第49話 幸岐と斎と狛と笙花

「みゆちゃ~ん! あああよかった! ちゃんとふっくらしてる!」

「ふ、ふっくらしましたか…!?」

「ううんそういうことじゃないわよぅ! ハリが出て健康的になったってこと!」


あれから一か月後のある日。ぎゅうぎゅうと幸岐を抱きしめる笙花。その首根っこを掴んだ斎は、幸岐から彼女を引き剥がした。


「べたべたするな」

「な~に~? 嫉妬? いいじゃないオンナノコ同士なんだから」

「またなんか謀られても困る」

「もうしないわよ! それに関してはちゃんと謝って仕事も引き受けてるんだから許してよ!」


宙ぶらりん状態のまま暴れる笙花。幸岐が小さく肩を竦めた。


「あーほら。幸岐ちゃん怯えてんじゃないのー」

「うるさいお前のせいだ」


ぽいと投げられ、笙花は床に激突した。


「いてー」

「あの、笙花さん…無理なお願いして本当にすみませんでした」

「ん? 今日のこと? 今日は仕事もなかったあら大丈夫よ」

「いや、あの、不老不死の薬の、こと…」


そう言われて、笙花はぽんと手を打つ。


「あーあれね。気にしないで、実家と絶縁するいいきっかけになったから」

「ぜつえん…?」


笙花が首を傾げると同時に、玄関の戸が開かれた。


「こんにちはー」

「おう狛」


入ってきた狛は床にしゃがみ込んだ笙花と幸岐を見て首を傾げた。


「冷えるんじゃないか…?」

「あ、やほー狛。この間はありがと」

「ああ二度とあんなもの嗅がせないでくれ。鼻が曲がる」


幸岐は更に首を傾げる。それを微笑ましく眺めながら、笙花はつんと幸岐の鼻を突いた。


「あの薬、偽物だったの。ほんと、幸岐ちゃんに飲ませなくてよかったわ」

「俺に真偽確かめさせるのもやめてくれ。マジで」

「実家とはこれを理由に晴れて絶縁! 今は斎の下で仕事請け負ってます!」


晴れ晴れしい顔で笑う笙花。それに対して狛はやれやれと言った風に首を揺らしている。


「おい。早く上がれ。幸岐が冷えるだろうが」

「あーはいはい。嫁至上主義に拍車がかかった斎様の仰せのままにー」


冗談めかして言いながら笙花は立ち上がる。幸岐も狛の手を借りて立ち上がった。


「ほんじゃ、楽しい飲み会と行きましょうか! 速く幸岐ちゃんの金平が食べたい~」

「幸岐ちゃん用のジュースも買ってきてるから好きなの選んでな」


狛と笙花は勝手知ったる風に居間へと進んでいく。

それを見た幸岐も後を追おうとするが、斎に手を引かれて止まった。


「旦那さま?」

「…」


斎は無言のまま見つめてくる。きょとんと見上げていると、突然斎が腰を折った。鼻と鼻が触れ合うくらいの距離まで接近され、幸岐は思わずぎゅっと目を閉じる。


「…続きはあいつらが帰ったらな」


いつの間にか、眼前にいたはずの斎の気配はなくなっていた。廊下を先行するように歩く。繋がれたままの手が引っ張られた。幸岐は真っ赤な顔を冷ますように押さえる。


「ちょっとー! いちゃついてないで早く来なさいよー」

「斎! 斎! 気になってる子からメッセージ来たんだけどなんて返せばいい!?」

「うるせえなあ…」


斎は笑う。それを見上げて、幸岐も笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る