心より愛を込めて

春野梓桜

はじめまして

 ふとたまに私は大きな恐怖に襲われる。友達とカフェでケーキ食べてるときとか、寝る前に妄想に耽るときとか、黄色い線の内側に立っているときにふと

「ああ怖いな」って楽しいはずなのに怖くなってくる。楽しいはずなのにドロリと注がれる不の感情に嫌になりつつ背中を合わせて生きている。

 今日は表彰式だった。私の描いた絵が大賞に選ばれたお祝い。上から降る紙吹雪が私の長い黒髪を白髪に染め、フラッシュが私の目を潰す。

「おめでとう」「おめでとう」拍手の中に聞こえる称賛を純粋に受け取れない自分の皮肉な性格に嫌になる。

「まだ17歳なのにすごいですね」

17歳。子供。だからすごい。私が大人になったらきっとこの賞もあたりまえになって称賛がありきたりになってしまう。ありきたりまであと三年。

「ああ怖いな。大人になりたくないな」とつぶやいて朝の熱くて苦いコーヒーにたっぷりの甘いミルクを混ぜる。どうだこれでかなうまい。私はまだ子供でいたいんだ。まだ珈琲には砂糖とミルクは欠かせないし、大好きなママが作ってくれるアップルパイの中に入ってる大嫌いなシナモンを嫌な顔しながら食べるんだ。大人にはそんなことできないでしょう?シナモンを珈琲で流して私は今日も学校へ行く。

 私は少し変わってる子だと言われる。変人って言われるけれどよくわからない。白い線の上を両手広げて歩いて道に咲いてる花に話しかける。ママは自分が作ったレールを歩いて色んな人と話して見聞を広めろって私の行動を皮肉交じりに怒ってくるの。パパなんてママの尻にひかれてるから「そうだぞ」しか言わない。クルミ割り人形より陳腐で不細工なパパに似なくてよかった。早くパパの呪いが解けますように。私は私なのになんでかなって花に聞いてみる。もちろん答えなんて返ってこないけれど。

 黄色い線の内側に立って電車を待っているときに

「大人ってなんだろう」

と考えてみた。私はまだ子供だ。もう大人だと周りはいうけれど私の胸になびく赤いリボンは私がまだ子供である象徴で絶対揺るがない証拠なのだ。この赤いリボンは風になびき、感情の揺れるままにゆれ、周りの心理にすぐなびく。

「大人っていいよね、はやく大人になりたい」とひらひらとなびく友達に合わせてなびく。そうだねと調子よくテンポを合わせてリズムよく。大人になってしまったら私の意味はなくなってしまうから20歳の誕生日の日までに死んでしまおう。もしくは今。そう思い黄色い線の内側に足を伸ばした。

 ゾワリと背中に死神がやってきた。私は怖くて足を引っ込めた。ああ、まだ子供だな。セミが生きようと必死に鳴いている。私の命がもし七日だったらきっとそんなことしない。もっと有効活用する。例えば美味しいものいっぱい食べて書きたいものをひたすら書いてそして死ぬ。誰だよ大人が18歳からなんて決めたやつ。普段テレビを見ない私は同じ赤いリボンを胸に飾った女の子から聞いたのだ。さっと血の気が引いた。17歳の私はもうすぐ大人になることに悔しさを隠せなかった。大人になれる嬉しさに揺れているリボンを見た後からの学校の記憶は曖昧だった。思いだせるのは異様に収まらない吐き気と焦り、そしてママ特製の甘い卵焼きの味がいつもよりしょっぱく感じたことくらい。気づけばオレンジ色の空の下私は朝話した花の前に寝ころんでいた。

「春が近づくと胸が苦しくなるのはなんでだろう」

「お日様の匂いに懐かしく感じるのはなんでかな」

「涙が止まらいのはなんでかな」

この質問に答えなんてないから返事が返ってこなくても変わらない。人間にだって大人にだってわかるまい。心が大人になりきれないまま体だけ大きくなって大人になっていく。儀式して「おめでとう」って言われて無理矢理大人にされるのは勘弁してほしい。大人子供なんてめっそうもない。私は子供のままでいたい。子供は自由だから。空だって海だって飛んでいける。なんにでも形を変え、染まることができる。自由で幸せな生き物。夢を見ることは子供だけが許される専売特許である。なのに私はもう…。そういや最近胸のリボンが小さく見えてきた。大人になるまであと0年。

 暑い珈琲を置き去りにして、アップルパイにフォークを刺したまま家を飛び出す。電柱に子供の象徴を括り付けて、ママが入れてくれた水筒のお茶を飲み干す。私の胸にはもう子供である象徴はない。つける権利がない。ああ、早かったな。今ならもう怖くはない。両足揃えて両手広げて空を飛ぶ。

 「18歳の誕生日おめでとう」

子供の私はもういない。大人の私ももういない。

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心より愛を込めて 春野梓桜 @Shironiwa_Rui

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