悪魔祓いと魔女3

 客間にふたり取り残されて、まず口を開いたのはロアだった。


「マリアのせっかち。なんであんな胡散臭いのに捉まっちゃうかなあ」

「その点に関しては謝罪します。私が浅はかだったと。……すみません」


 マリアは素直に謝罪したが、こうも言った。


「しかし、私にはあの人が悪人には見えないのです。きっと彼女は私たちに助けを求めているだけで。恐らく、必死なのでしょう」

「……前から思ってたけど、マリアって年上に弱いというか、甘いよね」

「ひとくくりにされるのは心外ですが、筆頭は間違いなく貴女ですよ」

「最近全然甘やかされてないけど!? ねえ!?」


 ロアの叫びに、マリアは応えなかった。しかし


「……痛くないですか、それ」


 ロアの首元の呪縛に負い目を感じているのか、控えめに尋ねるマリアにロアは苦笑した。


「大丈夫だよ。本気を出せば多分逃れることも出来るだろうけど、ここまでされたら流石に彼女の目的を知りたくもなるね」

「……明後日、ですか」


 明後日、アンジェラは一体何をしにどこへ行くのか。

 何故悪魔祓いの護衛が必要なのか。


「女中業をする間、探りを入れてみます。何が起こるか分からないので、貴女は明後日まで体力を温存しておいてください」


 マリアが言った端から、ロアは盛大に顔をしかめてマリアの目を覗き込んだ。


「私、呪いよりなによりそれが一番不満なんだけどね」

「? どうしてですか?」


 別に何が減るわけでもないのに、と言わんばかりのマリアの表情に、ロアはさらにむっとする。

 ロアが口を開きかけた丁度その時、アンジェラの車椅子の音が近づいてきた。


「見てみて、聖女様。丁度良いお洋服がありましたわ」


 戻って来たアンジェラの膝の上には、どこからどう見ても正統派の給仕服――白いエプロンがあった。




 ** *

「驚いた。本当に聖女様は、女中業に慣れていらっしゃるのね。お部屋が見る見るうちに綺麗になったわ」


 給仕服に袖を通し、ひとまず、物置部屋の掃除を任されたマリアは、様子を見に来たアンジェラにそう言われて、少しだけ鼻が高くなった。


「しかしミズ・シーラー。ここには興味深いものが沢山置いてありますね」


 物置小屋には埃をかぶった石膏像や、異国の方位磁石、何の用途に使われるのか分からない大きな箱などが並んでいた。

 マリアがその箱の上に積もった埃を拭こうとすると


「あ、聖女様、それは」


 アンジェラが止める前に、箱の蓋が勢いよく開いた。


「!?」


 マリアが目を丸くする。

 箱から飛び出したのは、ばね仕掛けの道化師の人形だった。


「ごめんなさい、それびっくり箱なの。妹が小さい頃、私を驚かせるために作った……」

「なかなか精巧な造りですね。子供が造ったとは思えません」


 マリアが素直な感想を述べると、アンジェラは頬を緩め、少女のように笑った。


「精巧過ぎて、ちょっとトラウマなのよ、そのびっくり箱。もらったときに驚きすぎて気を失ってしまって」


 この時初めて、マリアはアンジェラの素の表情を見た気がした。


「ミズ・シーラー、貴女さえ構わなければ、今夜の食事も作りましょうか? その足ではどんな作業も煩わしいでしょう」

「アンジェラと呼んでくださって構いませんわ聖女様。その申し出は嬉しいけれど、なんだか恐縮。貴女の使い魔さんに眼光だけで射殺されてしまいそうだもの」


 アンジェラは冗談を交えながらも眉を八の字にして苦笑した。


 マリアの命令で、ロアは客間に待機させられている。

 マリアが屋敷内を移動するたびに後ろをついて歩かれては捗る仕事も捗らないからだ。

 マリアやアンジェラが客間に戻るたび、ロアは鎖でつながれた犬のように彼女らを恨めし気に睨む。


「ロアのことは……なんだかすみません。ではアンジェラさんとお呼びします。怪我をされてからは、食材はどうやって調達されているのですか?」

「この家、もともと村から離れているでしょう? 普段からそれなりに備蓄をしていたんだけど、それでやりくりを」

「しかし備蓄の食材となると、根菜類や缶詰ですよね?」

「その通りよ。少し飽きてきたところではあるけれど……」

「なら生鮮食品を仕入れに行きましょう。ロアを使いに出しても良いですし」

「聖女様はお優しいのね。……あんなことをしてまで貴女がたを引きとめた私が言うのもなんですけど、なんだか心苦しいですわ」


 アンジェラが目を伏せる。その、少し儚げな笑みが、マリアには引っ掛かった。


「アンジェラさん、どうしてこのような強硬手段を? 何か困りごとがあるのなら、そのようなことをしなくても、教会の者として私達は貴女を無碍にはしませんよ?」


 マリアの申し出に、しかしアンジェラは首を振る。


「私の口からはとても、ことの全貌を言えないのです聖女様。ただ、そうですね。貴女が察している通り、私には、貴女達に祓ってほしい敵(かたき)がいます」

「祓う、ということは、相手は悪魔の類なのですね」

「ええ」


 正規の手段で教会の悪魔祓いを呼べなかった理由が恐らく彼女にはあるのだろう。

 それを今聞き出すのは難しいとマリアは判断した。


「分かりました。そういうことでしたら相応の身構えをしておきます。食事もきちんと摂らねばなりませんね。お腹が減ってはなんとやら、です」


 アンジェラは嬉しそうに微笑んだ。


「可愛らしいこと。貴女を見ていると本当に、幼い頃の妹を思い出しますわ。貴女方を引き留めたのは、依頼の件もありますけど、貴女が可愛らしいから、という理由に偽りはなくてよ」


 彼女の言葉に、マリアは少しだけ頬を染める。

 可愛らしい、という言葉はロア以外からも何度か世辞として頂戴したことはあったが、ここまで真っ向に言われたことは少ない。


「この服も妹さんのものだと仰っていましたけど、妹さんは女中業を?」

「いえ、それは衣装。妹はからくり技師でもあったけど、画家でもあったの。それで、モデルさんに着せる衣装をいくつか持っていて。……でも、その衣装はどちらかというと趣味に使っていたわね」

「趣味」

「芸術家で、奇人変人の類だったの。あ、でも、着るだけよ? 着て何かしようとか、そういうのじゃないから安心してね」

「はあ」


 着て何かする、という意味がよく分からずマリアが考えていると、アンジェラがまた意味深げに微笑んでいた。


「あの使い魔さんが過保護になるのも少し分かるわ。では聖女様、お言葉に甘えて今夜の夕食、お願いしても良いかしら」

「え、ええ」


 なんだか腑に落ちないまま、マリアは頷いた。

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