エミーリア・ソーンと、その侍女達

芦苫うたり

・侍女は知っている

第1話(1)ソーン侯爵家の侍女、リンデ


 「……それで ローラ・リンデ・スレイファ、貴女は 自身の家名が抹消されるという事を了承されたのですか」

 心配そうに尋ねるのは 彼女のクラス担任である。しかしリンデは、呼び出されたのが この用件だったのかと、少し残念に思うのだった。


 家名の抹消、つまり家から追い出されるという意味は『貴族でなくなる』という事である。

 しかも それを、親から通告されたと言うのに、彼女は あっさり肯定した。


 「はい、受領致しました。それと名前は『リンデ』と修正してください。

 もう、関連を完全に断ち切ってしまいたいので。今後 一切、連絡を取り次がないよう お願い致します」

 これでは まるでリンデの方が、自ら家名を捨てるかのようだ、と担任は感じた。

 「納得の上なのですね」


 深く一息吐いて、彼女はクラス担任への言葉を続ける。

 「納得も何も、『家』の決定事項ですから、否応を言える立場ではありません。

 それに 私にドワーフの血が混ざっているのは事実ですから」


 書面には明記されていない、しかし原因である事は確実な その言葉に僅かに眉をひそめ、納得したのか担任は別件の言葉を述べる。

 「それでは本来の伝達事項です。

 ローラ……、いえ リンデ、貴女は本日を以って中等部一般課に必要な全ての単位を履修し終えた事を認めます」

 「本当の用件は そちらでしたか。

 では すみませんが、卒業証書の名前も変更しておいてください」


 リンデは スレファ子爵家の令嬢として誕生した訳ではない。嫡出子である2男6女とは別に、正妻ではない女性から生まれた庶子、妾腹の子だ。

 母親が死に、引き取れないので学校へ放り込まれたのだ。その時、彼女は8歳であった。

 貴族としての、最低限の教育は受けさせられていたので 学校には初等部3学年に編入した。


 一見すると、彼女は極めてと容姿で、癖のない茶色の髪と、濃い茶色の瞳を持っている存在だった。

 それは下級貴族であるスレファ家にとって、全くメリットのないモノである事を示していた。


 彼女は『白いヒト』にしか見えない。奇麗な、母譲りの桃果のような肌色をしているが、先述のように『赤いドワーフ』の祖母を持っていた。

 「貴族は『白いヒト』でなければならない」これは、貴族が勝手に決めた不文律である。根拠も、明文化された証拠も何もないが、特権階級は それを変えようとはしない。

 東公国イーステンには そのような差別は無いと聞くが、その代わり実力がないと、家柄など何の役にも立たない実力社会だそうだ。


 リンデ、12歳。飛び級を使い 極めて短期間で学業を修了した。


 彼女は家から捨てられた。

 逆に言えば、彼等スレファ子爵家には、彼女の才能を見抜く能力ちからを持つ者が一人もいなかったのである。


 ■■■


 リンデは東公国イーステンの大使館・館長である ソーン候爵家の侍女となって、ずっと住み込みで働いている。


 これは 彼女が依頼し、学校から出してもらった紹介状によるものであり、元の家(スレファ家)には 何も知らせていないし、学校にも知らせないよう伝えている。


 この状態は 別の視点から見ると、リンデが家を切り捨てたかのように見える。実際にその通りなのだ。


 あの家名抹消の件については、彼女はのだ。12歳の時点で、起こるべくして起こった事象にすぎない。

 ただ その時点で、リンデが学校を卒業してしまった。その事こそが相違点となり、予知と食い違っている。


 学校の勉強は簡単だった。なぜなら 全て、知っていた事だったからである。飛び級するのも容易だった。

 誰もリンデの邪魔をしなかったし、出来ないようにしたのだ。あの家からも、当然だが 今まで何も言って来ていない。


 彼女は学校を卒業して、侯爵家に来た。

 それから誠実に 懸命に働き、着々と実績を積んでいった。その評価は非常に高い。

 次期の上位侍女(秘書に相当)との噂が出るほどである。


 よく働くリンデは 信用のおける友人を多く持っている。

 その中で、特筆すべき才能の持ち主が3人いる。彼女達を仲間にする事が出来たのは、思い掛けない幸運だった。

 これは 予知に無い、想定外の事柄だ。3年の誤差が生んだものなのかも知れない。


 このように記すと まるでリンデの方が上位にあるように聞こえるが実は全く逆である。

 彼女等は、いわば彼女の師に当たる者達だ。

 侍女になったばかりの頃、この3人が、懇切丁寧に教えてくれたのだ。侍女としての心構えと、その在り方を。


 「何かあれば、それが何であれ、必ず私達に報告しなさい、『3人寄らば文殊の知恵』解決法は自ずから出て来るわ」


 「連絡は遅くなっては意味が無いのよ、とにかく素早くする事ね」


 「分からない事や問題点、意見などは、放置しないで相談する。そうしないと理解も 解決する事も出来ないわ」


 「ともかく誠実に、丁寧に、誤りなく、しっかり仕事をしなさい。急ぐ必要はないわ。速さなんて、慣れれば誰にでも出来るのだから」


 「仕事に溺れてはダメよ、常に新しい事に挑戦するの。何か得意分野でも見付けると良いわね」


 「そうね、貴女は算術(数学)が得意そうだから それを伸ばすのは当然だけど、真逆の事にも挑戦すると良いわね」


 等々……。

 リンデの、侍女としての行動や考え方の基盤は、彼女等によって育てられたのだ。


 ソーン侯爵も リンデを、その真面目で、回転の速い頭脳を高く評価している。大使館・館長の任期が終われば 本国へ連れ帰る者達の中に加える事さえ考慮しているほどだ。


 しかし リンデ自身には、少し不安がある。

 学校を予知した時機より3年も早く卒業し、そして そのまま侯爵家の侍女になったので、それも3年早い。

 予知を事は後悔していないが、現状から先が手探り状態になってしまった。これが どのような変化をもたらすのか全く不透明なのだ。


 予知能力がある故か、彼女には『未来が見えない』とい 誰にでも当然の事が、心細いのだ。


 リンデは口に出して確認していった。

 「予知した私は、15歳で侯爵家に入り侍女になった。それはスレファ家の思惑があったからだ」

 ――詳細は知らないけれど、それは潰せた。


 「あの私は 自家の圧力をかわしながら、、突然 未知の貴族社会に放り出された、何も知らないエミーリアを補助していた」

 ――実際は そんなものはみんな無視して、自分の意思で ここに来た。

 自分を切り捨てた家などに、思うところは何も無い。1人ではなく、多分4人でエミーリアを補助する事になるだろう。

 それなのに、そこまでの違いがあるのに、今のところ未来が変わったという 予知による裏付けがないのは、なぜなのだろう。


 「このあと 18歳になって、12歳の あの子と邂逅する。それまでに、もっと力を付けて準備だけはしておこう。未来は まだ何も決まっていないのだから」


 本日 リンデはソーン侯爵の供をして、孤児院の視察に行く。


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