冷やし恋文はじめました

寧々(ねね)

第1話 冷やし恋文はじめました

 葬儀場の煙突から立ち上がる煙に身を任せ、慎太は空へと舞った。

 遠目にもわかるほどの“ぽっちゃり”とした体には白装束をまとっている。


「戒名ってこんな風に貰えるんですなあ。残された人の自己満足だと思っていましたぞ」


 右手に持った細長い紙。

 そこにはずらずらと漢字ばかりが書かれている。

 空を見上げると、柔らかな光が慎太めがけて伸びてきた。


「これがお迎えってやつですか。さてさて、どんなエンジェルちゃんが迎えに来てくれるのやら」


 鼻の下をのばしきった慎太の元に光が届き




「よう、兄ちゃん。いい戒名持ってんじゃん。2文字くれよ」




 光の中から羽の生えた子供がでてきた。

 どぎついピンクの髪を肩まで伸ばし、頭には蛍光ブルーのシャンプーハットのようなものをつけている。

 褐色の肌と相まって、クラブでずんどこ踊っていそうな人種に見える。


 関わり合いになりたくないタイプだ。


 だが慎太が何か言う前に、子供は戒名の書かれた紙の上部分を引きちぎってウエストポーチに入れてしまった。


「まいどありー」


「そ、それは拙者の大切な戒名!返せ!悪霊退散!悪霊退散!」


 慎太は子供の襟首を掴んで揺さぶった。


「やめろ!アタシは恋のキューピットだ!悪霊じゃねえよ!」


「キューピットといえば、もっと愛らしく純粋な子供なはずですが……?」


「人を外見で判断すんなって教わらなかったかよ」


「ややっ、これは失敬。仰る通りでござる」


「わかったら手ぇ離せ。……よし。戒名も貰ったことだしアンタにこれやるよ」


 そう言ってキューピットが渡してきたのは、ただのマジックペンと便せんに封筒。


「今時便せんですか。時代はスマートフォンですぞ、キューピット殿」


 鼻で笑う慎太に、チッチッチ と人差し指を左右に振って


「死者ってのは現世に干渉できねーの。だから死んでるアンタは、スマホはもちろんその辺に落ちてる石にだって触れない。でも、それは天使のペンと天使のレターセット。死者用にアタシが改良したからアンタでも触れる」


「ほほう、なんとも素晴らしい代物」


「だろ。それで死者に手紙書かせて恋の橋渡しをしてやるってのが、キューピットであるアタシの仕事」


「なるほどなるほど。合点承知の助。ですが死者を相手にする恋のキューピットなんて聞いたことありませんぞ」


「そりゃあ初めてするからな。アタシだって生きてる人間相手に仕事していたかったけどさ、人気職だから人手が余り過ぎてんだ。だから今、新規開拓をしているところ」


 キューピットは更に空の瓶を取り出して


「恋が実って愛に変わった瞬間、その愛は具現化してハートの宝石が生まれるんだ。アタシはそれを集めてボスに渡す。死者相手の初仕事、真っ赤っかなハートを期待してるぜ」


「おうふ。それはなんとも責任重大」


「で、好きな相手いるだろ?誰に書くんだ?」


「それは個人情報と言いたいところですが……まあ、キューピット殿には特別にお教え致しましょう。拙者が思い募らせリコーダーの先端を交換した相手は」


「うげ。気持ち悪ぃ」


「ちゃんと一年後に元に戻しましたので問題ありません」


 慎太は咳払いしてキューピットの茶々入れを流し、拳を強く握りしめて



「隣のクラスの森田さん!彼女です!肉体はすっかり冷たくなり遂には灰となってしまいましたが、この恋心は燃え尽きることがありません!彼女のせいで眠れぬ夜を何度越えたことか」


