第二章 深層世界のディソナンス

プロローグ

2-1-1 醜の御楯 近衛旅団



〝十万人に一人〟


 この数字は、古来より『神々の盤上』に上がる事を許された『駒』のおおよその選定率である。

 選定は公平であり、生まれに依らないとされる。

 選定者は、おの精神體アストラルに『神明なる御業』をたまう。そして、平均して第二次性徴期前後の頃に、霊的な啓示を介して秘めた奇跡を自覚、現世への顕在を果たす。


 選定者と御業の呼名はそれぞれの言語、国家によって様々だが、こと細戈千足國くわしほこちだるくにに於いては選定者を『纏骸者てんがいしゃ』、御業を『武装励起ブソウレーキ』と呼んだ。


 これはいにしえより口碑に残る『纏骸伝説てんがいでんせつ』が典拠であり、現在では『蕃神信仰ばんしんしんこう』の信仰母胎ともなっている。



     *



 第二章 深層世界のディソナンス



     *



「章頭歌」



〝正義の道〟とは如何なる道か。


 敷き詰められたいしだたみ

 骨身ほねみエグ荊棘道いばらみち


 中道ちゅうどう直道じきどう馳道ちどう聖道しょうどう仁道じんどう――


 古きを称え、教えを守るを善しとするか。

 新しきに震え、変化の兆しを善しとするか。


 ――世道せどう乾道けんどう坤道こんどう善道ぜんどう皇道こうどう


 世に蔓延る既存概念。

 枚挙に遑はないが、何れにしても「いな」である。


〝正義の道〟とはけいの道!

 潔白の惹句じゃっくを以て、あめに、つちに、遍く乞丐きっかいともがらに、そしてに向けて謳う道!


 さあ、決して揺らがぬおのが〝正義〟を――謳え!



     *



 夢を見た。

 とても古くて、寂れた、原初の夢――だった気がする。

 しかし、その内容は目覚めと共にさっぱり忘れてしまったので、だからどうだこうだと言いたい訳ではない。

 ただ……つい、夢の話を口にしてしまうぐらいに、ここ最近は起伏に乏しい緩やかな日々を過ごしていた、という事だ。

 別地球αからの使者の本隊が、光柱と共にヘンテコな立方体の方舟はこぶねで此方にやって来てから約二週間。その間に両地球間での対話が行われ、仮ではあるが友好が結ばれた。これにより、MCG機関は、誰もが忘れかけていた『第三次元宇宙機関』としての面目を取り戻し、以前にも増して忙しない雰囲気に包まれた。

 けれども、それは交渉部レッドチームの業務にはあまり関係がなかった様だ。

 変異ジェネレイトを起こす確率はおよそ『十万人に一人』と言われており、その率は今現在、統計的に増加傾向にあるらしいが、長い目で見れば何処かの期間に集中したり散発したりと若干のブレが生じうる。

 麻薬カルテルを片付けてからというもの、交渉部レッドチームへの仕事は散発的にチラホラと舞い込んで来るぐらいで、たまさかに訪れた閑散期といった具合だった。その中には、宮城支部から回ってきた対REDの支援要請も含まれていたが、それも香椎さんと岸さんが受け持ってくれたので(どうも調査が難航しているらしく、明日か明後日に宮城支部へ出向するらしい)、神辺さんと連れ立って行った一般業務を除くと、“数少ない休日を含めて出不精な俺が東京支部から出る事はなかった”。


「おはようございまーす」


 軽い挨拶を放りながら入室する。時刻は8時の五分前。この時間帯に来ているのは大概、朝に強い神辺さんと、最近になって早起きを始めた灰崎さん、そして――存外に規則正しい生活をしていたらしい“岸さん”だ。他は遅れてやって来る。


「うーっす」

「お早う御座います」


 眠気の残る適当な挨拶と、それとは対照的に芯のある丁寧な挨拶が返って来る。それに続いて、新聞を見つめていたレンズ越しのが持ち上げられ、俺を捉えた。


「おはようございます、四藏匡人君」


 岸さんは、“伊秩との戦いで負傷した俺と共に、セーフハウスに殴り込んできた山川を倒して以来”、ツンケンしていた態度を人が変わったようにスゴク軟化させた。そこのところ、俺には良く分かっていないのだが、戦闘前の俺や、戦闘後の伊秩、山川、そして“突如として乱入してきた別地球αの使者”との会話を通して、何か得るものが合ったらしい。(それでも、あの時に語っていた『八つ当たりじみた憎悪』は未だ記憶に新しく、怒らせるとやはり怖い……)

