4-3-9 宮城支部襲撃(裏) その3



 南極の五班が下手を打った。折悪しく、Εエイフゥース含む能力者ジェネレイターが実験体護送の為に南極に訪れており、制圧に時間を食ってしまい、みすみす警報装置の起動を許すという失態を犯した。

 かくして研究施設への襲撃を知ったMCG機関は、すぐさま調査を開始した。


 ラオス――MCG研究施設。

 この施設にも、日本や南極のそれと同じく蕃神信仰が襲撃をかけていた。担当は三班で、彼等は何ら問題なく制圧に成功している。しかし、上記の通りに南極の五班が犯した失態により、MCGは連絡が途絶している事を把握し、調査兼殲滅を命じた先遣隊を差し向けていた。

 研究施設入り口には、フィリピンの近衛である『別地球方面コマンド (AECOM) 第二・第四・第五歩兵小隊』の姿があった。

 言わずもがな他国の兵フィリピン人だが、此処ラオスには特段見られて困るようなものは存在しないし、もともと技術交流の一環として別地球αの研究員を何度も招いている。加えて、万が一何かしらの問題が発生した場合でも、後から記憶や精神をどうとでも出来る便利な人材能力者をMCGは多数抱えている。また、直前に日本の研究施設に送り込んだ分体から、『敵は蕃神信仰』との情報が伝わっていた事もあり、その責任を取らせるべく先遣隊には別地球αの者たちに務めさせた。

 第二歩兵小隊 小隊長のダキラDakilaウタクUtak少将が陣頭指揮を執る。彼自身は纏骸者ではない。AECOMでは、それぞれの小隊に二人ずつ纏骸者を配置しており、彼の下にも二人いる。

 少将の階級は師団規模を率いる人材。小隊長程度の役職では些か不足と言える。AECOM総司令のマキシグMakisigマカレイグMacaraegとしても、地元で権威ある高階級の者を考えなし連れてゆくと、現地での指揮系統に意図せぬ混乱が生ずるのではないかと懸念し、ダキラを編成するか否か頭を悩ませたが、結局はダキラの纏骸皇を思う熱意に圧され、現地では総司令の指示に従う事を承諾させてから迎え入れた。また、同僚として、功を焦って越権擅断を行うような人柄でないとは信頼していたが、それでも船頭多くして船山に登るという。

 そんな腫れ物扱いのダキラでも、このような危険な任務に総司令の代わりとして派遣し、陣頭指揮を執らせるとなると便利に機能する。纏骸皇の為なら火の中水の中という男。それに元より無能ではない。


『第四歩兵小隊は前へ! リガヤ少尉の【瑞】を薄く伸ばし、道中を索敵しつつ進む! 第二歩兵小隊はその後に続く! 第五歩兵小隊は、連絡通り隊を小隊長組と副隊長組の二つに分かち、小隊長組に入り口の警戒を、副隊長組に最後尾を任せる!』


 部下たちが、統率の取れた了解の意を返す。各自の【瑞】の性質をよく把握した、異論を挟む余地のない的確な指示だった。


『前進開始! 道中の不意討ちに警戒しろ! 何処から襲ってくるか分からんぞ! ここはもはやMCGの研究施設でなく敵地であると心得よ!』


 満足なブリーフィングを行う間もなく始まった戦闘だが、皆の心に慌ただしさや迷いはなく、ダキラの声に従って精密機械のように迅速な動きを見せた。

 リガヤ・ババイラン少尉が、励起させた【金杖きんじょう】で地面を引っ掻きながら、イサ准尉を含む第四歩兵小隊の面々を引き連れ突入する。それに遅れて、【迷霧めいむ】が目に見えるほどに立ち込め、第二歩兵小隊を追いかけた。続いて第二歩兵小隊と、第五歩兵小隊の副隊長組もそれに続く。

 彼等は知らない事だが、中にいる三班とAECOMの能力者数は同じくらいだ。加えて、AECOM側にはかなりの数の一般兵が銃で武装して随行している上に、三班はまだ敵が間近にまで迫っている事に気付いておらず、制圧成功に気を緩め散開して資料捜索に当たっている。研究員を人質として使われようが、彼らAECOMに取っては異地球かつ異邦の民、いざとなれば容易く切り捨てられる存在である。そう考えると、今回の戦いに於いてAECOMの勝利は揺るがないように思える。

