灰に真珠

水沢 士道

――――

『自身の好きなところはありますか?』



 診断書を見ていた。

 履歴書を見ていた。

 面接官を見ていた。

 お見合い相手を見ていた。


 誰かを、見ていた。


 何時も誰かの顔を伺っていた。

 其処に何かが、まるでこの世界の真実が存在しているかのように、顔色ばかりを伺って生きてきた。

 赤色は怒り、青色は悲しみ、藍色は哀しくて、黒色は復讐の色。

 白色は無感動で、ひまわりのような黄色は、おそらくきっと幸せの色。


 どんな色でも個性があった。

 赤色の中に青色が混じる人もいたし、黒色の中に白が混ざる人も居た。パンダだって、実は復讐に燃えていたのかもしれない。


 鏡を見た。私自身の瞳をじぃと凝視してみた。

 灰色だった。

 

 其処には、何もなかった。


 なにかがあるはずだと期待した。

 赤でも、青でも、黄色でも、何か一つくらいは色があると思っていた。


 けれども其処には灰色しか無い。

 赤も青も黄色も、黒も白も――――全ての色が燃えたあとに残る色。


 最後の色。

 終わりの色。

 捨てられてしまう色。

 廃色。


 笑ってみた。

 今までで一番幸せだった頃の思い出を思い出しながら、一番の、飛び切りの笑顔で笑ってみた。


 ひまわりは咲かない。


 怒ってみた。

 ムカつくあいつの顔を思い出しながら、あの時あの場所で私を裏切ったアイツの顔を浮かべてみた。


 赤色には程遠い。


 泣いてみた。

 祖父母が死んだときのことを思い浮かべてみた。ほんの少しだけ青色がでてきたように思えた。


 涙は出なかった。


 感情をなくしてみた。

 何も考えず、何も思わない。頭の中を真っ白にしてみた。


 灰の色が、強くなる。


 殺意を浮かべてみた。

 復讐の色、殺意の色。何者かに危害を加えてやろうと、破滅させてやろうと笑みを浮かべてみた。


 更に強い、灰の色。



 変わらない。

 変わってはくれない。


 些細な変化はある。

 日常の中に存在する不確定性のように、ドアを開けたときに踏み出す足が、階段を降りるときに踏み出す足が一定ではないように、ほんの僅かなズレはある。


 けれども、果たしてそれを決定的な違いと言えるだろうか? 

 自身を自身たらしめるという自己を規定する要素として、それを認められるだろうか?


 私は、認めたくない。

認められない。


 笑みが溢れる。

 灰の色。全てを色濃く飲み込んでしまう、終わりの色。


 重ねて

 疂ねて

 襲ねてしまえ。


 赤色が波を打つ。頬に青色が流れ落ちた。黒色は頬にへばりつき、白色の瞳が灰色を映す。


 瞳の中に映る世界は、こんなにも輝いているのに


 鏡の中に映る私は、どうして――――泣いているのだろう。

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灰に真珠 水沢 士道 @sido_mizusawa

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