死神と運命の女21
まだ日が昇らないうちに、マリアは身体を起こした。
隣で眠るロアを起こさないようにそっと寝室を出ていき、自室で身支度を整える。
ふと、机の上に置いたままの郵便物が目に入った。差出人は『アマゾネス訓練場写真館』となっている。
ああ、と思い出して、マリアが封を切ると、一枚の写真と添え状が入っていた。
アマゾネスの訓練場前で、案内スタッフに撮ってもらった一枚。
人前だというのに恥ずかしげもなくロアが肩を抱くものだから小さく抗議したのを覚えている。
しかし肩を抱かれて写真に写っている自身の表情は、思ったよりも柔らかく、むしろはにかむように微笑んでいて、「こんな顔をしていたのか」と今更ながらに驚いた。
写真代も通常より高価だったのに、ロアが迷わず注文しようとするので肘で小突いたが、「だってせっかくマリアとアマゾネスに来た記念だから」とロアは笑って購入した。
「一生ものの思い出になるよ」
彼女がそんなことを言っていたなと、マリアは微苦笑する。
マリアはクローゼットから一番丈夫なコートを取り出し、それを羽織ると内ポケットに封筒ごと写真をしまいこむ。
履きなれたブーツで部屋を出て、ロアの部屋の前を避けるように屋敷の正面階段から一階に降りた。
玄関の扉を開けると、そこには死神とよく似た顔の、あの人がいた。
「やあ、運命の子。夢から醒めたかい?」
「……ええ」
マリアはただそれだけ答えて、ファントムの傍へと行く。
「約束を果たしに行きましょう」
「別れは済ませた?」
ファントムの問いに、マリアは静かに笑った。
「言えるわけないでしょう」
真実も、別れの言葉も、告げることなどマリアには絶対に出来なかった。
だってそんなことをしたら、涙が溢れて止まらなくなってしまう。
――マリアは足早に歩きだす。
ファントムは慌てて彼女に従った。
「……泣かないで」
真っ赤な顔で必死に涙をこらえて歩くマリアに、ファントムはそう声をかけるしかなかった。
* * *
ロアが目覚めると、隣にマリアはいなかった。
妙な胸騒ぎがして、寝間着のままロアは居間と厨房を覗くも、彼女の姿はない。
慌てて彼女の部屋に入ると、彼女がいつも履いていたブーツと、外出用のコートがなくなっていることに気が付いた。
そして、彼女の机の上に置いてあるのは深い緑色のマフラー。
さらにその上に、小さなメモ書きが置いてある。
そこにはただ一言、『さようなら』とだけ記されている。
「……マリア?」
ロアは客間に飛び込んだ。
「先生、先生! どうしよう、先生!」
ベッドで寝ているライアの身体をゆする。
「……んだよ、ロア、こっちはまだ……」
「マリアがいなくなっちゃった、」
「……あぁ?」
「マリアが出ていっちゃった!」
ロアの声は完全に上ずっていた。ただならぬ様子にライアは上体を起こして頭をかく。
ロアは情けない顔で泣いていた。
「なんでまた急に」
そこに赤い毛糸のマフラーを巻いたカメリアが現れて、遠慮がちに口を開いた。
「ワタシ、昨日あったこと全部見てたデスもん」
* * *
「なんでお前は、全部見といて朝までぐーすか寝てるんかね!?」
急ぎ馬車を呼び、激しく揺れる車内の中、ライアは目を吊り上げながらカメリアの頬をつねる。
「だって! マリアしゃんにもらったマフラーあったかくてきもちよかったんデスもん!」
「そんでお前! いつまでグスグス鼻すすってんだこのへなちょこ泣き虫! 鬱陶しいわ!」
馬車の隅の席で膝を抱えているロアにライアは喝を入れる。ロアは泣き腫らした目で抗議した。
「だってマリア、昨日一言もそんなこと言ってくれなかった!」
「言わんだろ! お前逆の立場だったら今から永遠のお別れですってまともに言えるか!?」
ロアはぐ、と唇を噛む。
「……言えない」
「わかったらさっさと泣き止め! 幸い行き先は分かってるんだ、どうにかして止めろ! ああもう叫びすぎて腹が痛えわ!」
冥界の門があるのは、ロンディヌス領の離島にある教会本部の城の中。
とにかくロンディヌスまで行かなければならないが、汽車では半日以上はかかってしまう。それ以前に、汽車の駅に辿りつくまでにまだ時間がかかる。ボルドウの田舎ぶりがこの時ばかりは恨めしく思えた。
「このままじゃ間に合わないよ」
ロアが窓の外を眺めてそんな泣き言を零した時だ。
「ふふっふ、呼んだ?」
突然目の前に逆さ吊りの女が現れて、ロアはぎゃあと叫んだ。
「ちょっとー、美女の顔を見て叫ぶなんて失礼よぉ?」
そんなことを言いながら、リィはよいしょと器用に身体を曲げて窓から馬車の中に入って来た。
ライアは訝しげに顔をしかめる。
「なんでお前がここにいる?」
リィは「秘密」と意地悪気に笑った。
「でもそうね、手負いのあんたより私のほうが役に立つと思うわ」
どういうこと? とロアが眉をひそめると
「私の夢を渡る力を使えば、ロンディヌスまで汽車を使わず行けるってこと。幸い今の領主様は悪魔の身体だし、連れていくことは可能よ?」
さあどうする? とリィが尋ねる前に、ロアはリィの手をとった。
「行く! お願い、連れていって!」
リィはびくりと肩を震わせつつ唇を尖らせてごにょりと呟いた。
「なんかいつもと違う退行的な領主様もこれはこれで悪くないわね……」
「ワタシも一緒に行きますもん!」
カメリアがロアの肩に乗った。
「じゃあ決まり。まあ私が連れていけるのは人の数が多いロンディヌスの市街までだけど。じゃあねアマゾーヌ」
「あっ、ちょ、おい!」
ライアが止める前に、リィ達は消えていった。
「、ったくなんなん、」
ライアが愚痴をこぼそうとした瞬間、馬車が急停止した。
「だあ!?」
ライアが前につんのめると、御者が「すみません! 人が倒れてて!」と叫んだ。
身体を起こし、窓の外を見ると、道端に紺色のドレス姿の女が転がっていた。
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