銃と少女と復讐と

ラザムネイ

プロローグ

プロローグ


二〇一八年 一一月三〇日 午後八時 アメリカ合衆国

ヴァージニア州 中央情報局本部 作戦指揮室


 薄暗く狭い部屋の中、壁一面を覆うほどに巨大な中央モニターと複数の小型のモニターの灯りが、オペレーター達の表情を青白く照らす。しかし、モニターの灯りに頼ることをしなくとも、この空間にいる人間達の大半は顔から血の気が失せていた。

「通信は? まだ繋がらないのか?」

 その後ろで、真っ黒なスーツに身を包んだ古老がオペレーター達に訪ねる。その横に立つ中年の海軍少将は今にも爆発しそうなほどに怒りで震えていたが、古老は青ざめることもなく至って冷静だった。

「未だ繋がりません」

 そう答えたオペレーターも一見すれば彼のように冷静を装っているが、その返答は動揺していることを表させまいと無理に抑揚を抑えた声だった。

 そうか、とスーツの古老は短く一言。だがその一言が気に食わなかったのか、海軍少将は明らかな敵意を込めて口火を切り始めた。

「そうか、だと? 言うことはそれだけか、ベイカー情報収集管理担当官殿」

「と、言いますとなにか。現状ほかになにか言うことがありましょうか」

「ふざけるな! 5,500マイル彼方の仮想敵国領内でチーム8の12名の安否が取れなくなっているのだぞ!?」

「現在、作戦地域上空では分厚い乱層雲が停滞しています。それが晴れれば彼らがどのような状況なのか確認できるでしょう」

 ベイカーと呼ばれた古老は、作戦地域の情報が映し出された中央モニターを指しながら話す。人工衛星から逐次送信されてくる情報が映し出されるそれには、確かに雲によって正確な観測を阻まれた、不正確でいびつなものばかりが表示されている。

「だが最後の通信から10分も経っている上にその通信も不明瞭なものときた! かろうじて分かるのは私の部隊が敵と交戦に入ったことだけだ!」

「先ほどの通信はただいま解析に回しております、雲が晴れるころには解析も完了しましょう」

「我々がいま画面越しに見ているのはただのマーカーでも駒でもない、兵士達なのだぞ!? それをどうしてこうも白々しくしていられるんだ!」

「……少し落ち着いたほうがいい。怒鳴ったところでこの状況が変わるとは思えませんが」

「だが彼らが!」

「将校という立場ならッ!」

 狭い空間に響き渡る一喝。その場にいた誰もが、豹変したケネス・ベイカーに視線を奪われる。加齢で彫りが深くなり、結果として険しい表情に見えるというだけだった無表情が、一変して激昂した鷲のような目で少将を睨みつけていた。少将のように取り乱してはいないが、誰の目に見ても彼をはるかに上回る威圧感と剣幕を前に、喧々と騒ぎ立てていたこの中年は閉口してしまった。

「……将校という立場なら、常に冷静でいろ少将。熱くなりすぎれば見えるモノも見えなくなるぞ」

「……! 10分前に受信した通信の解析が完了しました!」

 オペレーターの一人が報告する。その場にいた全員の視線が、今度はケネスからそのオペレーターへと集中した。

 安否の是非が問われている部隊、チーム8から発信された通信。天候の影響か戦闘のせいか、誰が何を発言しているか聞き取れなかったほど雑音がひどかったそれが、音紋解析によって補正され、クリアーになった録音としてたった今このタイミングで出来上がったのだ。

「再生してくれ」

 了解、再生しますとオペレーターが再生ボタンを押す。そして少しの静寂の後、各々が着用するヘッドセットに乾いた銃声と怒号が不規則的に交互に流れ始めた。この通信を寄越したチーム8が交戦中だということは、もはや想像に難くない。

『――コールセンター、コールセンター、こちらダガー1! 敵性不明勢力と交戦、ブレードチームとソードチームが全滅した! 指示を求』

『――こちらダガー3、ダガー1がやられた! これ以上の作戦継続は困難だ、大至急ランデブーポイントにシャークヘッドを寄越してくれ!』

『――無駄だ! どうせ繋がりやしないだろ、それより早く引き上げないと……ぎゃあ!』

『――あぁ畜生、ダガー2もやられた! コールセンター、残ったのは俺だけだ、これ以上"ブラインドアイ"を続行することは不可能、撤退して……クソッ、バケモノがぁ! 来るな、来るなぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 通信が完全に途絶したことを意味する砂嵐の音がしばし続き、再生は終了した。一分にも満たない記録は、数十分間の議論よりも雄弁に最悪の結末を物語っていたのだ。

「チーム8が……全滅……?」

 一喝されてもなお口を開きさえすれば食い掛かりそうであった少将は、その現実を突き付けられ意気消沈としてしまう。もっとも、米軍屈指の特殊部隊SEALsの内の一部隊が、文字通り一人残らず全滅したと聞かされれば誰でも彼のようになるだろう。

 ましてや、それが自分の隷下の部隊ならば。

「……ご心配なく、後始末は我々CIAが請け負います。少将殿が問われるであろう責任問題も免責されるよう、我々が動きましょう」

「私の首はこの際どうでもいい……だが、だがどのような形でも構わん、彼らの回収だけでも行いたい」

 生存者など残っているはずもないのに何を言っているのだろうか――冷ややかだが当然の疑問にケネスは一瞬、哀れなものを見る目で少将を一瞥したが、それと同時に自身の過去の記憶から、その答えに思い当たる映像が脳裏に浮かんだ。

「……わかりました。それも我々が請け負いましょう。チーム8を回収次第、少将にお伝えします」

「怒鳴り散らして申し訳ない、ミスターケネス。我々海軍から部隊を出すことはできないが、どうにか少しでも支援できるよう取り合うつもりだ」

「ご心配なく、我々にも"手足"はございます。彼らならきっと回収してくれるでしょう」

 あとは頼みます、と言い残してヘッドセットを外しながら少将は部屋を後にした。退室して行く悲壮感に苛まれた背中を、ケネスは横目で見送るだけで中央モニターから体を逸らそうとはしなかった。

 悪天候が去り、鮮明に情報が挙がってくるようになったそれにはただ、"SIGNAL LOST"の文字が繰り返し点滅し続けているだけだった。



 冷戦と呼ばれた三度目の世界大戦の危機が去ってから十年。列強同士の戦争はもはや過去のものとなり、"戦争"という言葉が第三世界の紛争やテロリズムとの戦いを指すようになった時代。列強各国は依然としてお互いを仮想敵と見なしながらも、かつての激しい対立構造はすっかり鳴りを潜めていた。

 しかし、それから更に十数年。度重なる対テロ作戦や紛争介入に列強各国の行動は徐々に過激化、ついに事実上の植民地化や条約禁止兵器の使用までもが取り沙汰され、国際連合議会では各々の国が主義主張をぶつけ合い紛糾するまでに発展した。

 化学兵器を使用したとロシアを批判するアメリカと、駐留と称して第三国を事実上占領しているとアメリカを批判するロシア、他の東西諸国はそのどちらかに同調する形に勢力は形成され、世界は再び東西に二分された。

 西と東に別れた列強大国の睨み合い。そう、後に"第二次冷戦"と呼ばれる時代の幕開けである――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る