 キューピットは興味なさそうに耳の穴をほじりながら


「へーすごーい。じゃ、早く書いて」


「慌てるない!た、頼まれんでも書いてやるわっ」


 一生森田さんに想いを伝えられないと思っていた。

 それでいいと思っていた。

 けれど、恋のキューピットが目の前に降りてきたのだ。

 これは運命に違いない。


 慎太は天使のペンを握りしめ、手紙に想いを書き連ねた。



●  ●  ●



 数時間かけて書いた手紙を握りしめ、慎太は学校の教室に来ていた。

 もちろん森田さんのクラスの教室だ。

 今は家庭科の授業のため生徒は家庭科室に行っており、教室には誰もいない。


「手紙を書いたはいいですが、いったいどうやって森田さんに渡そうというのかね?」


「その子の机に手紙を入れるんだ。生者にアンタの姿は見えないけど、この手紙は見えるから」


「では今我々を見た人物がいたら、その人からは手紙だけが浮いているように見えるんですかな」


「そういうこと。そんなので騒ぎになったらアタシが怒られるからな。人がいなくなるまで待ってたってわけ」


 森田さんの座席が分からないので、慎太とキューピットは手分けして探し始める。

 すると、廊下から給食のいい匂いがしてきた。


「むっ。これはハンバーグ」


 教室の壁に張られた献立を見と


「やはり!拙者の鼻に狂いはなかった。ハンバーグ、ああ、名前を口にするだけで腹が鳴りますぞ」


「ハンバーグ好きなんだ?」


「よくぞ聞いてくれました。そう、拙者ハンバーグには目がなくて。特に母上が作るハンバーグが大の好物でしてな。最近は口をきくのも煩わしくなってしまいましたが、ハンバーグが晩ご飯に出た時は母上の子供で良かったと心から思うのです。……ってコラ、マザコンではありませんぞ!」


 ハナから興味がなかったのだろう。

 キューピットは特に返事をすることもなく


「あった、ここだ!机の中に手紙入れて」


 一つの机を指さした。

 言われるままに、慎太は手紙を入れる。


「あとは帰って来るのを待つだけだ。期待してるぜ」


 慎太の肩を叩き、キューピットは笑った。


●  ●  ●



 数十分経ち、生徒がパラパラと教室に戻って来た。

 森田さんも友人と共に帰って来る。

 自分の席に座り、次の授業の準備をするために机の引き出しを覗き込んだ森田さん。

 と、


「ん?なにこれ」


 引き出しの中から封筒を取り出した。

 中から手紙を出して読み始める。

 そんな彼女の真横で、期待に満ち溢れた表情でスタンバイする慎太とキューピット。


「いやあ。緊張しますなあ。届け、拙者の想い!なんつって」


「死んだ男が最後に残す恋文なんて感動モンだろ。これはでかいハートがでるぞ」


 だが



「きゃあああああああああ!」



 森田さんは絶叫して手紙を放り捨てた。


「どうしたの?」


 駆け寄った友人にしがみつく森田さん。

 その体は震えていた。


「誰!こんな悪戯したの!」


「落ち着いて、ただの手紙じゃない」


 友人は手紙を拾い上げて目を通し


「ラブレターじゃん。古いなあ。…………“慎太より”?慎太って隣のクラスにいた慎太君しかいないよね?」


「先週亡くなった人だよ。そんな人の名前使ってラブレター書くなんてどうかしてるんじゃないの!先生に言いつけるから!」


 ざわつく生徒。

 慎太の顔はみるみる青ざめていった。


「キューピット殿。もしやマズい状況なのでは」


「……ごめん」


 けれどキューピットが謝罪したところで騒動が収まるはずもなく。

 それどころか、事態を重く受け止めた教師が学年集会にまで発展させた。


 放課後、体育館に集められた全校生徒を天井付近から見下ろして



「……マジでごめん」


「拙者の愛の結晶が、よもや先生方に読みまわされるとは!もうお嫁にいけませんぞ!どう責任を取るつもりだ貴様は!」


「悪かったって。今度は森田さん家に行って直接渡そうぜ。まだ便せん残ってんだろ?もう一回書けばいいじゃん」



 “森田さん家”



 その言葉に慎太の眉がピクリと動き


「拙者の恥は消えぬままですが……彼女の家にお邪魔するなんて最早結婚の挨拶じゃないですか。ムホホ。それで良しとしましょうぞ」


 鼻の下はだらしなく下がった。

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