 しかし、そうはならない。

 なぜならば……総司令マキシグ以下、ダキラを除く全ての士官がからだ。

 イサが、先頭をゆくリガヤに近寄りこそっと耳打ちすると、リガヤは『……分かってるわ』と物憂げに返した。【霧】が傍目には分からぬほど静かに動き、ダキラを包んだ。そして、転移――ダキラの身体が宙を舞う。


『――あっ?』


 彼が気付いた時には、待ち構えていたイサの手によって首が寸断されていた。リガヤは、あらかじめ用意しておいた棺桶の中に再度ダキラを転移させた。


『さようなら、ダキラ少将……』

『リガヤ』


 イサに声を掛けられて【霧】を取り除くと、その向こうから連絡を受け取った黒衣の者たちがやってくるのが見えた。三班の面々だ。彼らは皆、武装をしていない。これは別地球αの慣例で言うところの、最上位の歓待の姿勢である。AECOM側も、ある程度まで武装を解除した。

 向こうの先頭は班長・Третийトレーチィ。その隣には通訳が控える。まず、Третийトレーチィが前に出て、何事か言いながらリガヤへ手を差し出した。


『話は聞いている。お会いできて光栄だ――と、彼は言っています』

『……こちらこそ』


 盤外の者を崇める蕃神信仰と、纏骸皇を奉る近衛。

 有志依頼初めてとなる両者の対話は、穏やかなる握手で始まった。



    *



 バックミラーに瓦礫アスファルトから飛び出してきた人影らしきものが映り込む。しかし、運転に忙しくその正体がいまいち判然としない。天海の分体なのか? 望月さんか? それともまた別の誰かか? やきもきしていると、後部座席の通訳が教えてくれた。


「追手は望月要人もちづき かなめ! 空を飛んできています!」


 そうか、天海の分体ではないか。車中に詰め込んだ人質の中に井手下椛がいるから、激情にかられて取り戻しに来た、といった所だろう。

 とか考えている内に最初の丁字路が来てしまった。このまま突っ込むわけにもいかないので、取り敢えずブレーキを少し踏んでハンドルを右に切る。――が、初心者の感覚でもすぐに分かる。曲がりきれねえ……。

 車体にかかる慣性に引っ張られて、荷重が片寄るのを感じる。ブレーキが足りなかったのか、それとも単に中身が多すぎるのか? 俺にそんな判別はつかない。ただ、このままでは横転して歩道に突っ込む事だけは分かる。


「誰か何とか出来ないか? くくく……このままだと歩道に突っ込むぜ!」


 ハンドルから吹き飛ばされないように必死にしがみついていると、後部座席の窓を何かが突き破ってゆくのが見えた。アレは――フェイクヮの【紐長剣आरा】!

 金属製でありながら長剣が、右手側のガードレールに巻き付く。まさか、それで強引に軌道を支えるつもりなのか? この速度、重量……人に支えきれるものなのか!? 不安を抱えて振り向くと、フェイクヮが後部座席から身を乗り出すようにして踏ん張る姿勢を取っていた。

 ――そうか、分かった。

 やるんだな!

 血走った彼女の双眸を見れば、十全にその覚悟は伝わってくる。躊躇なく、俺はアクセルを踏み込んだ。


『ぐ、あ、あああああああああああ!』


 気合の雄叫びと共に車体の進路が捻じ曲げられてゆく。内輪ないりんがアスファルトを離れて暫し空転しているようだが、この際それは些細なことだ。フェイクヮの決死の貢献により軌道修正に成功した車体は、再びドスンとアスファルトを掴んで前へと走り出した。


「――よくやった、フェイクヮ! 見ろ、だいぶ引き剥がしたぞ」


 少しもスピードを落とさなかった事が功を奏したか、望月さんの姿はだいぶ遠くにあった。正面を見る限り信号は幾つかあるようだが、暫くは直線が続きそうだ。とにかく、今のうちに方向性を決めておかねばならない。


