死神と運命の女13

「お前もなかなか罪な奴だねエ」

「なんの話?」


 ボーイからウェルカムドリンクを受け取ったライアの隣でロアは怪訝な顔をする。

 正直近隣諸侯への挨拶すらも面倒くさいのでロアはライアの陰に隠れるように壁際に佇んだ。


「分かってはいたけど旧時代的なパーティーだね。爵位なんてとっくになくなったのに皆なんでマウント取り合ってるんだか」


 ロアの小声にライアは笑う。


「あぁ、歪な時代だとは私も思うヨ。この国はまっさらになり損ねたナ。大戦で戦った他国も実際見てきたけど、王すら断罪されて綺麗に民主主義になったところもある。多少混乱はあるが、中途半端に雲の上からの介入があるこの国よりよっぽど活気があるヨ」


 そう言ったライアに、ロアはおずおずと切り出す。


「先生。真面目な話なんだけど聞いてくれる?」

「ん?」

「正直ボルドウからはもう手を引いてもいい頃合いだと思ってるんだ。もともと地力はあるし、対立していた組合同士もこの夏でうまく噛み合った。若手の農業のほうはもう少し道を作ってあげないといけないけど、私が今やっていることは誰にでも出来る仕事だから」


 真面目に語るロアに、ライアはふうんと、グラスを眺める。


「そのカオじゃもうとっくに決めてるんだろ? わざわざ私に言うのは何か思うところがあるのかい?」


 ロアは頬をかいて微苦笑する。


「……クロワ家のご先祖様にちょっとだけ申し訳ないのと、マリアが怒るかなって、ちょっと怖くてさ」

「ははっ。マリアちゃんは、どうだろうナぁ。クロワ家には初代様に手ぇ合わせといたらいいんじゃないか? むしろ呪い持ちでよくここまでもったと私は思うよ。何者かの執念すら感じるね」


 ライアの言葉にロアはますます眉尻を下げた。


「執念を感じるから申し訳ないなって思ってるんだけど」

「そりゃそうか。まあ、何かを選ぶなら何かを捨てる時も来るわな。お前がしっかり考えた結果なら誰も何も言わねーヨ」


 そう言って彼女はカクテルを飲み干し、ロアに顔を寄せ耳打ちした。


「良いことを教えてやろう。このパーティー、始まってしばらくしたら諸侯が順番に国王に挨拶出来る機会がある。あそこにこっそり並んでるのはその順番待ちだ。そこで遠回しに土地を返すと申告しておけ、あとあと立ち回りが楽になる」


 そら行ってきな、とライアはロアの背中を押した。ロアは振り返り、はにかむ。


「ありがと、先生」


 ** *


 戦前から続く、伝統行事である王の祝宴。すべての諸侯が一度に招かれるわけではないがそれでも数は多く、無事宴が始まった頃には受付を任された城の者たちは安堵と疲労の息を吐いていた。受付の監督責任を負う宮廷執事も同様だ。

 彼が各々に片づけを指示した頃、真っ直ぐにこちらへと歩いてくる女性の影が見えて彼は少しばかり眉をひそめる。


「急遽の欠席連絡があった来客以外で受付できていなかった客はいたか?」

「いえ、いないはずですが」


 若手の執事も困惑の表情でそう答える。

 監督役の執事は、濃紺のドレスを纏うその淑女に声を掛けた。


「失礼、招待状はお持ちですかマダム」

「いいえ。ここに入るには招待状がいるのね?」

「仰る通りです。申し訳ありませんが、お持ちでない方はお通しできません」

「そう」


 しかし金髪の淑女は引き返さず、するりと受付を素通りする。


「……あの!?」


 男たちが彼女を止めようと腕を伸ばしたが、そこにいたはずの彼女はいつの間にかいなくなっていて、男達は唖然とする。


「さ、さっきの女を探せ! 一大事だ! ひとりで歩いている女を探せ!」




(……緊張して水を飲みすぎたな)


 来賓の無駄に長い挨拶が続く間、アルフレッド・ルクルスは用を足しに会場のホールを出た。王宮の使用人たちが、何やらばたついているのを不思議に思いながら歩いていると、


「そちらの殿方、パーティー会場まで案内いただけないかしら?」


 柱の陰から金髪の女性が突然現れ、彼の腕に蛇のように絡みついた。


「今着いたところでわからなくて」


 突然のことに戸惑うも、アルフレッドはその腕を払わず柔和に応対する。


「そうですか、では一緒に行きましょう」


 ありがとう、と女は頷き、ふたりは共に歩いていく。すると、会場に入る扉の手前で銀髪の紳士が立っていた。


「やあ偶然だネ、ミスター・ルクルス」

「ああ、縁がありますね、ミスター・ロビンソン」

「そちらの美しいご婦人は君のお連れかな?」

「あ、いえ、さっきそこでお会いして、道案内を」


 そうかい、とライアはにこりと微笑み、アルフレッドに耳打ちする。


きじはまだ見つかっていないんだろう? エスコートは私が代わろう」

「あ、恐縮です」


 照れたような笑いを浮かべ、アルフレッドは女性を明け渡し、会釈してトイレに向かうべく回廊を引き返していった。


「さてお嬢さん。君がお探しの相手は今少し大事な用事の最中なんだ、出来れば場を替えて欲しいな」

「あら、あなたロア様のお知り合いなのね?」


 金髪の女―アリシアはにこりと微笑んだ。


「でも不思議な人。今まで会った中で一番悲しそうな顔をしているわ。一体何をそんなに悲しんでいるの?」


 女の言葉に、ライアは一瞬虚を突かれたように黙ったが、すぐにくつくつと笑いをこぼした。


「こりゃまいったネ。彼女とおんなじことを言うのか君は」


 笑いの意味が分からず、アリシアは不思議そうに眉をひそめる。


「不幸な女を見るのが辛い性質でサ」

「あら、それは喧嘩を売られているのかしら私?」

「いいや、言葉通りの意味ととらえてほしいネ。自覚がないようなら私が優しく教えてあげよう」

「ふうん?」


 宣戦布告ととったのか、アリシアがテレキネシスを発動させる。

 彼女がかつてあの施設で複写したその力は、テレキネシスの中でも特級だ。銃や刃物なんてなくても、人間の臓器を壊してしまえば彼女は簡単に人を殺せる。しかし


「聞いていたとおり、なかなか手慣れているネ」

「!?」


 いつの間にか、その能力を発動させた対象が彼女の視界から消えている。

 否、彼女の真後ろで、彼女の首が動かぬよう関節を固めていた。


「っ、なぜ」

「視界に入らなければいいんだろう? 飛び道具は君に当たらないことも聞いている。なら体術が有効、私の得意分野だ」

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