闘いの果てに俺は捨てた

蒼朱紫翠

第1話

 この裏切り者めっ!!

 よくも……よくも副団長を殺したなっ!!

 自分が何をしたのか分かっているのかっ!!?

 貴様を…!貴様を必ず殺してやるっ!!!

 地の果てまでも追いかけてやるからな!!!!





「――随分と嫌な思い出を夢見たものだな。自分が思っているよりも、心に傷跡を残しているようだ」


 服が寝汗がぐっしょりだな。川で洗うか……



 メシは食った。

 物は片付けた。

 よし、行くか。



 変わらないのどかな風景。あの頃には想像もできなかった光景だな。

 鳥が鳴き、うさぎは跳びはね、色鮮やかな花々が風に揺れる。

 時々漂う花の香り。川のせせらぎ。鳥の歌声。そのどれもが心地良い。

 闘い続けて疲れ果てたこの体には、そのどれもが癒しとなってくれる。

 平和――これがそうなのだろう。知らず、俺の闘いが与えたモノ。



「――なあ、おっさん。何してんだ?」

「おっさんとは失礼な。君こそ誰だ?」

「俺はベン! 旅しながら魔物退治をしてんだっ!」


 随分とまあ元気な。少し前なら決して見られなかった光景だな。

 あと、不用意に見知らぬ相手に近付いてくるとは、旅の常識というものを備えていないな?