「息ついてんじゃねぇよ、地図だせ地図。誰か持ってねぇのか? 土地勘がねぇんだから、闇雲に逃げても先は知れてるぞ」


 助手席に移ってきた通訳のやつにグローブボックスを漁らせると、中から広域首都圏の道路地図が出てきた。こいつはいい。すぐに現在地を確認させ、向かうべき道を探させる。


「なるべく真っ直ぐな道を探してくれ。曲がれねぇわ!」


 信号を一つ越える度、頼むから左右から誰も飛び出してこないでくれと願う。俺の腕では、たぶん対応できない。深夜帯であることが幸いしてか道路の通行は少なく、今の所は大丈夫そうだが……。

 通訳による調査の結果、現在走行中の道が日光街道であった為、これをそのまま北進することにした。まだまだ気は抜けないが、慌ただしかったのが少し落ち着いて、ある程度余裕が生まれる。周囲の警戒はKahdeksasカハデクサスとフェイクヮに任せ、俺は車の制御に専念した。


「君、例の四藏匡人だな」


 こちらの雰囲気が落ち着いたのを察してか、人質の一人――研究部長の峯岸知夫みねぎし ともおが話しかけてきた。口をふさごうとする俺の部下の動きを制して、峯岸に続けさせる。


「この際、君たちの目的は聞かない。取った資料をどうしようと君の勝手だ。しかし、不思議なのは君の指示に皆が従っている所だ。どこだろうと誰だろうと新参者にデカい顔をされては気に入らないものだが、さっきは庇うような真似までした。幾ら狂信者といえども、君は元・MCG、部外者じゃないか。献身的になる理由が見えない」

「ふん……」


 何を言うかと思えば……下らない。


「分からないだろうな。貴方のような人に、こいつらの苦しみは、何処へ向かうべきなのかも分からず、ただひたすらに藻掻き続ける者の気分は……。貴方の目は、与えられた道を何の疑問も持たずに選び取っている者の目だ。俺がこいつらに慕われているように見えるのはね、こいつらの苦しみを幾らか取り除いてやったからさ。全身を雁字搦めに縛り付ける鎖を外し、向かうべき方向を示してやった……。帰ったら天海祈に伝えておけ、『既に蕃神信仰は四藏匡人の手に落ちた』ってな」

「……帰して、くれるのか?」

「ああ、大人しくしてりゃあ命までは取らない……二、三日もすれば無事に帰れる。だが、向こうが何か仕掛けてこないとも限らん。MCGが人質に気を使うようなら盾にするから、精々向こうに殺されない事の方を祈るんだな」


 俺の言葉を聞いて、人質の連中は安堵の息を漏らした。果たして、俺の言葉を信じたのか? いや、彼らの立場では信じる他ないか。バックミラーで彼等の表情をぼうっと見ていると、ふと脳裏に名案が過ぎった。


「――というか、そうか! これは素晴らしい思いつきだ!」

奔獏ほんばく様、どうしたんですか?」

「免許! 人質の誰か一人ぐらいは持ってんだろ!」


 通訳がハッとしたような顔をした。出発時は切迫していたから、俺が運転しなければならなかったが、なに、人質の奴等にやってもらえばいい。俺はMCG機関に所属していた時のような社交性の皮をかぶった。


「え~、あの~、誰か免許持ってる人いませんかねぇ? 実は俺、持ってないんスよね。今、ノリで運転してるんで。死にたくなけりゃあ、協力してもらえませんかねぇ?」

「ど、どうりでさっきから危なっかしい運転だと……なら、私が――」

「――と、峯岸さん。どうやら、代わってもらう暇はなさそうだ」


 バリバリとけたたましく空気を叩きながら、正面から此方に向かってきている集団は、間違いなく自衛隊の戦闘ヘリAH-64Dだ。空対地ミサイルと30mmチェーンガンがギラギラと睨みつけてきやがる。しかし、あまりに到着が早すぎる……宮城支部を攻めた時点で出ていたものを、此方に回したのか?


