もしもゲートボールが小学生の間で大流行していたら

michymugicha

第1話

 今、小学生の間で大流行しているスポーツがある。そう、ゲートボールである。


 小学生向けのマンガ雑誌をパラパラとめくってみてほしい。ゲートボール特集が、毎月のように紙面を賑わせているはずである。ゲートボールを題材にした漫画が3本程度同時に連載されているのも、もはやお馴染みの光景となった。また、ゲートボール名人「DJゲボ」は小学生の憧れの的になっており、マンガ雑誌のみならず様々なメディアに登場している。小学生の社会は、いまやゲートボールを中心に回っているといっても過言ではないのだ。


 とはいえ、小学生のお子さんがいない読者諸君は、実感が持ちにくいかもしれない。しかし、いずれ人の親になるのであれば、今のうちに小学生の実態を知っておいたほうがよい。そこでこの文章では、とある小学生「ハジメ」の一日を観察することとする。この観察を通して、諸君の小学生に関する理解を深めることができれば、本懐である。



「さあ、今日はゲートボール・ジュニア・ワールドカップについての特集だァ!!」


 威勢のいい声が、テレビから流れている。朝の子ども向け情報番組、「モニスタ(モーニング・スタジアム)」である。かつてモニスタは、曜日ごとに違う話題を特集していた。しかし今や、どの曜日の内容も八割方ゲートボールで占められているのだ。これにより、視聴率は倍増。その日のモニスタを見ていなければ、小学校で話題に乗ることができず、グループからの爪はじきに遭うほどなのだ。したがって全国の小学生は必死にモニスタを観る。ノートに熱心にメモを取る小学生の姿も、もはや珍しいものではなくなった。


「ハジメ、食べる手が止まってるよ」


 母親に注意され、小学4年生のハジメは、食パンを口に詰め込んだ。忠告を無視してテレビを見続けるよりも、さっさと従ってしまったほうが小言を言われず、結果としてモニスタに集中できるのである。


「いってきまーす!」


 食事を終え、モニスタを観終わったハジメは、小学校へと出かけていく。背中にランドセル、片手にゲートボールのスティック。これが今どきの小学生の姿である。学校の休み時間の遊びも、家に帰ってきてからの遊びも、ゲートボールに勝るものはない。このため、スティックは毎日学校に持っていき、そして毎日持ち帰らなければならないのだ。


 信号待ちの間も、ハジメはスティックを素振りしながらイメージトレーニングを行う。今どきの小学生は、わずかな隙間時間でもゲートボールのイメージトレーニングを欠かさず、実力の向上を図っているのだ。スティックを握ってうつむいている小学生の姿は、今では街のどこでも見かけることができる。


 そんなハジメの肩を、何者かがポンとたたいた。イメージトレーニングを邪魔され、ハジメは心中穏やかではなかったが、その人物の姿を見てハジメは身震いした。


「ま、マサトシさん……!」


 彼はマサトシ。ハジメと同じ小学校に通う3年生だ。しかしただの小学3年生ではない。マサトシは、ハジメの小学校で最もゲートボールがうまかったのだ。今どきの小学生は、ゲートボールの巧拙で序列が決まる。すなわち、マサトシは学校で最高の地位にあるというわけである。


 マサトシはおまけにルックスもよく、女子児童からの人気はすさまじかった。マサトシが休み時間ゲートボールに参加し、しめやかに「カン……」とボールを打つと、教室の窓から眺めていた女子たちが、黄色い歓声をあげるのがお決まりだ。


 ハジメは普段、同学年の相手は呼び捨てにする。学年が1つ下の場合は言うまでもない。しかしマサトシ相手のときだけは、なんとなく敬語で話さなければならないという衝動に駆られるのであった。


「うしろから見てたんだけど、ハジメはフォームがきれいだよね」


「あ、ありがとうございます」


「がんばってね。きたいしてるよ」


「マサトシさんも、がんばってください」


「そうだね、ゲートボール・ジュニア・ワールドカップめざして、がんばるよ。それじゃ」


 そう言ってマサトシは颯爽と去っていった。ハジメはしばし呆然としていた。あのマサトシさんにほめてもらえるなんて! しかも名前を知ってもらえている! もう少し情緒不安定だったら、ハジメは落涙していたに違いなかった。しかしいくら感動におぼれていようとも、早く歩きださないと遅刻してしまう。ハジメはマサトシの背中を追いながら、小学校へと向かった。

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