれど、下位には属さず、万引きなども行わない。

 ただ、三人とも少し変わっているのだ。

 校則を破る人工色に染め上げれた髪だが、教師を泣かせる程度の成績と運動神経、ユーモアと冷静さを持ち、学校内外でも異様なくらいの顔の広さを見せるウンノ。いつもは一人で本を読んでいる無口なコレットは、敵と認定した相手には立場など関係なく、徹底的な持論と正論、及び問わない手段を持って相手を打ちのめす。グレは授業にほとんど出ないで、学校のどこかでいつも機械工作をしては、時折校舎内で爆発音を鳴らすような少年だ。目を付けるなという方が難しい話であろう。

 向かいくる相手が何人であろうと、三人は力を合わせて、火の粉を払い続けた。

 だが、どうしても、多少の犠牲は付いてまわる。

 怪我の多すぎる三人に、コレットの知り合いが紹介してくれたのが、リンという男であった。

 出会った当初は、体全体にまとっている上に、にじみ出ているかのような、底知れぬ胡散臭さに警戒をしていた三人だったが、擦り傷や打撲に手をかざすだけで、急速に治して見せる姿に目を丸くしたものだ。

 以来、魔術を使うリンに三人、特に機械工作が好きなグレが興味を抱き、たびたび足を運んでは、その仕組みを教えてもらったり、軽い手伝いなどをしていた。


 事件は充実とまで行かないまでも、ある程度楽しい日常の中に潜んでいた。

 払われ続けた火の粉は集まり、やがて業火となって、三人に襲いかかる。

 三人がそれぞれの帰路についたところを、一人ずつ狙われたのだ。

 その時は、コレットが大きな怪我を負ったものの、ウンノとグレの発見が早く、リンの適切な処置もあったため、大事には至らなかった。

 が、問題はその手術費用であった。

 三人に行っていたいつもの治療は、雑用をお願いすることで費用を押さえていたリンだが、流石に大がかりな手術であったため、ある程度の金額を請求せざるを得なくなってしまったのだ。

 愕然とした二人を助けたのは、リンを紹介したコレットの知り合いであった。

 一括で支払った知り合いは、費用を肩代わりする代わりに、コレットを除いた二人に時折バイトと称したお使いを頼むようになったのだ。

 一回に付き、一般的なバイトに高頻度で入った時の月給ほどの額がもらえるにもかかわらず、学校で学ぶ範囲が格段に増えた今でも、知り合いからのバイトは続いている。

 それほどまでにリンの請求は高額なのだ。




 紙とペンを魔力で編み上げたリンは、今回の請求額を軽快に書き上げると、ペンは空中に溶かして、紙だけをウンノに渡す。

 その費用は、コレットの時と比べると格段に安くなっていたが、それでも、そう簡単にウンノたちには払えるような金額では無かった。

 苦虫を噛み潰したような表情のウンノを見かねたリンが話しを始める。

「なあ、今回の手術代のほとんど、実は人件費なんだ」

 数字の羅列からリンへと視線を移す。

「一人で全手術をするわけだからね。消耗品はそれほどだけど、魔力代だと思ってもらえれば」

 一人納得したように腕を組んでうなずくリンに、ウンノとコレットは顔を見合わせる。

「だから、いつも通り、手伝いをしてくれれば、この額でいい」

 紙にかかれた数字に手を伸ばしたリンは、数字を隠して見せる。

 新しい数字なら、ウンノでも貯金を崩すことで払える金額であった。

 この手に乗らないはずがない。

「わかりました。何をすればいいですか?」

 真剣な表情は変えずにウンノが自ら本題に切り込む。

「よし来た! 今回は少し話をしてくれるだけでいい」

 姿勢を正したリンは、減額の術を語り出す。

「彼の傷のことだ。一体、誰にやられた」

「それは……」

 言いよどむウンノが、目だけで隣の少女を見る。

 その瞬間をリンは見逃さなかった。

「ああ、そうだ。もう良い時間だし、そろそろ夕飯にしようと思うんだけど、コレットちゃん。買ってきてもらえる?」

「良いですけど、何だったら作りましょうか?」

 ほとんど話さないコレットが自分から提案をすることが珍しかったのか、リンはそのアイディアに乗ることにした。

「でも、根本的食材がない。買い出しからお願いしてもいい?」

「……これも減額に入りますか?」

「抜け目ないな。大丈夫。一桁削ろう」

 そういうが早いか、ウンノの持つ紙から、数字の一つが宙に浮いて、燃えてしまった。

「わかりました。では、行ってきます」

 扉から出て行ったことを確認すると、ウンノが息を吐いた。

「ありがとうございます。あいつにはちょっと聞かれたくなくて」

「これでもいろんな人を相手にする職業でね。察するに、例のお使いかな」

「はい……きっと、原因を聞いたら、あいつ、自分を責めるのと復讐に行くと思うので……」

 疲れた様子のウンノだが、すぐにリンからの質問を思い出したらしく、椅子に座り直した。

「ごめんなさい。グレの傷は信じてもらえるかわかりませんが、切り裂き魔にやられました」

 答えを聞いたリンは、片手を口元に当てた状態で腕組みをする。

「やっぱりか」

「先生?」

「いや、何でもない。続きだ。くわしく状況を聞かせてくれるか?」

 リンの質問に答える形でウンノは今日起きたことを追っていく。

「お使いの報告をするためにオガミさんのところに行った後のことなんですが……」

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