 俺は、“片付いた部屋”に並ぶ“新品のパイプ椅子”に腰掛け、今日も今日とて、仕事が回ってくるまでの待機時間の暇を潰そうと漫画雑誌を手に取ったが、それを開き切る前に、灰崎さんが携帯を見せ付けてきた。


「おっ、匡人! ちっと見てみろよ!」

「……何ですか?」

「ま~た、天海がニュースに出てるぜ!」


 画面上には、昨日おこなわれたという会見の動画が流れていた。MCGの制服を着た天海が、なにやら真面目ぶって記者たちの質問に答えている。MCGのいう『秘匿』は異能に関してだけで、別地球の事は別にいいらしい。

 画面下部に『第三次元宇宙機関 日本支部長 天海祈あまみ いのり』というテロップが流れてゆく。偉そうな奴だなと漠然に感じていたが、まさか日本のトップだったとは。

 そういえば、天海の見た目は非常に若々しく、二十代、いや十代ぐらいの様にも見えるが、その実年齢は知らない。人事ファイルから知ろうにも、天海のものには当然の様にレベル5の閲覧規制が敷かれている。

 天海に関して、六道さんは「天海は政治家の娘。タイミング良く能力者ジェネレイターだと判明したから、それらの繋がりで創設から噛んでた」と言っていた。しかし、「天海」という名字の政治家は聞いたことがない。裏では影響力を持つ氏族とかなのだろうか。それとも名字が別とかいう偶にある複雑なアレか? 天海は顔立ちがアジア人ぽくない――というより、異能の影響もあって人間離れしている――ので、もしかしたら、外国の日系政治家なのかもしれない。


「彼等から聞き及んだ理論を我々の技術にも適応する事で、此方からの渡航も可能です。――侵略? それは有り得ません。両地球間の技術水準は似通っており、文明レベルにも大きな差異は見られません。しかし、そのちょっとしたが渡航の達成時期に多少の前後を生んだのです。我々の地球の技術に於いても、渡航に関しては後一歩のところにまで――」


 天海の様に恵まれた生まれは、俺の様な「持たざる者」の目に眩しく映るが、何時見ても、あれこれと大きな問題に腐心している所には同情を抱いてしまう。

 大変そうだなぁ。

 あのモチベーションは何処から来るのだろう……偏に、彼女の『正義感』なのだろうか?

 画面内の動画は生放送ではないので、適度に要点を抑えたカット編集で質疑応答が終わり、次の段階に入っていた。

 壇上の袖から、和風情緒――というより、昔の唐風情緒(?)っぽいものを感じる華々しい彩色の軍服を身に着けた連中が三人やって来る。防御や動きやすさを意識した実践的なデザインではなく、伝統を重んじる儀仗の趣だ。

 その内の二人には“麻薬カルテルの折”に見覚えが合った。

 その一人、染めているのかいないのか、此方の常識ではちょいと奇抜な印象を受ける桜色の髪をした妙齢の女性が、気品漂う高級な所作で腰に携えた銃と刀を揺らさぬように抑えながら壇上に進み出る。

 天海には劣るが日本人にしてはかなりの長身を誇る彼女は、確か別地球αから派遣されてきた日本人使者のトップだった筈……と、記憶を辿ったのと同時に、答え合わせのテロップが画面下部に出現した。


 近衛旅団 旅団長  北條嘉守ほうじょう よみもり代将 (24)


 続けて、後ろに控える二名の男性の下にも。


 近衛旅団 副旅団長 弓削清躬ゆげ きよみ大佐 (47)

 近衛旅団 幕僚長  佐藤誠さとう まこと少佐 (32)


 そちらに気を取られていると、いつの間にか北條ほうじょう旅団長がおくゆかしく一礼していた。そして、しゃんと背筋を伸ばして、薄い唇から玉を転がすような美声を響かせた。


「我々は、ふたつの目的を以て此処にいます。ひとつは両地球間の『友好』、もうひとつは『尻拭い』です。我々の地球――此方でいうところの『別地球α』に於ける反体制勢力が――」


 ここでいう『反体制勢力』というのは例の『蕃神信仰』とやらの事だろう。

 俺は、この短期間で二度に渡り彼等と干戈かんがを交えている。鹿刎番しかばね つがいを連れ去ったネㇾクフ、麻薬カルテルに属していた山川穂高(ゲㇳシュ、本名 若田部後胤わかたべ こういん)。しかし、その目的は未だ良く分かっていない。

