4-3-8 宮城支部襲撃(裏) その2



 四藏匡人を含む二班班員の脱出時、研究施設内には重力に任せて落下する者たちと、重力に逆らって上昇する者たちとがいた。

 前者は殿しんがりを務むる為に残った二班班員・提婆だいばミュウㇱアを始めとする元・信者三名。後者は奪われた人質を取り戻すべく、或いは逃げた者を捕縛すべく、天井に空いた隙間をめがけて追い縋る望月要人と天海の分体。


『行かせはせんぞ?』


 戦闘の火蓋は、臥龍がりょうレイキㇻの攻撃によって切られた。空中で猫科動物のように身をよじり、約80cmの符籍剑pujeokgeom、【四寅剑saingeom】の直線的な刃で横薙ぎに空間を切り裂く。

 進路妨害を意図したそれは、望月要人が咄嗟に取った回避行動により的中せず、空振りに終わる。しかし、それで終わらないのが【骸】。

 レイキㇻの靈驗れいげん――【組換くみかえ】!

 レイキㇻは、空を裂いた剣筋を『軸』に周囲の空間を反転させるように組み換え、あたかも傍から見れば短距離転移ワープのような形で瞬く間に望月要人の眼前に迫るや、改めて刃先を突き出した。必殺の速度や腕力は必要ない。当たりさえすれば、それで【能力】の発動には事足りる。


「ちょ、嘘っ――!」

『貰ったァ!』


 望月要人の《引力操作》。咄嗟に自らを『いかり』背後に居た天海の分体を『母船』と定義し、自らの肉体をそちらへと牽引させるが、不意をうたれた所為もあって躱しきれない。突き出された刃は、ほんの僅かに靴先を掠めていった程度だが、先も述べたようにそれで十分。

 再び距離を組み替えて詰め寄った後、刃を突き立てた所からバラバラにしてやれば事は済む。そう考えたレイキㇻが、掠った靴先を背後へ、自らを更に前方へと組み換えた、その瞬間だった。


『――ムグ、ガッ!』


 何らかの物体が望月要人の服の中から飛んできて、レイキㇻの顔面にぶつかった。更に、それは意思を持っているかのように彼の目元口元に覆いかぶさったばかりか、【四寅剑saingeom】を握る右腕の動きさえも阻害してくる。あらかじめ四藏匡人から警告を受けていた事もあり、レイキㇻはすぐにその正体に至った。

 ――《靈瑞みず》か!

 危機的状況下にある事を認識したレイキㇻは、すぐさま一時撤退を選択する。拙いながらも《靈瑞みず》へ干渉力を注ぎ動きを妨害しつつ、空間を何度か組み換えて《靈瑞みず》を振り切ろうと試みる。

 同時期、既に地上に着いた無明むみょうガㇳーもまた、望月要人に妨害の手を打ち出していた。彼の手に収まるは【彎刀Сащхъуэ】。しかし、こいつは遠距離は専門外である故、《異能》で以て妨害することを企てた。

 MCG機関のジェネレイターが空を飛んでいるのだから、それは十中八九異能を行使しているものと思われる。これに対して此方の《能力》をぶつければ、撃ち落とすまでには至らずとも、動きを鈍らせるぐらいの成果は見込めるのではないか。《異能》に関しては素人ながら、そう考えついたガㇳーは迷わず《洗脳》の力を奮った。

 彼の《洗脳》。正確には《意識をすり替える》という能力。この攻撃を受けた相手は、自分の意識がすり替わった事にも気づけない。

 ところで、ガㇳーの母国語はアディゲ語である。それ故、無力化した日本人研究員たちの意識をすり替えた時は、通訳に日本語を教わりながら行使する必要があったが、今回の場合は日本語を解さなくとも問題なかった。混乱さえ引き起こせるならば、それでよかったからだ。


『落ちろ、落ちろ、落ちろ!』


 彼の攻撃は、確かに望月要人の意識を侵害し、干渉力による抵抗を強要する事で、暫くその場に留まらせるという成果を得たが、その状況を相手の能力者ジェネレイターたちも黙って見ている訳ではない。

 地上を疾駆し、ガㇳーに迫りくる者がいた。香椎康かじ やすしだ。ガㇳーはチラとそちらに意識を向けたが、隣で周囲を警戒していたミュウㇱアが相手取る構えを見せたので、彼女に任せるという判断を下した。

