4-3-6 宮城支部襲撃 その5
艶めかしく、【
しかし、まだ少し凝り固まった心境の北條嘉守に対して、レヴィの方は極めて柔軟だった。敵に回った北條嘉守を認識しても「ああ、そうか」と淡白に思うだけで、即座に意識を切り替え動き出した。
「元ヨリ、生カシテ帰ス積モリハ無イ!」
容赦なく殺しにかかる。人工島で強いられていたような遊びもなく、[現代魔術]であれば第五階梯にも相当する[
捧げられた
だが、北條嘉守の手にかかれば、『必中』の義務などは単なる言葉遊びの代物に成り下がる。
「もし――」
北條嘉守は、音もなく空間に【剣】を滑らせ、自らに纏わりつく因果を斬りつけた。
「もし、私が貴方の事を知らなければ、その[マホウ]で決まっていたのかもしれなかったわね」
濡れた様な白刃に導かれ、固着されし因果が【
天は地、地は天、秩序
当然の如く、北條嘉守は健在。
今、何が起こったのかは、
「スキをツクってくれ! ワタシがキめる!」
レヴィを無闇矢鱈に傷つけたくない北條嘉守にしてみれば、それは願ってもない申し出だった。北條嘉守は即座に「応!」と返し、レヴィに向かって走り出した。
これを迎撃せんと、レヴィは反射的に身に纏う
とその時、
視野を広げていたレヴィは瞬間的に理解する。この応用性は恐らく[恩寵]ではなく《異能》であり、さっき急に現れたタネもこれだ、と。
厄介だ。北條嘉守だけでも手一杯だというのに、素性の知れぬ現代魔術聯盟の
――だが、対処は可能だ。
レヴィは、一度は止めた
分かった事がある。それは、
この推論が正しければこれで対処は可能。何故なら、この[霧]はただの霧ではない。その隅々にまで[咒術]による擬似感覚器官が張り巡らされており、その厳重さはアメリカのホワイトハウスと比べたって引けは取らない。
来るなら来い。
そう考えながら、北條嘉守が当てずっぽうで進みだしたのを[霧]の動きに知り、余裕を持って距離を取る。彼女に纏わる因果だけでなく、己に纏わる因果までも【
間をおかず、今度は想像通りに
「――ほう、もうフセぐのか!」
「当然ダァ! クタバレ下郎!」
熟達した戦闘
不意を打つ見事な
直後、『必中』を義務付けられた[弾丸]は確かに命中した。だが、その着弾点を正確に言うと、「
物理攻撃は両者に相性が悪い。では、精神から攻めようかとレヴィは思案するが、それには幾らかの時間を要してしまう為に無理。その上、
ならば、その「隙」とやらは如何様に?
概念的な攻撃で攻めれば両者にも通るだろうか、
そうじゃない。
そうじゃないのだ。
もっと、多角的に思索を広げねば勝利は掴めない。纏骸学舎時代にも、イケ好かぬ教官連中からウンザリするほど繰り返し教わった筈だ。
――攻めるは北條嘉守!
まずは捻じ曲げられた因果を突破する!
今回の場合、それは射程距離だ。【
であるならば、北條嘉守一人の因果を捻じ曲げた程度では、どうしようもない程に大きな因果の流れに巻き込んでしまえば終い、という寸法である。例えば、地球ごと破壊し、生命維持も困難という状況に追い込めば、さしもの彼女も死ぬだろう!
方針は決まった。さあ、罠を張り巡らせよう。
退けば溺死し、止まれば壊死し、進めば
それに先だって防護を固めようかとも考えたが、まだ相手の《能力》の底を見た訳ではない。あの神出鬼没ぶりを見れば、[防護]の中にまでやすやすと侵入してくる事も十分に考えられる。要らぬ慢心をせぬよう、レヴィは敢えて無防備のまま罠の設置作業に取り掛かった。
時限式、感圧式、引張式、レーザー式、遠赤外線式……思いつく限り、なんでもござれの大盤振舞だ。
複雑に、乱雑に、煩雑に連鎖する罠は、それ一つの因果を【
こうして、無秩序なまでに絡み合わせれば……そら来た!