 “生け捕りに出来た山川”は、別に信仰に厚いとかでもなく「金に目がくらんで引き抜かれただけだ」と投げやりに協力的だったが、彼は『地球』に派遣されて来た瞬間に蕃神信仰から逃げ出したらしく、組織の目的は勿論の事、アジトの場所や人員なども知らなかった。この言葉は、千覚原さんの能力によって本当であると裏付けも取れている。

 俺は、表面上は噫にも出さずにいたが、ずっと、鹿刎番の事を喉元に引っ掛かった小骨の如く気にかけていた。偶然の邂逅とはいえ、彼女の安否に関わる情報が何ひとつ得られなかったのは、かなり気落ちした。

 しかし、それとは別に山川はひとつ重要な情報を述べてくれた。


『蕃神信仰は異能を知っている』


 ネㇾクフ、山川との死闘を介して、その能力の多様性を疑問視していた俺が(灰崎さんからの受け売り)、「それは武装励起ブソウレーキの特性なのか?」と尋ねた時、返って来た答えがそれだった。曰く、別地球αで行われた『実験』に志願する事で異能を会得した、と。その実験で、如何なる処置が施されたのかは、全身麻酔で意識を手放していた為に分からないらしい。

 と、なれば、鹿刎番を連れ去ったのも、俺と灰崎さんを襲ったのも、「人」や「子供」を狙ったのではなく「能力者ジェネレイター」を狙っての事なのだろう。MCG機関の保護下にある能力者ジェネレイターが前触れなく消息を絶ったという話は、実は今までにも、瞳さんや、食堂、購買で偶に顔を合わせる螺湾さんなどから、チラホラと聞いていた。それらも個人的な失踪とかでなく、蕃神信仰の仕業だったのかもしれない。

 とかく、惜しむらくは、山川の蕃神信仰に対する興味の薄さだろう。彼に、一片の余計な好奇心さえあれば、蕃神信仰が能力者ヒトを集めて何をしようとしているのか、その目的が知れたというのに。

 同席した別地球αの使者も、山川から情報を聞き出せれば芋蔓式にアジトを攻め込めるかもしれないと期待していた様で、非常に残念がっていた。


「彼等、反体制勢力は、最近になって現れた新興宗教団体で、その教義、主張を押し通すためならば、どんな犠牲も厭わない、極めて危険な集団です。第三次元宇宙機関を介した各国政府との協議の結果、治安維持の観点から討滅にご協力頂ける事になりました。今回、我々の不始末から皆様にご迷惑をおかけすることを心苦しく思い――」


 流れるように蕃神信仰をディスった後、長々と謝意を述べた北條ほうじょう旅団長。だが、ニュースでは音声を途中でフェードアウトさせられて、適当なナレーションと共に要点までカットされた。


「――そこで、我々から皆様にお願いしたいのは、黒衣を纏った不審人物を見かけた場合は、迷わずに通報して頂きたいのです。すぐさま、警察、第三次元宇宙機関の職員、または我々――『近衛旅団』の者が現場に伺います」


 画面下部に、蕃神信仰の外見情報と、この為に開設したという専用回線番号が記載された。誰の立案かは知らないが、どうやら、一般市民の目も借りて炙り出す作戦にでるらしい。

 その後、両地球間の友好がどうとかいう締めの挨拶に軽く触れて、ニュースの映像は終わった。

 灰崎さんが携帯と一緒に離れてゆく。


「旅団長の娘、結構カワユイな」

「……灰崎さんって、そういう趣味なんですか?」


 言いながら、視界の端に、俺の方を向いた神辺さんが小さく頷くのが見えた。

 桜色の髪。こっちの常識だと考えられない色だ。藪蛇になるかもしれないので、あまりとやかく言わないが……ジャングルの未開部族の裸みたいな、言及する方が「野暮」っていう可能性もあるだろうし……あっ、もしかして「自然界に存在しない髪色」だから好きなのかな?