 香椎康は、一人だけ特別に20式5.56mm小銃ライフルを持たされているにも関わらず遠距離から発砲せず、まっすぐに向かってきていた。これは、敵の背後にズラッと並んでいる研究員たちを巻き添えにしてしまうことを嫌っての事だった。銃は撃たなきゃただの鉄の塊でしかないが、そのように人命を尊ぶ精神を評価されたからこそ、銃の所持を許可されたともいえる。

 それに、香椎康の目的は接近戦ではなく揺動にあった。彼の《電撃》は、初見では防御不可能だが、一発で撃ちきりである。ここは温存の一手という訳だ。

 十分にミュウㇱアとガㇳーの意識を惹き付けたところで、クッとブレーキをかける。訝しげに眉をひそめる二人へ、本命――六道鴉の《透明化》によって別角度から密かに迫っていた岸刃蔵が、地面から天井まで一直線に突き立ったタワーから飛び降りて、ガㇳーの首筋を刈り取らんと迫る。


『ガㇳー!』


 物音によって岸刃蔵に気付いたミュウㇱアが叫ぶ。その声音に含まれた警告の意を十全に汲み取ったガㇳーは、アディゲ語は通じぬと分かっていながら、振り向きざまに『大丈夫だ』と頷いた。そして、落下してくる岸刃蔵の姿を視界に捕らえるや舌打ちする。


『チィ――ッ!』


 ガㇳーの階位フェーズΓギバ。視覚外に干渉できる階位フェーズといっても、多少の軟化は避けられない。これで、少しずつだが望月要人は動けるようになってしまった。

 その事実に苛立ちながらも、しっかりと【彎刀Сащхъуэ】を構えて岸刃蔵を迎え撃つ姿勢を整える。けれども、ミュウㇱアはなおも焦眉を叫んだ。


『違う、気を付けろ! もうひとり居るぞ!』


 あらかじめ《透明化》を警戒していたミュウㇱアは、この混乱の最中にも漏らさず瓦礫が蹴り飛ばされた足音を聞いていた。しかし、ミュウㇱアの話語はエストニア語。雰囲気以外の細かいニュアンスは伝わる訳もない。やむなくハンドサインで『新手』の存在を伝えつつ、急いでガㇳーのもとへと走る。この時既に、香椎康が身を引いて回り込む動きに移行したのを横目に確認していた為、その行動に迷いはなかった。

 すると、岸刃蔵の出現に遅れること数瞬、突如として虚空より姿を現した神辺梵天王が、ガㇳーの背後より襲いかかる。體化光子を刃に纏わせた手斧フランキスカの刃はまっすぐに立っており、手加減峰打ちの色はない。


『――なっ!?』


 遅ればせながら、ここでガㇳーも神辺梵天王に気付くが、既に手斧フランキスカはガㇳーの命を寸断する直前にまで迫っていた。焦りの為か、上空の岸刃蔵を迎え撃つ為に振るわれていた【彎刀Сащхъуэ】の太刀筋にも迷いブレが生じる。

 られる――!

 その場の誰もがガㇳーの死を予感した。


 唯一人、レイキㇻを除いて。


 ――ガキン、という硬質な音と共に、《體化光子》を纏う手斧フランキスカは弾かれた。


『間に合ったな』


 それは【組換くみかえ】による移動で瞬間的に割り込んできた【四寅剑saingeom】。それは、遠心力と自由落下の加速、更に成人男性の体重と筋力を伴って、いとも容易く手斧フランキスカを弾いた。

 同時、レイキㇻのファインプレーに助けられ迷いを振り切ったガㇳーも、頭上から降る岸刃蔵の攻撃をどうにかいなした。すると、攻撃失敗後の岸刃蔵と神辺梵天王は、深追いを避けて潔く後退していった。

 ガㇳーの口元が釣り上がる。

 ――凌いだ!

 時間差攻撃は脅威的だったが、仲間レイキㇻの健闘にも助けられ、なんとか凌ぎ切った。本人にそんなつもりがなくとも、愉悦にも似た生存の快感よろこび……『弛緩』が不可抗力的に心中を占める。

 時間差攻撃の真髄は、これを生み出すことにある。

 キューン。と、減音された銃声が空気を裂くや否や、ガㇳーの身体が糸を切った人形のようにコトンとずり落ちた。レイキㇻとミュウㇱアに戦慄が走る。二人は揃って弾かれたように背後を振り返った。