「やばいな……東京都心のド真ん中でも構わず撃ってくる気だぞ……! 通訳、地図見て道案内! 幹線道路は既に抑えられているかもしれん! 他の者は周囲を警戒、運転を補助しろ! ――Kahdeksasカハデクサス!」

『任せてくれ』


 Kahdeksasカハデクサスがフィンランド語で応える。言葉の意味は分からないが、その意思だけは十全に伝わった。

 AH-64Dの機体下部から突き出たチェーンガンが唸りを上げる。発射される30mm口径弾に少しでも掠れば、その時点で致命傷は確実だ。

 後方で人質たちが悲鳴を上げる。しかし、俺はまったく恐れていなかった。なぜなら、俺はKahdeksasカハデクサスを信じているからだ。彼が車の天井に突き刺した【短槍Keihäs】から【闢邪へきじゃ】の能力が広がり、車体を保護する。

 アクセル全開! 正面から雨のように降り注ぐ30mm口径弾は、フロントガラスにヒビすら入れられず車体の表面を滑って遥か後方へと消えていった。

 よし! と、喜びもつかの間、今度は地上にも刺客が現れた。左右から96式装輪装甲車が現れ、俺たちを間に挟むように並走し、前方には90式戦車が現れ、120mm砲を此方に向けている。


Kahdeksasカハデクサス、アレも弾けるか!?」

『――無理だ! すぐにはできない!』

「無理かァ――!」


 バックミラーに映るKahdeksasカハデクサスは首を勢いよく左右に振っていた。


「じゃあ、しっかり掴まっとけよ!」


 俺は、とにかく正面の120mm砲の一撃だけは避けるべく、隣を並走する装甲車へ体当りを仕掛けた。細かい操縦なんぞ出来ないのだから、力押しでいくしかない。そう思っての試みだったが、互いの重量差の所為かビクともしない。逆にこっちが押し切られる――!

 このままでは幹線道路から脱する事も出来ず、120mm砲の一撃どころか両隣の装甲車によって押し潰されて終いだ。【闢邪へきじゃ】でどかそうにも、上空のAH-64Dから撃たれる30mmチェーンガンの相手で手一杯らしい。


「道案内します! 次の交差点を左へ行ってください!」

「分かった。フェイクヮ、Kahdeksasカハデクサス! 気合入れろよ!」


 Kahdeksasカハデクサスとフェイクヮにも見えるように左を指差す。これで、彼等には伝わった筈だ。その証拠に、二人はすぐさま動き出した。車体左側の【闢邪へきじゃ】を一時解除、フェイクヮが【紐長剣आरा】を振るって窓ガラスをぶち割り、左側を走っていた装甲車のタイヤを根こそぎ奪い取る。すると、左を並走していた装甲車の車体がガクンと倒れ込み、アスファルトを擦りながら減速していった。

 これで道は開けた。


「曲がるぞ!」


 加減せず目一杯にハンドルを回せば、当然のごとく車体は滅茶苦茶に振り回されるが、そこをさっきと同じように【紐長剣आरा】で強引に補正して突破する。

 この時、俺は覚悟を決めていた。ここから先は曲がりくねった道や細い道が増え、これまで幹線道路を突っ走ってきたようには行かない。今のようなことを何度もすることになるだろう、と。

 しかし、現実に待っていたのは、覚悟という覚悟を全て吹き飛ばしてしまうような絶望的な『壁』だった。


「……マジかよ」


 バリケードだ。90式戦車と装甲車が、その手前にバリケードを設置して、道を塞ぐように停車していた。90式戦車の砲身は、まっすぐこちらに向けられている。

 ヤバイ! と思った時にはドンと120mm砲が火を吹いていた。班員たちに何らかの指示を出す間もなく、車体を衝撃が突き抜けた。




「――隣家の火を消せ! 周囲の建物に延焼するぞ――」

「――下手に近づくな! 異能者ジェネレイターの到着を待ってから――」


 遠くから、たぶん自衛隊員のものだろう声が聞こえる。頭が痛い、全身が痛い。霞む視界で周りを見てみると、【闢邪へきじゃ】のおかげか車体は原型をとどめているようだったが、車外の景色がだいぶ変わっていた。薄暗い空間に散らばった瓦礫とガラス片、そして商品類。エアバックの向こうで、ハンドルが右に切られているところを見るに、俺は直前でハンドルを右に切って、コンビニにでも突っ込んだのだろうか。

 助手席の通訳は気絶しているのか、身じろぎ一つしない。不安に駆られ、重い頭をズリ動かして後部座席をみやると、班員たちと人質たちが揃って打ち上げられた魚のようになっていた。俺にはエアバックがあったが、彼等には何もない。誰も死んでいないと良いが……。そう考えているうちに、外で変化があったようだ。


「――天海祈あまみ いのり支部長!――」

「君たちは下がっていろ」


 天海の声が、こんな時でも嫌に明瞭に聞こえたかと思うと、運転席のドアが開いて俺の身体がかすかに揺り動かされた。


「生きて、いますか?」


 そこに居たのは神辺さんだった。俺の生存を確認して、少し安堵したような表情をみせた。彼女の背後から、天海の分体も近付いてくる。


「私が手を下すまでもなかったな。その負傷では満足に動けまい。死なぬように応急処置をしておきたいところだが、分体の操作量が増えすぎて今は無理だ。頼むから、尋問の前に死んでくれるなよ。精々、回収班が早く到着することを祈るんだな」


 分体はそう言い捨てると自衛隊連中の指示に戻っていった。

 遠くからサイレンが聞こえてくる。隣家が火事になっているようなので、消防車だろうか? 空中から大量の水をぶっかける影がみえる。アレは望月さんか。


「匡人さん。喋れるなら教えて下さい。今しか話せそうにないので……」

「ぐ……いい、ですよ……それぐらいしか、できない状態、ですからね……」

「どうして、こんなことを?」


 切羽詰まった様子で、神辺さんはそう切り出してきた。さて、どこまで話したものか……考える余裕もない、俺は思いつくままに口を動かすことにした。


「前に……『正義』の為に殺人を肯定するか、と尋ねましたね」

「……はい。私は肯定しないと」

「今度は、こう尋ねましょうか。『正義』の為に……を肯定しますか?」

「しません」


 神辺さんは苦々しげな顔で、だが即答した。


「命に貴賎なし。その思いに嘘偽りはありません。自身の力不足は常々痛感していますが、自身の命もまた、助けられるものなら助けるでしょう」

「……そう、ですか」

「貴方は……貴方は、どうなのですか。『正義』の為に殺人を肯定するのですか? 殺されることを肯定するのですか?」

「します」


 俺は自信をもって即答した。嘘やハッタリじゃない。心の底から、俺はそう思っている。神辺さんがハッと息を呑むのが分かった。


「世の為人の為……真なる『正義』の為なら、全てを受け入れます。けれど――そんなもの、果たして……いいえ……俺は、それを……。これは、『どうしてこんなことを』という問いに、対しての……答え……ただ……俺たちは、『探し……『知り……たくて……」


 本格的に意識が朦朧としてきた。こんな状態で無理をし過ぎたか。

 裏切り者の俺を、神辺さんはまだ心配してくれているようが、もう掛けてくれている声すらハッキリとは聞き取れない。

 とその時、神辺さんを押しのけて小さな声が響いた。


「よっちゃん、だいじょぶ?」


 その瞬間、俺は雷に打たれたような衝撃に襲われ、意識が一気に覚醒した。

 六道鴉りくどう あ! 被驗體ひけんたい番號ばんごう陸!

 そうか、これか――!

 これこそがモナド嚮導みちびき

 俺が運転し、敵の妨害に阻まれ、俺だけが意識を保っている。天海の分体は全体へ指示を出しており、神辺さんは押しのけられて少し離れ、望月さんは隣家の消火活動に専念している。

 そして、六道鴉がいる。

 つまりは、今こそ楔を打ち込む時だと、そう言っているのだな!

 ――ああ、いいだろう。

 これは前々から考えていた事でもあるのだから!


「……むっちゃん」

「え? なに?」


 六道鴉むっちゃん……これまでの無意識下に於ける貢献に感謝する。

 願わくば、どうか、これから……。


「生きろ」


 揺るがぬ確信に衝き動かされた俺は、迷うことなく六道鴉の胸元に【短剣】を突き立てた。深く、深く突き刺し、そして引き抜いた。濡れた刀身から血が滴ると同時、俺の行動の正当性を証明するかのようにジェジレㇿが忽然と現れ、俺に突き飛ばされた六道鴉を除く車内の全員を拡張領域へ転移させた。

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