「言っとくが、み、見た目じゃねぇぞ? なんか、こう――仕草に気品があるだろ?」


 彼女の気品は俺も感じていたが、どうにも桜色の印象が強くてイケナイ。しかし、そんなはっきりしない心持ちで強い否定をぶつけるのも不適当に感じたので、俺は曖昧に唸り、「確かに?」と更に曖昧に同意しておいた。

 ともかく、これでようやく漫画に集中できる……と思いきや、今度は背後で勢いよく扉が開いた。


「おはざーす」


 最初に香椎さんが、


「おはおは」

「……」


 続いて六道さんが、ぐったりとした望月さんを引きずりながらやって来た。最近は常に二人で行動している為、依然として続く、上手いこと避けられている様な巡り合わせの悪さも相まって、認識票ドッグタグの事は詳しく聞き出せていない。まぁ、気になる事は気になるが、切羽詰まっている訳でもないからそれは別に気にしていない。

 それはさておき、驚いた。思わず、右手首に巻いた時計、そして部屋にある真新しい壁掛け時計を確認するも、時刻は共に8時付近を示している。彼らの普段の出勤時刻を知っている身には、余りに珍しい事だと感じる。

 部屋に居た他の者も同様に虚を衝かれたらしく、暫く挨拶の返事はなかった。その内、灰崎さんが代表して尋ねた。


「どうした? 今日は早ぇじゃねえか」

「どうもこうもないって!」


 大きく肩を竦めた香椎さんは、パイプ椅子を体重で大いに軋ませながら言った。


「いきなり叩き起こされたんだから」

「私たちも、そう」


 叩き起こされた……? 誰にだろうかという率直な疑問は、唐突に現れた当たり前の答えによって氷解した。


「随分と暇そうだな、クズどもが」


 誰が漏らしたか、部屋にボソッと響く「天海かよ……」という呟き声。

 確かに起き抜けには見たくない顔だ。美醜や好みの問題ではなく、彼女の嫌に自信たっぷりの顔は、俺たちに取ってみれば凶兆以外の何モノでもないのだから。

 例によって例の如し、天海は小脇に抱えていた重そうな書類の束を、部屋中央の長机の上にドサッと乗せた。


「仕事を持ってきた。――が、今回はこれをすぐにやれという訳ではない。他の仕事を消化するついでにやってくれれば良い」

「……今度は何を企んでんだよ」


 嫌々ながらといった感じで、交渉部レッドチームのリーダーである灰崎さんが尋ねる。しかし、その訴えの一切は無視された。


「その説明の前に紹介を挟ませてくれ。別地球αから来た、『第三歩兵小隊』の皆様だ」


 開け放たれた入り口を塞いでいた天海の長身が退く。すると、さっきニュースで見た華々しい格好をした、むくつけき野郎どもがぞろぞろと入室してきて、部屋の端っこに整列を始めた。

 ガチャガチャと音を立てて揺れる刀と銃の群れに目がくらみ、“あまりに暇すぎて片付けた”から、以前より部屋内のスペースは広がっているとはいえ、こんな縦にも横にも幅を取る軍人然とした奴等を全員収容できるのか……? と、変な心配をしてしまう。幸いにも? 俺の懸念は杞憂に終わり、むくつけき人波は満杯ギリギリで途切れた。

 最後に、水色髪の女性と赤髪の男女が堂々と入って来る。三人は、集団の先頭に整列すると、武器に添えていた手を離し、俺たちから視線を切って軽く黙礼した。それが彼等なりの「敬礼」なのだと悟り、俺も軽く会釈した。


「小隊長のレヴィ少尉と――」

「ハーイ、私レヴィ! 魔法使イナノ、ヨロシクー!」


 天海が名前を紹介した途端、さっきまでの重々しく、物々しい雰囲気は一転した。名前と顔付きからして日本以外の血が入っていると思われるレヴィ少尉は、天海の肩を抱いてキャピキャピと笑った。

 またスゴイのが来たなぁ。

 レヴィ少尉とは対照的に、至極迷惑そうな表情の天海は、気まずい沈黙を挟んでから続ける。


「……と、その補佐役の草部仍倫くさかべ なおみち准尉、草部萌禍くさかべ もえか上級曹長だ」

「よろしくな!」

「よろしくぅ!」


 赤髪の草部兄妹も、レヴィ少尉の態度につられてか、それとも素か、軽く笑みを浮かべながら快活な感じで挨拶する。チラホラと返事が生まれたので、俺もその流れに乗って「よろしくおねがいします」と返した。

 しかし、よく見ると、和やかな気配を漂わせていても、敬礼後の彼等の手はピタリと刀に添えられている。挨拶という謂わば「式典」の最中だからなのだろうが、常在戦場の心構えをしとする感性は軍隊的で物騒に感じる。