「ひとりりー」


 10mほど先、物陰から身を乗り出した六道鴉が、まっすぐに銃を構えて立っていた。彼等二人も、彼女の素性がクローンであること、味方スパイであること等は、四藏匡人から聞かされて知っている。また、その銃の腕前についても。

 それでも容赦なしに狙撃してくる、か。

 今は敵同士の関係故、仕方のない事と割り切っているミュウㇱアに対し、レイキㇻの方はそこまでサッパリと意識を切り替えられてはいなかった。ガㇳーとは、蕃神信仰に入信した時からの付き合いである。


『う、うおおおおおおああああああああ!』

『レイキㇻ!? 怒りで我を忘れるんじゃない! 今は足止めを――!』


 意味の理解できぬミュウㇱアの言葉に、レイキㇻは全く聞く耳を持たない。レイキㇻは雄叫びを上げながら、猛然と六道鴉に迫った。

 空を切り裂いた剣筋を軸に【組換くみかえ】、すると進行方向へ背中を向ける形になるので、すかさずコマのように回転しつつ空を切り裂き、また【組換くみかえ】、

 切る、【組換くみかえ】、

 切る、【組換くみかえ】、

 切る、【組換くみかえ】、

 と短い間に何度も繰り返し、瞬く間に彼我の距離を詰め寄った。しかし、六道鴉は自らを《透明化》し、速やかに【四寅剑saingeom】の殺傷半径から逃れる。

 それと同時に、ミュウㇱアは頭上での爆発を見た。


「行け! 望月要人! 行け!」


 弾けたのは《靈瑞みず》。先程から断片以外に姿を見せず、妙に大人しいとミュウㇱアも警戒していたが、どうやらKahdeksasカハデクサスの【闢邪へきじゃ】によって開いてすぐ閉じられたアスファルトに再び穴を開けようと、《靈瑞みず》を集中させていたらしい。一度壊されている事で、ある程度は脆くなっていたアスファルトは、敢えなく粉砕されて瓦礫と化した。

 そのようにして再び開けられた穴を望月要人が飛んでゆく。彼女の《飛行》を妨害していたガㇳーが死亡し、彼女を縛り付けるものは何もなくなっていた。ミュウㇱアが手をのばすも遅く、望月要人は外へ出ていってしまった。


「望月要人には水滴を付けておいた。これで奴等の位置情報は筒抜けという訳だ。逃しはしない」


 交渉部レッドチームの面々へ向けて分体が言う。その報告を受けて、即座に望月要人から意識を外す面々の中、神辺梵天王だけは躊躇いがちに穴を見つめた。けれども、それも一瞬のことですぐに戦闘へ意識を戻した。

 六道鴉への攻撃が空振りに終わったレイキㇻが、間髪入れずに暴れだす。もっともそれは、怒りに任せた考えなしのものではなく、また狙撃されてはかなわないという思いもあって、いくらか計算された暴れ方だった。怒りで攻撃的にはなっていても、完全に捨て鉢になった訳ではない。上空をクルクルと舞いながら、ミュウㇱアの援護を意識して中央のタワー付近へと戻る。

 ミュウㇱアは、天井まで突き上げる土のタワーを背にし、辺りを警戒しながら【Mõõk】の鋒を下げて床に触れさせていた。誰の目にも明らかな、あからさま過ぎる仕込み。

 第二ラウンドのゴングは香椎康の銃撃で始まった。回り込むように動いていた彼は、人質を巻き込まない射線を確保していた。狙うはミュウㇱア。高速で上空を移動し現れては消えてを繰り返すレイキㇻに比べ、こちらのミュウㇱアはおあつらえ向きに立ち止まってくれている。しかし、ミュウㇱアの横っ面へ向けてバラ撒かれた弾は、彼女の柔肉を貫く事なくカランカランと床へ転がった。


『――體という概念を完全に理解した。相手へ直接に働きかけるんじゃあ、ガㇳーのように防がれるという訳だな』


 ミュウㇱアを守るように《障害物》が現れたからだ。弾はそれに弾かれた。

 それは、分厚い《氷》の壁。

 ミュウㇱアの異能――《こおりを生み出す》能力!


『そして、體を認識するという点に於いて、私は全人類を凌ぐほどに秀でている!』


 ミュウㇱアの靈驗れいげん――【呪縛】!

