ELECTRICSUMMER

凡野悟

1

 暑いし日差しが強すぎる。3、4時間目のプールサイドは日光に刺殺されるタイプの地獄と化していた。今日はセミも鳴くのをやめて日陰で休むような真夏日なのに、こういう日に限って僕は水着を忘れたりする。昨日の夜きっちりとスポーツドリンクのロゴの描かれた袋にタオルやゴーグルと一緒に水着を入れたうえで忘れた。もっというと玄関で靴を履くまで手に持ってた。実に愚かだ。

 同級生がプールの水がぬるいだのと騒いで、先生に水をかけようとして思いの外本気で怒られている。バカめ、はしゃぐな。

 別のところでは水面から足が生えてきた。お前ら犬神家見たことあるのか。僕はないけど。息が切れて顔を出したスケキヨが先生に怒られている。はしゃぐな。

 手前のレーンは女子しかいないから比較的静かだ。髪を帽子に入れて額をだしてる女子はいつもよりおとなしく見える。太陽にさらされて鉄板焼きみたいになったプールサイドを、つま先で早歩きしているとスキップの下手くそな小学生の様だ。 


 普段ならなんやかんやで三人くらいは見学している女子だが、今日の見学は一人だけだった。見学用のベンチに女子と二人きりなのは僕としては若干気まずい。向こうは気にせず大声を出して、泳いでる女子に話しかけたりしてるけど。

 今僕の隣に座っているのは金髪のギャルの名前は早坂光はやさかひかる。バカで運動はできないが明るい人気者、いわゆる陽キャと呼ばれる方だ。スクールカーストトップランカーな一方、変な面もある。なぜか一年中首を隠している。今日もアホほど暑いのに手ぬぐいを首に巻いてる。白地にアホヅラの犬がたくさん描かれたゆるい雰囲気の手ぬぐい。僕は絶対に使いたくないけど、早坂の首に巻かれたそれはおしゃれな説得力があるようなないような気がした。不思議と似合っている。

 首を隠している理由について男子はゲスな予想を立てずにはいられないらしい。首がキスマークだらけだからとか、彼氏にもらった首輪が下に巻かれているとかいろいろい好き勝手言われている。


 半分休み時間みたいな雰囲気で散らかってたプールから生徒たちが次々と出てきた。タイム測定をするらしい。キャッキャはしゃぐ声が聞こえないだけでずいぶん静かになって、ぬるい風の音がさっきよりよく聞こえてくる。


 さっきまで話してた女子がタイムをはかりに行って退屈になった早坂は僕の顔を覗いてきて、暑いな。と話しかけてきた。僕はそうだねと笑って返した。明るい人に話しかけられると、ビビる。会話に正解なんてないとは知っているけど、それでも満点の正解を探して慌ててしまう。僕の言葉に何か不備を見つけられてしまうのではないか、英検の面接と同じくらい緊張する。この喩えでは大したことない感じが出てしまうけど、とにかくテンパる。石を突然ひっくり返されたダンゴムシみたいな気分だ。助けて〜。

 僕の自意識の声が聞こえない彼女は話を続ける。

「凡野くんっていつもイヤホンしてるよな。何聞いてるん?」

 いつもイヤホンをつけててもいいだろ、別に。くそっ。僕か何を聞いているか?、これに対する答えは決まっている。いつか聞かれたときのために入学前から最適解を用意しておいたのさ。一年以上立った今初めて活用することになるとは。

「あ、アジカン…あ、ASIAN KUNG-FU GENERATION。あのナルトのオープニングとかの」

 ホントはNUMBER GIRLを聞いてるけど、ここはアジカンが正解だ。

「知ってる!羽ばたいたら〜みたいなやつやろ」

 それはいきものがかり。ぜんぜんちがう。でも否定するのがこわいのでああ、うんと笑っておいた。僕は中学で怖い先輩に目をつけられたときに愛想笑いを覚えたのだ。アハハ。


 「ずーっとイヤホンしてて疲れない?耳が痛くなりそう。」

 「うぁん。まあ、うん。」

 「うちイヤホン苦手やねん。」

 「そうなんだ。」

 「うん。あ、見て。うちの手生命線クソ長いんよ。」 

 この陽キャ、めちゃくちゃ話しかけてくるな。沈黙が苦手なタイプか?僕なんかと話すより好きなおにぎりの具のことでも考えるほうがいいだろうに。

 「結構長いね。」

 「長いっしょ。凡野くん短そう〜。」

 早坂は本当にキャハハと声を出して笑う。口を豪快に開けて清々しい感じもする。僕も彼女に合わせてタハハと笑う。


 「早坂さんはいつも首になんか巻いてるよね。暑くないの?」

 聞いたったぞ。やっちまった。終わった。スクールカーストトップ、クラスのバラモンにプライベートな質問しちゃった。どうしようキスマークだったら。首輪のほうが気まずいか。どうしよう。高校生活が終わりました。。ボコボコにされて財布も取られる。


 そんな僕の心配と裏腹に彼女はなんの抵抗もなく、さらっと手ぬぐいを手でどかした。ただネクタイを少しだけ緩めるような、お婆ちゃんの家のキッチンにぶら下がってる紐をどかすような手付きで首の布をめくった。

 「これ隠しててん。うちのアナル、ここやねん。」

 邪魔なカーテンがどけられ顕になった彼女の喉には肛門があった。喉の下の方、鎖骨の真ん中あたり、彼女の指が指している先にある黒い点はどう見ても肛門だ。僕は何も言えなかった。タイム測定で本気を出した水泳部のクロールの音だけが聞こえてきた。

 

 彼女の作った静けさを破るったのもまた彼女だ。やっぱ沈黙が苦手なタイプだ。

「みんといて!」

 自分から肛門を見せておいて彼女は叫んだ。これじゃ僕が覗きでもしたみたいじゃないか。バカで明るい割に白く小さい手のひらを僕に向けて。無駄に長い生命線から飛び出てきた青いイナズマが僕を攻める。

 彼女の放った電撃は僕の意識を吹き飛ばしてしまった。


 彼女は電気ウナギとのハーフ。電気ウナギギャルなのだ。


 魚とのハーフなんて別に珍しくもないし、早坂の見た目は普通の人間と変わらないので誰も気にしていなかったが、早坂の父親は電気ウナギだった。ハーフということは当然ながら電撃を放てるということである。


 その後先生が泡を吹いて倒れた僕を保健室に運んでくれた。体育教師もこういうときは頼りなるよな。早坂にめちゃくちゃ謝られたし、早坂はめちゃ怒られてたけど、エアコンの効いたところで寝られたから気にしないで、と言っておいた。

早坂は「凡野は優しいな」

 と言いながら小さくキャハと笑った。めちゃくちゃ可愛いと思った。

 し、痺れた〜。


 

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