第3話約束
思わず呆然としてしまった。
吸い込まれるような美しく長い
可憐な微笑みだった。
重い病気にかかっているとはとても感じさせないような笑みをしていた。
「・・・・あっ、俺のことわかるの?」
一瞬きょとんとしてから、吹き出すようにして葵が笑いだす。
「わかるに決まってるよ。一年の途中までは学校行ってたし、その時も同じクラスだったじゃん。」
「いや、そりゃそうだけど。」
俺には高校でろくに話したことのないクラスメートの顔、名前を一年ちょっと見もしないのに分かる自信は俺にはない。単に俺の記憶力がないだけだろうか。
「えっと、たっ、体調!体調はどうなの?一応よくなってきてるって聞いたけど?」
実際は良くなっていると他の生徒が話しているのが耳に入っただけだが。
「うん、だいぶ良くなったよ。近いうちにまた学校にも少しずつ登校できるようになると思う。」
「そっか、そりゃよかったよ。クラスの女子も待ってると思う。いまだに葵の話してるの聞こえてくるぞ。」
人望が厚いのだろう。今思えば、葵が高校に登校出来ていたころに葵を見かけると、いつも周りに人がいた気がする。
「えー、ほんとにー?嫌だなー。」
口ではそう言いながらも、笑顔でそう言っている。心ではやはりうれしいのだろう。
さて、問題はこのあたりからだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「えっと・・・・・・あはは・・・・・・」
「あ、あはは・・・」
はい、目に見えてました。こうなることは!!
なに、何について話せばいいのこういうときって!?
澄玲さん、助けてーー!!!俺に話題をくれーーーー!!!!
心の中で叫ぶ。と、願いが通じたのか、後ろにドアがガチャっと開く。
「あら、そんな入り口に立ってないで、座って座って!お菓子持ってきたから食べて食べて!」
「ありがとうございます。それじゃあ、失礼します。」
あーマジでありがてぇ・・・神様かよ。
「あ、私全然気が回らなかったね。ごめんね。」
「いやいや、気にしないで大丈夫だよ。」
「いやー懐かしいわね、二人とも大きくなって。昔は深月なんて陸翔君にべったりでー」
「お母さん、何言ってるの!?」
うおっビビった。急にでかい声出したな。
「本当のことじゃない。あの年の女の子はみんなお父さんと結婚する!なんていうのに深月ったら、大きくなったらりっくんのお嫁さんになる!なんて顔真っ赤にしていうから、お父さん、一回泣きかけたことあったわよ。」
笑いながら話している。お父さん不憫すぎるだろ。ていうか俺昔『りっくん』て呼ばれてたっけか。
「いった覚えないし、もし言ってたとしても、本人がいる前で言うことじゃないでしょ!!」
「その時みたいに顔真っ赤にしてかわいいんだからー」
確かに頬が朱色に染まっていた。
「わかったから出て行って!お菓子のお皿とかまた持っていくから!!」
「はいはい、じゃあ陸翔君、ごゆっくりー」
手をひらひらさせながら
「体調大丈夫か?」
あれ、なんかこの部屋は言ってから体の具合しか尋ねてない気がする。
「うん、大丈夫、うるさくしてごめんね。」
少し息を切らしながら言ってくる。
「大丈夫だよ、騒がしいの結構好きだし。」
一人でいるのも好きだが。
「昔よく一緒に遊んでたな。覚えてる?」
話題を得たので、話しかけてみる。
「もちろん覚えてるよ。なにをするにもワクワクして、何をしても笑顔だったよね。」
「ああ、あの時は何も考えずにいられて楽しかったなー。」
朧げな記憶を手繰り寄せて断片的な記憶を繋げていく。
そんな記憶の中で突出して思い出すことがあった。
「そういえば。」
「今も空は好きなの?」
葵は小さいころ、空が好きだといつも言っていた。いつからかは覚えていないが、一緒に遊んでいたころは、暇さえあれば上を見て目を輝かせていた。
その質問を聞いて葵は目を伏せ、少ししてから目を開けて話しだす。
「うん、まあやっぱり好きかな。最近は見ることも少なくなっちゃったけどね。」
少しばかりの苦笑とともに、窓から見えるすでに暗くなった景色に顔を向ける。
「陸翔君が連れて行ってくれた、タワーに行ったときにはじめてきれいだって思ったんだよ。」
タワーとは、俺たちの住んでいる町にある小さな山の上に立っているタワーである。俺たちの住む町は海に面しているので、タワーに登れば、東京湾が一望できるうえ、夏の花火大会では、花火も見ることができる。
「そうなのか。俺と会う前から好きだと思ってたよ。」
「あの時までは空なんて意識したこともなかったと思う。」
窓の外を見ながら葵が答える。
「また行きたいなー。」
「症状も軽くなってるんなら、登校出来るようになったら行って来たら?」
タワーはこの家からそう遠くない。せいぜい徒歩10分くらいだろうか。
・・・さすがに「俺と一緒に行こうよ!」、なんて言える勇気なんてない。もしも誘って断られでもしたら、家に帰って普通にかなり落ち込むだろうし。
「じゃあ、登校出来るようになったら、陸翔君も一緒に行こうよ!」
「いや、別にいいけど。俺行ってもいいのか?」
「なんで?」
「いや、そっちが気にしないならいいんだけど。」
付き合ってる、とか思われて周囲に勘違いされてもいいの?とは聞けない。絶対気まずい雰囲気になる。
因みに俺は気にする。変に周囲に勘違いされてたら、こっちまでそんな気分になってしまう
彼女いない歴=年齢の悲しい運命である。
まあ、そんなことを言ったらより一層引かれてしまうので、表面には出さない。
「決まりね!私が登校できるようになったら、一緒にタワーに行く!!」
「わかった。だからって、無理して学校来たりすんのはだめだぞ?」
「その辺のことは私が一番わかってるよー。」
自慢でもするように胸を張ってこたえる。
そりゃそうだ。当人なんだから、他人がとやかく言う必要もないだろう。
そうして、俺たちは約束を交わす。
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