 斬りつけた対象を呪い、縛り付ける能力。さっきから【Mõõk】を触れさせていた床を呪い、掌握しきった彼女に、もはや死角は存在しなくなった。


『いいか、落ち着け……落ち着くんだぞ、レイキㇻ。いつものようにやるんだ。私とお前がうまく連携すれば足止めどころか勝利すらある……! 生きて、また正義の為に戦える……! さあ、反撃開始だッ!』


 大気中に薄っすらキラキラと光るものが現れ始める。ふわふわと宙を漂うそれは、ほんの小さな《氷》の断片の群れ。ミュウㇱアの階位フェーズΔダグス、断片程度ならば周囲50mを覆い尽くせるぐらいには出せる。

 まず、上空を待っていたレイキㇻが、その断片に気付いた。怒りの熱にのぼせ上がっていた頭が、《氷》のおかげか徐々に冷えてゆく。

 ミュウㇱアの《異能》。

 これは道標だ。

 そう悟ったレイキㇻは、導かれるままに行動を開始する。落ち着きさえ取り戻せば、圧縮された非言語コミュニケーションに関して彼等の右に出る者はいない。

 一方、交渉部レッドチーム側は、レイキㇻが六道鴉を積極的に狙う動きを見せた以上は、先程のように六道鴉の《透明化》を複数人に使っての奇襲、時間差攻撃というのは難しくなった。誰が仕掛け人かはバレてしまっている為だ。四藏匡人から《異能》に関する情報提供があることを念頭に置いて、慎重に動かねばならない。互いにアイコンタクトを交わして、如何に攻めようかと計画する最中、断片の導きに矛先を委ねたレイキㇻが一直線に岸刃蔵へ襲いかかる。


「――此方こちらからかッ!」


 消えては現れる【四寅剑saingeom】の一撃を、岸刃蔵はあらかじめ高めていた干渉力を用いて全身から《諸刃》を出し、鎧とすることで難なく防いだ。しかし、レイキㇻの攻撃はそれで終わらない。砕けた《諸刃》が舞い散る中、再び【組換】を用いて消えては現れ、今度は別角度から【四寅剑saingeom】振るう。速度はあれど愚直な剣筋である為に、歴戦の岸刃蔵にかかれば防ぐのはさほど難しくない。問題は、矢継早に繰り出されるその回転数にあった。


「ぐっ――!」


 早々に岸刃蔵の干渉力が底をついた。《諸刃》への変換が間に合わない。苦しそうに顔を歪め身を翻して逃れようとするが、攻撃と同時に移動もこなすレイキㇻから中々離れることができない。他の交渉部レッドチームは、岸刃蔵に助力しようと一様に足を踏み出すも、それをミュウㇱアの《氷》の壁が妨げる。《體化光子》の熱で正面から突破しようとする神辺梵天王、回り込んで射線を通そうとする香椎康、身を隠している物陰をミュウㇱアに射竦められ《透明化》を使っても位置がバレる事を悟る六道鴉。

 唯一、天海祈の操る分体だけが人の形を解いて向かう。しかし、至近距離にまで迫った所で岸刃蔵の右足が切り飛ばされた。続けて、レイキㇻは岸刃蔵の背中を深く切り裂き、【組換】――裂いた肉ごと背骨を何本か抜き取り完全に無力化した。分体は間に合わなかった。


『よくやった、レイキㇻ!』


 瀕死の岸刃蔵を捨て置き、新たな《氷》の断片を遣わすミュウㇱア。その僅かな冷気がレイキㇻの首筋をくすぐり、その場からの速やかな離脱を促す。これにより、視覚外から迫っていた分体の魔の手をすんでのところで躱す結果となった。


「――先程の作戦を実行する!」


 分体がうねうねと蠢き、人間の声帯だけを形成して叫んだ。


「神辺が飛んでいる方を、私が止まっている方を狙う! 援護できる者は援護しろッ!」


 指示は全員に伝わった。間髪入れず、射線を確保した香椎康がミュウㇱアへ銃撃するが、まるでそのタイミングを知っていたかのように《氷》の壁が立ちふさがった。香椎康はチッと舌打ちして、八つ当たり気味に銃口を上空に向け、レイキㇻに当たる事を期待してメクラに撃つが命中はなし。ここで弾切れしたので銃を捨てた。【骸】を相手に盾になるものか、重いだけだ。

 一方、《氷》の断片を振りまいて案内を続けるミュウㇱアは、【呪い】の効能によって天海祈の分体の動きを知っていた。床の割れ目を這い、人知れず鎌首をもたげる《靈瑞みず》の流れ。外を目指す動きはない。

 ――良いぞ、もっとだ! もっと来い!