「そうか。それは立派な事だ」

「そうだろうっ!?おっさんは見る目あるな! ……って、眼帯してるってことは目が見えないのか?大丈夫か?」

「もう慣れたものだ。それに、全く見えないというわけではない。それで、君はどうしてここに?」

「ん?俺か?俺はおっさんが一人だったからだよ!」


 一人でいると男女関係なく手助けしようとするのか。

 お人好しと言うべきか、危機感が無いというべきか。


「残念ながら、俺は何も困っていない」

「そっか……ん?おっさんも魔物退治をしてんのか?」

「まあ、そんなものだ。それで、いつまでここにいるつもりだ?魔物退治をするんだろう。先を急いだ方がいいんじゃないか?」

「別に急いでるわけじゃないし……あっ! ここで会ったのも何かの縁だし、一緒に街まで行かない?」


 ……これはあれだな。


「構わないが、まさか、道が分からない、なんてことはないよな?」

「え?……いやぁ~地図失くして迷ってたんだよね」


 図星なのか。一人旅で地図を失くすのは致命的だぞ。

 昔とんでもない方向音痴の少年と会ったが、アレと同程度の甘さだな。


「まあ、一緒に行くのは構わんが、遅れても知らんからな?」

「へんっ! これでも足には自信があるんだ。おっさんこそ、置いてかれても知らねえからな?」

「俺を置いて行くと道案内がいなくなるぞ?」

「え?…………お、遅れるなよ!?」


 子供というのはなんとも面白い生き物だ。

 俺の時は――


「ん?なんか煙が立ち昇ってない?」

「……マズいな。急ぐぞ」

「え?あっ! ちょっと待てよ、おっさん!! ああ、もうっ!!」


 生活で出る煙ならば黒くはならない。

 つまり――


「やはりか。ベン、お前はここらを見回れ。魔物がいるはずだ」

「なんだって!?」

「お望みの人助けの時間だ。俺は奥に行く。任せたぞ」

「あっ、おい!! ……やるしかないか!」


 魔物の足跡。しかもこれはゴブリンとオークのモノ。

 オークがゴブリンの群れを率いて襲撃してきたといったところだな。

 この程度、アレらに比べれば雑魚同然。

 さっさとボスを倒してしまうか。



――――――


「よし。これでここらは片付いたよな。……おっさんの手助けに行くか」


「おーい! おっさ――す、すげぇ……って、見惚れてる場合じゃねえ。周りの雑魚は俺が倒さないと」


 ベンが来たということは、周囲の雑魚は蹴散らしたと考えてよさそうだな。

 なら、終わらせるとしよう。



「――すまんな。助かった」

「いや、俺じゃああんなのとはやり合えなかった。おっさんがいて良かったよ」

「適材適所だ。大物を相手していて周りの雑魚を放置していたからな。お前が倒してくれて助かった」


 ふむ……服には血のりと多少の土埃だけ。まったくの初心者というわけではなさそうだ。


「あの……この度は助かりました。この町は旅人もなかなか立ち寄らない場所ゆえ、貴方がたがいなかったらどうなっていたことか……」

「気にしないでくれ! 困ってる人を助けるのは当然だからな!!」

「俺はただの旅人だ。一緒にするな」

「なんだよー。アンタも魔物退治したんだから一緒だろ?」


 確かに人の事は言えんが、こいつに言われると少しイラっとくるな。


「町はこの通り被害が大きく、金銭は払えません……」

「そんなのいいって! 金欲しくて魔物退治してるわけじゃねえから、気にしなくていいよ」

「生きるうえではお金は大事だがな」

「おっさん、まさか……」

「少し時間をください。金品を掻き集めて参りますので――」

「いや、お金に困っていない。今必要なのは食料だ。二、三日分用意してくれるだけでいい。一応二人分を」

「わ、分かりました。すぐに町の者に声を掛けて参ります…!」


 悲壮感が漂っていたが、おそらく村長か。

 金品ではないとわかると元気になるとは、現金な奴だ。

 ん…?


「なんだ。おっさんも良い人じゃんか」

「食料が不足していたのは事実。金よりもそちらの方が重要だっただけだ」

「ふ~ん……まあ、いいけどさ」


 訳知り顔でニヤニヤされると無性に腹が立つな。部下や仲間だったら問答無用で殴っていた。



 もう戻って来たか。だいぶ早いな。もうしばらくかかると思っていたが、食料品は簡単に集められたみたいだ。


「これが集めた食料です。これだけしかありませんが……」

「いや、十分だ。これだけあれば数日はもつ。大変な時だがすまないな」

「いいえ、助けられたのは我々の方です。本当に……本当にありがとうございました!!」




 村長に見送られながら村を離れると、戦った後にもかかわらず無駄に元気なベンが前を歩き始めた。鼻歌まで歌い始める始末。


「はぁ~、 人助けすると気分が良いなっ!!」

「……なぜ魔物退治をしようと思ったんだ?」

「ん?あ~、そういうのよく聞かれるけど、理由は単純なんだ。ここ最近、『勇者』ってヤツが活躍してるだろ?魔王を倒して人々に希望を与えて。俺もそんな存在になりたいって思ってさ。な、単純だろ?」


 『勇者』か……。たしか仲間と共に『魔王』を討伐した英雄だったか。

 『魔王』が討伐されたことで人々に再び希望を与えた存在。

 俺とは正反対の存在だな。


「そうか……だが、『魔王』を討つにはまだまだ実力が足りないだろうな」

「あ、あと二年……いや、三年もすれば倒せるようになるさ!! ……たぶん」

「はっはっは!」

「な、なんだよっ!」

「ベンは面白いな」

「なんでだよっ!!」

「自ら死地に飛び込むのは愚者のすることだ。それに、既に『魔王』は倒されている。これからも人助けを目的に旅をしている方が似合っているぞ」


 『魔王』は死んだ。

 だが、その幹部はいまだ世界に散って再集結の機会を待っていると聞く。

 奴らに生半可な実力で挑んでも返り討ちに遭うだけだ。


「……やっぱり子供っぽいか?」

「いや、子供っぽいんじゃない。俺からすれば、死が限りになく近い場所に自ら飛び込む事が愚かだと言っているんだ。そこに飛び込む意味を理解し、それでも飛び込む覚悟を決めたなら、俺は止めない」

「おっさんは……なんか俺の村に来たジジイに雰囲気が似てる。歴戦って言うのか?戦うことに慣れてて、人に何か言われてもブレないっていうか……」


 ブレない……か。


「そうだな。それなりに長く戦っている。だからこそ、俺は未来ある子供がみすみす死に近づくのを見過ごすことはできない」

「……そうだな。まずは世界を見てみるべきだよな!」


 ここまで言っても諦めないとは。筋金入りの愚か者のようだ。

 だが、嫌いじゃない。


「ふっ……まあ、そういうのは子供の特権か」

「なんか言ったか?」

「いや、なんでもない。この先の大きな街に闘技場がある。行ってみるか?」

「とうぎじょう?」

「要は、人間同士が自分の力を示すために戦う場所だ。様々な人間が様々な理由で戦う。一度見てみるのも経験だ。どうする?」

「それに俺が出るのか!?」


 ……こいつ、基本的に自分にとって都合のいい部分しか人の話を聞かないな?


「いや、俺が出る。お前は観戦だ」

「え~!!」

「闘技場は危険だ。たとえ子供でも容赦なく殺そうとする者達ばかりだ。ベンにはまだ早い。今回は俺の試合を見て、学べ」

「わかった。ただし、あっさりと負けるなよ?」

「言ってくれるな。まあ、見ておけ。お前がまだ知らない世界を知ることになるだろう」


 ここまでくると、いつか大成しそうだな。

 花開くのは十年は先だろうが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る