第46話 笙花と狛

「ッみゆちゃ…、ん…」

「おう。おかえり、笙」

「やっぱり上がってた! アンタ! 仮にも乙女の部屋に無断で上がるとはどういうことだ!」

「うるさ。幸岐ちゃん起きるだろ」


耳を塞いで顔を背ける狛に、ぐぬぐぬと目尻を吊り上げる笙花。幸岐は静かな寝息を立てている。


「…お前、何してたの?」

「仕事」


端的に答えると、狛は「ふぅん」とだけ返して、手持ち無沙汰に置いてあった雑誌を読み始めた。それを横目に、笙花は梱包を始める。赤い液体の入った小瓶を呪符で幾重にも巻いて、割れ物注意の印をつけて式神に運ばせる。


「それも?」

「これで終わり。で? アンタは何しに来たの」

「幸岐ちゃんの迎え」


ぺらりと、読んでいるのかわからない雑誌が捲られる音がする。


「俺さ、お前とか幸岐ちゃんの事情はよくわかんないけど」


笙花が振り向くと、狛は幸岐の髪を撫でながら呟いた。


「あんま抱え込まない方がいいと思うよ。じゃ俺帰るから」


そう言うや否や、狛はさっさと出て行ってしまう。


残された笙花は暫くぼーっとした後、ゆっくりと幸岐の側に寄る。眠る彼女の顔は血色が悪く、体調が悪いのは一目でわかるほど。


「…みゆちゃんと斎が幸せなら…」


ぽつりと呟いた言葉は、誰にも拾われることなく空気に溶ける。

その時、窓がコンコンと小さく鳴った。

真っ暗な夜空をバックにしているのは、笙花の母親が使用する形の式神。小さな小箱を首から下げている。


「いくら何でも早すぎでしょ…」


式神から小箱を受け取ると、その場で式神が消えた。笙花は丁寧に箱をローテーブルに置き、梱包を解く。

中から出てきたのは小さな青い小瓶。同封されていた手紙には「依頼の品。また頼む」の文字。


「二度とやるか、バーカ」


手紙は握り潰してゴミ箱に投げ入れた。

日付が変われば、幸岐の準備期間は終了する。頬杖をつきながら、中身の揺れる小瓶を突く。


運命の日まで、あと二時間。

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