 足止めこそが至上の目的である今、敵に構ってもらえるのならそれに越したことはない。ミュウㇱアは、自らの足元を押し上げるように《氷》の柱を生み出し、地上から避難した。そこへ六道鴉が銃撃するがこれも《氷》に防がれる。ミュウㇱアはそのまま空を歩みだした。

 直後、断片の導きに従い、レイキㇻが神辺梵天王にぶつかる。岸刃蔵との剣戟を見てその速度と剣筋を知っている神辺梵天王は、危なげなく初撃を防いだ。けれども、やはり連撃の対処は苦しい。體化光子で壁を作っても、それごと【組換】されてしまう。Γギバの神辺梵天王であろうと、このままではジリ貧。故に、ここは無理をしてでも、作戦を実行せねばならない。


「六道鴉!」

「おうとも」


 神辺梵天王の呼びかけに応じて六道鴉が銃撃する。それがミュウㇱアに読まれていることは既に何度も確認済み、百も承知だ。しかし、その銃口の狙う先が全くの見当違いの方向だったらどうだろう。防ぐ必要すらない――と、思ってしまうのではないか。

 ミュウㇱアもそうだった。自分か、レイキㇻを狙うものと構えていたが、六道鴉が狙ったのは天井。一瞬、迷いが生じた。その隙を突いて六道鴉は引き金を引いた。

 鳴り響く銃声。直後、天井から水が降り注ぎ始め、直下の全てを水浸しにした。ミュウㇱアも、レイキㇻも、交渉部レッドチームも、巻き添えを恐れて震える人質も。

 撃ったのはスプリンクラー。その構造は、熱や煙を検知して弁を緩める仕組みである為、この弁を上手く破壊すれば水を出すことは可能。

 それと同時、神辺梵天王は防御を捨て、レイキㇻごと自分を囲むように體化光子の箱を作り出した。これで、押しても引いても一手要する状況となった。


「何時でも良いぞ、香椎康!」

「ああ、分かった!」


 ミュウㇱアの視界の端に、どこからともなく響く分体の呼びかけを受けた香椎康が床に跪いていた。そして、手を水浸しになった床へ触れさせている。


『マズイ――!』


 そう思うも、何か手を打つ前にそれは訪れた。

 ――バチィ!

 形容し難い音を伴う《電撃》は、スプリンクラーから撒き散らされた水を通じてミュウㇱアとレイキㇻへ到達、たちまちのうちに両者を行動不能へと追い込んだ。水の中に天海祈の操る分体が混じり、更にその方向性を補佐した。

 勝敗を分けたのは人数差だろう。途中、怒りに衝き動かされたレイキㇻの突出こそあったものの、連携の練度という点では拮抗していた。

 ドサッと倒れ込んだ二人を確認して、場には安堵が漂う。しかし、これで終わりではない。分体は、すぐさま岸刃蔵の傷口を塞ぎ、人型ひとがたを為した。


「すぐに四藏匡人を追うぞ。まだ戦えるのは六道鴉と――」

「私も行けます!」


 神辺梵天王が昂然と名乗りを上げた。彼女は、レイキㇻを捉える為に自分ごと《箱》の中に閉じ込めた際、手斧フランキスカもろとも右腕を斬り飛ばされている。けれども、體化光子を押し当てる事で焼灼止血を済ませてあり血は止まっていた。半分になった右腕をブンブンと振り回し、動けることを主張アピールする。


「――神辺梵天王の二人だな」


 天海祈は神辺梵天王の申し出を受け入れた。岸刃蔵は動けそうにないし、香椎康は《電撃》を使ってしまっている上に弾を使い切った。

 人手は多いほうが良い。片手落ちだが、逆に言えば片手はあるのだ。

 分体は、後数分もすれば《束縛》と《洗脳》の能力を持った者が到着する、と香椎康に伝え、天井を指差した。


「神辺、上まで続く階段を作れ。この分体で貴様らを運ぶより、その方が早い」

「分かりました」


 神辺梵天王は、研究施設の壁に體化光子を突き刺し、即席の階段を作った。靴底は焦げるだろうが、急げば問題ない。神辺梵天王と六道鴉の二人が天井に開いた穴から外へ出ると、一台の車がエンジンを吹かして待機していた。運転席には、いつの間にやら登っていた天海祈の分体が座っている。


「早く乗れ! 四藏匡人は日光街道を道なりに北上中だ。我々は奴等を先回りして叩く!」

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