複数回の爆発――これは囮としてバラ撒いた因果。それに付属する[砲]・[刃]・[矢]・[石]が本命だ。四方八方から迫りくる致死性の攻撃が、再び別の因果を引き起こし、無際限に連鎖してゆく。その内の一つが今、北條嘉守の鼻先を掠めた。遠からぬ未来、【
「勝ッタ! コノママ擦リ潰シテヤル! 息絶エロ――!」
「――いや、勝つのはコッチだ」
「この《能力》には、こういうツカいカタもある」
今――
その状態のまま、
「マエへススめ! むかうべきホウガクはワタシがシメす!」
「――ありがとう。よく、見えるわ」
地面に、真っ赤な血液の
高速移動により、地上に張り巡らされた数多の罠の動作速度を超越し
「――レヴィ!」
「北條嘉守――!」
迷いが無かったのは北條嘉守の方だ。小細工は弄せず、落下の勢いを十全に活かして全身を浴びせかけるような大ぶりで正面から斬りかかる。刃は横に、峰打ちだ。
対するレヴィは及び腰。予期せぬ急な接近戦もそうだが、一合でも斬り結べば因果を絡め取られるのだから、攻撃するにしろ防御するにしろ慎重に行かねばならない。
ここは適当な[咒術]で触れずにやり過ごし、今一度、距離を取って安全に罠で嬲り殺すべきだ。殺す為の罠ばかりを張り巡らせる事だけに終始していたのが失敗だった。次は移動を制限する罠を――。
レヴィの脳裏で高速展開される思考。しかしその全てが皮算用に終わる。
敵は北條嘉守一人ではなく、二人――床と《
出し抜けにレヴィの足元へ姿を現す
しくじった。そんな思いが思考を塗り替えたのと前後して、レヴィの足首がガシッと掴まれる。正面に展開された[壁]によって北條嘉守の一太刀は防がれたが、そんな事は今はどうでも良かった。レヴィは【大杖】の先に[刃]を伸ばして、自らの足ごと
「《
触れ合っている
それはほんの始まりに過ぎず――まるで互いに引き寄せ合う磁石のように二人の身体が急速に近づき始め、やがて一つに重なった。
*
『ええか、一度しか言わへん! 天海祈の分体を一体捕縛し、持ち帰る! これからその為の作戦を伝達する!』
指揮官[
分体を捕縛し、持ち帰る。
まず、その二つの行動が魔術師たちの脳裏に深く刻み込まれた。
『そこの傍観者を
一班は[
二班は[
最後、[
『
『一班! 攻撃開始!』
『……お? なんだ、急に。やんのか?』
ジェリコは、殺気立つ魔術師たちを前に余裕の表情で諸手を広げた。これが、彼のいつものやり方だった。必死になって手を変え品を変え、無駄な攻撃を試み続ける敵をあざ笑いながら、まるで散策でもするかのようにゆっくりと歩み寄り、疲れ切った所を適当に斬り殺す。そんな戦術ともいえない戦術で、
『一向にとめないなァ。無駄と分かっているだろうに。多少は攻め手を変化させるものじゃないかね?』
見た所、相手の統率は取れているようだ。しかし、無駄に思える攻撃を彼等はなおも続けている。これが仮に
戦いを生業とするジェリコだが、単体の傍観者や近衛の纏骸者ならともかく、『統率の取れた異能集団』と事を構えた経験は数えるほどしかない。それに加え魔術師となると、今日が初めてだ。
異質――ジェリコは、彼等からMCG機関とも蕃神信仰とも一般兵とも違う印象を受けた。しかし、だからといって警戒はしない。
『何か企んでいるのか?』
代わりに、攻撃してくる連中から目を離して興味深く周囲を見回し、遠くに固まって動かない一団を発見した。
『なら、殺すのはそれを見てからでも良いか。ハハハッ!』
ジェリコの気まぐれによって図らずしも負担が少なくなった一班。
一方、天海祈の分体を担当する二班は苦戦していた。宮城支部内があらかた片付き始めたのか、分体の参戦ペースが上がり、さきほど遂に二桁の大台に乗った。
「逃げないのか? このままでは十分もかからず全滅するペースだぞ、魔術師ども。まあ、好きなだけ消耗してゆくと良いさ」
何をされても平気で進撃し続ける不沈艦の如き分体と違い、魔術師は斬られれば死に、打たれれば死に、呼吸を阻害されても死ぬ、
けれども、完全に崩壊してしまう前に、横合いから援軍が遣わされた。三班にいた人員だ。
『三班! 役割を終えた者から二班の援護! もう、生存優先でええ!』
『[
一班から浮いた人員を抜き、天海祈の分体の相手に宛がう。思わぬ柔軟な対応に、
『十五秒後に撃つ! 今すぐに分体の誘導を開始してくれ!』
上意を得た三班が、それぞれの統率のもとに動き始める。何人もの黒衣の集団がなめらかに跳梁跋扈する光景は、宛ら一個の生命体のようにも見えた。
対し、ジェリコはこの段に至ってもまだ呑気に「見」に回っており、分体の動きは遠隔操作ゆえ時たま変化を見せるものの基本は愚直。それも徐々にジェリコの近くまで誘導されている。
行ける……!
成功の確信が
計画成就まで秒読み5秒、4、3、2、1――
――《雨》が降った。
その異変が、看過できぬ異変である事に気づけた者は、二班の班長
まだ芽生えて間もない【能力】ではあるが、
『この雨は何かマズイ! 撤退を――』
「――遅い。全てが手遅れだ」
最後の「0」をカウントする事なく、
足元、宙空、衣服、果ては体内から……ありとあらゆる箇所に付着していた《雨》の水滴一つ一つがその潜在能力を発揮。爆発的にその体積は膨れ上がり、宮城支部ビル周辺に暴力的なまでの《
「懺悔の時間も与えん。数人のみ生かす。選ばれる事を祈れ」
上等な黒衣のローブを翻し、天海祈が力強く右拳を握ると、《
唯一、
しかし、それも時間の問題。
後、一呼吸もすれば飲み込まれる。
――確かにコイツの《異能》は半端ない。
正直、舐めていた所はある。
――けどなぁ! こっちだって《異能》は持ってる! その上、【骸】に加えて
現代魔術とは、別地球βの魔術師たちが5000年もの歳月をかけて練り上げ続けた、洗練されし技術の結晶。高々、発見から十年も立っていないような《
触れたものを【破裂】させるだけの使えない能力だと思っていたが、まさかこんな使い方があるとは。
一見、観念したかのようにも見える薄笑いを浮かべながら、
この戦い、なにもかも計画通りとは行かなかった。しかし、最後の最後に決死の想いが実を結ぶ。
「第五階梯――[
予め指定しておいた相対座標、[正面20m]の位置に[隔膜]が立方体の形状で現れ、天海祈をその中心に閉じ込めた。中の様子はうかがい知れないが、《
『[転移]!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます