第14話 斎と狛

「俺が教えたのは、〝妖としての〟幸せだ。幸岐は人間の幸せを知らない。人間は俺たちよりはるかに寿命が短い。その短い中で最大限の幸せを求める方法を…俺たちは知らない」


人間に憧れたことなどなかった。むしろ、相容れない存在だと思っていた。

それでもあの日、出会ってしまった。幸せにしたい存在に。人間だとわかっていても手放せなかった。虚ろな瞳と、その見た目に相応しくない言葉を聞いてしまった時、胸の内から湧き上がる庇護欲が抑えきれなくなった。


今でも、人身供物や口減らしで山に子を捨てていく人間を見るたびに、相容れない存在であると再認識する。その行為が、短い一生で幸せを求めるための最適解なのか。斎たちにはどうしても理解できなかった。


果たして、今彼のしていることは、幸岐の幸せにとって最適解なのだろうか。


「…思うんだけどさ」


狛は茶碗を撫でながら、ゆっくりと口を開いた。


「斎が思う妖としての幸せってやつはさ、きっと人間の幸せと似たようなもんだよ」

「…なんで、そう思う」


だって、と続ける彼は心底優しく微笑む。


「人も妖も、誰かを愛して、愛されたい。愛して愛されることが幸せだろ? なら幸岐ちゃんも幸せなはずだよ。それにさぁ…あんな毎日笑顔で過ごしてるあの子のことを〝不幸〟なんて言うのは、あまりにも可哀想だよ」


斎は時が止まったかのように茶碗を見つめる。狛からは表情が見えない。


「斎が一番よくわかってるはずじゃないの? 幸岐ちゃんがどれだけお前を想ってるか」


一言も発さず、固まったままの斎。痺れを切らした狛が片腕のみを変化させ、その肉球を斎の鼻に押し付けた。


「過去の決断を悩むな小烏。お前があの子を救ったことは変わらない。お前があの子を幸せにしたいと思ったことは、添い遂げる覚悟をしたことは、二度と変えちゃいけない。幸せにすると決めたなら総力尽くすしかないんだよ。…斎、前向け。悩むな」


そのまま、二人とも黙り込む。先に口を開いたのは斎だった。その声音は、先ほどより柔らかくなっている。


「…獣臭い」

「はあ!? 人がいいこと言ってんのに…っ」


狛の腕を退けた斎は力を抜くように笑った。

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