 もうひとつ気付いたことがある。それは、二人の髪色が実に似ているという事だ。赤髪の草部兄弟ではなく、レヴィ少尉と天海の髪が、だ。肩を組んで並んでいると瓜二つの色。その色彩異常は天海の場合異能の影響だろう。《異能》の影響で髪や虹彩の色などに少しの変化が生ずる例は、MCG内でも有り触れている。しかし、彼女と草部兄弟の方は何の影響だろうかと考えていると、天海がタイミング良く答えらしきものをくれた。


「今、紹介したのは三名はいずれも『纏骸者』だ。よーく覚えておけ」


 つまり、あの髪色は『武装励起』による影響なのだろう。北條旅団長の桃色を見て、てっきり別地球αではあれが通常運転なのかと思いきや、部屋に整列しているむくつけき野郎どもは、皆、黒髪である。染めているのでないのなら、やはりそうなのだろう。

 それにしても、異能と違ってかなり顕著に出るのだな。すごい世界だ。


「ニュースは見たか? ああ、答えなくていい。これからは、一般市民からの情報も宛にする。別地球からの大々的な接触によって資金も潤い、一般人職員も増員できた。情報の精査に問題はないだろう。それで、通報は基本的に現地の手隙な警官が対応するが、どうもキナ臭い場合は貴様らか第三歩兵小隊の面々が赴く手筈となっている」


 その後、第三歩兵小隊は東京支部の九階に常駐する事、同階に宿泊する事、他の業務も変わらずに回される事、長机の上にある書類の内容はこれまで一般交渉員や情報部の連中が担当していた『一次調査』である事、重ねて、それ等はすぐにやれという訳ではなく、何かのついでにやってほしい事、といった業務連絡が長々と述べられた。


「以上だ、何か質問はあるか?」


 ふうと息を吐きた天海からは、疲労に満ちた達成感が漂う。

 というか、今日は質問を受け付けてくれるらしい。来賓の前だからか? はてさて、何を考えているのやら……部屋内の皆に目配せすると、いの一番に神辺さんが「では、私から」と応じた。


「勤務時間は前と同じなんですよね?」

「そうだ」

「なら、移動はどうするのですか? 聞く限りでは、私共でQ-地区を越えた範囲を担当するのですよね。シフトの関係で、別支部の分まで。今までは偶の出張だから間に合ってましたが、これ以上、転移系の能力者ジェネレイターに手隙など――」

「ない、な。だが、纏骸者てんがいしゃにちょうど良いのが居てな」


 最後の言葉を引き継いだ天海は、纏わりつくレヴィ少尉を割と乱暴に引き剥がして、「今、彼女は来ているか?」と尋ねた。すると、「呼ンデミル」とフランクに答えるレヴィ少尉。


二宇じうチャ~ン?」


 レヴィ少尉は、狭苦しい部屋内をキョロキョロと探す様な仕草を取った。

 その様を見て「整列しているのだから見れば分かるだろう、変人が」と、軽率にも軽んじてしまった事を俺は心中で謝罪せねばならなかった。

 対外的に合わせて部屋内を見廻しながら、ふと――瞬きをした。

 その瞬間。

 瞼のへいかい

 ほんの僅かな間隙を挟んだ視界に、彼女は忽然と立っていた。彼女の顔は、上品な黒いキャペリン帽のつばから垂れる、同じく黒の薄布で隠されているが、幾つもの衣服を複雑に重ね着した様な黒一色のワンピース越しに、女性的な体型が見て取れた為、女性だと判別できた。

 何故、こんなにも目立つ彼女を認識できなかったのだろう。目の前に立っていたのに……いや、俺には異能やら武装励起やらの知識があるのだから、答えは「その何方どちらか、ないしは両方」だと分かり切っている。だが、それでも、そう疑問視せざるを得なかった。なんと言っても、彼女は身丈に迫らんという大女なのだから。


「アア、其処ニ居タノ! 気付カナカッタワ!」


 二宇じうと呼ばれた彼女は、何が楽しいのか能天気に微笑むレヴィ少尉の耳元へ緩々と顔を近づけてゆく。そして、ボソボソっと何事かを囁いた。


「フンフン……二宇じうチャンモ『ヨロシク』ッテ!」


 レヴィ少尉による通訳が終わると、彼女はまた忽然と姿を消した。或いは、認識できなくなった。


「彼女の名は二宇じう。姓はない。彼女が常駐してくれるので、移動に関しては安心すると良い」


 天海は「他に質問は?」と問い掛け、それに誰も反応を示さなかったのを見て、挨拶を切り上げた。

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