第15話『治療』

「楽くん、今日の夕食は何?」

「今日は西の国で取れた野菜を使った料理になります」

「楽しみだなぁ!」


 秋真さんと東の国に回り、城に戻ってきた私は移動空間で遭遇した楽くんに今日の夕食事情を訪ねた。

 なぜか最近、食べることが楽しくなっているのだ。理由はわからない。

 妖になったからなのか、それともここの食材が美味しいのか、はたまた料理人の腕が良いのか。

 全くわからないけど、とても美味しいんだよね。


「それと、陽菜様。 先程、雫様がいらっしゃいました」

「雫さんが? 何の用だろう」

「部屋でお待ちになっています」

「わかった」


 雫さんが来ていると言われ、急ぎ足で部屋へと向かう。

 どうしたんだろう。もう西の国は全部回っちゃったし、急用って程の用は無い気がするんだけど。


 どんな用なんだろう、と考えながら部屋の襖を開ければ雫さんと、なぜかまだ外が明るいのに起きている(灯りがついている)お岩さん。

 お岩さんは明るい昼間は寝ていて、呼んでも起きなく、日が落ちて暗くなれば自然と起きて部屋に灯りがつくはずなんだけど。


「あら、陽菜様。 おかえりなさい」

「陽菜様、おかえりなさい」

「ただいま。お岩さん、まだ明るいのに珍しいね」

「ッ、いや……たまたま起きちまってね」

「私の話し相手をしてもらっていました」

「そう」


 お岩さんに疑問に感じたことを聞いてみれば、少しだけ動揺したように思えた。


 ──何か、隠した?


 お岩さんの様子に異変を感じるも、確信は無いためはっきりとは言えない。

 そのせいで私は、彼女に問うとは出来なかった。

 ……雫さんと何話してたんだろう。


「陽菜様」

「! ……はい」


 ぼんやりとそんな事を考えながら、沈みそうな日を廻り縁に出て眺めていれば、雫さんからいつもより少しトーンの低い声で名前を呼ばれ、振り向けば正座し頭を下げていて少しばかり緊張してしまう。


「東の国の町案内でお疲れのところ申し訳ありませんが、至急来ていただきたい場所がございます」

「あ、うん。 そんなに疲れてるわけじゃないから大丈夫だけど、どこに行くの?」

「西の国です」


 いつもの雰囲気ではない事はすぐにわかった。それほど緊急なのか。


 とにかく私は、雫さんと西の国へと急いだ。





 ***





「ここです」

「え、ここって」


 雫さんに連れてこられたのは、昨日西の国を訪れた際、雫さん達に連れ込まれた呉服店だった。

 この店って事は八重さんだよね。

 八重さんに何かあったんだろうか。昨日の事を考えながら、店へと入れば、そこには八重さんっぽいが八重さんではない黒髪セミロングの女性がいた。


千代ちよちゃん、聖妖様お連れしたわ」

「ありがとうございます! 聖妖様、母を助けてくださいませんか?」

「え、母?」


 千代と呼ばれた女性は、私の手を掴んできて、今にも泣きそうな表情を浮かべている。

 話を聞く限り、恐らく千代さんは八重さんの娘さん。

 それに"助けて"って言った? 八重さんに何があったの? 私が助けられるの?

 そう考えたとき、前に雫さんから聞いた"石英病"の事を思い出す。


 ──まさか、八重さん石英病に?


「雫さん、もしかして八重さん……」

「えぇ、陽菜様の思った通りです」

「じゃあ、結界の外に出たってこと?」


 自分で"石英病"の事だと感づけば、頷く雫さん。

 現状を知った私は緊迫した中、千代さんに案内され、お店の奥にある個室へと向かう。


 案内された部屋に入れば、布団が敷いてありそこに八重さんが横になっていて、そして彼女の横に座ってから顔を見たとき、衝撃を受けてしまった。


「!!」

「陽菜様、これが石英病です」


 八重さんの顔の半分はもうすでに石英のような白い石になっていて喋るのも困難な状態だった。


「……八重さん」

「お願いします!! 聖妖様、母を助けてください!」


 まだ石になっていない左側の顔で私に目を向ける八重さんは今出来る限りの笑顔を浮かべながらも、首を横にゆっくりと動かした。

 それはまるで"治さなくて良い"と言われている様で、胸が苦しくなってくる。

 正直、石英病の治し方なんて教えてもらっていないからわからない。

 でも、一度しか接していない妖だろうが居なくなってしまうのは嫌だった。それに娘さんもいるんだから。

 雫さんに肩を抱かれながら、ボロボロと涙を流す千代さん。彼女を見ていると、辛さが伝わってきて、鼻の奥がツンッとしてきてしまう。


「陽菜様、八重さんの石になっている場所に両手を翳してください」

「!! はい」


 八重さんと千代さんを交互に見て、辛い気持ちになっていれば、雫さんから指示をされ、慌てて言われたように手を翳す。

 それは、石英病の治癒方法の指導だとすぐに気がついた。


「そのままその石を柔らかい液体だとイメージしてください」

「はいッ……」


 石を柔らかい……えっと、ジェルみたいな感じで良いかなぁ。


「そして、それを掌に吸い取るようなイメージをしてください」

「吸い取る……」


 ジェルを掌に吸い取るイメージ。イメージね。

 そう心の中で呟いている時だった。


 八重さんの顔半分を覆う石が突如、キラキラと小さな光を放ち始め、その小さな光はイメージ通り、掌に吸い取られるように私の手へと移動していく。


 ──成る程。こういう事か。


 何となくやり方を理解できた私は、そのまま石を吸いとっていく。


 しかし。


「!!」


 途中で、八重さんがまだ動く手で、「治療はやめて」と言わんばかりに私の腕を掴んできたのである。

 でも、それでも私はやめない。

 八重さんの目を見て、横に首を振る。

 自分は良いかもしれないけど、千代さんの為に生きてください。八重さん。






 そして、治療を始めて10分後に病気は完全に治り、治療が終えた直後、八重さんは休むように眠った。

 雫さんが言うには、石英病を発症すると石になった部分に痛みが生じるらしい。

 きっと八重さんはそれを必死に耐えていて疲れたのだろう。


「聖妖様、ありがとうございます!!」


 私と、雫さんは八重さんを起こさないよう、店の前に出れば娘の千代さんが私に深く頭を下げてきて。

 私は、私の役割をやっただけだ。だからそんなに感謝しなくてもいいのにと思う反面、今までこんなにも感謝されたことがないせいで何だかくすぐったい。

 でも、八重さんが治って良かったし、上手く治療出来てよかった。


 私は呉服屋を後にして、城に戻るため雫さんの屋敷に向かおうと思ったときだった。


「!!」

「陽菜様大丈夫ですか?」


 突然膝が崩れ、倒れそうになってしまい、それを隣にいた雫さんが支えてくれたのだ。

 なぜだろう。治療を終えてから、疲労感が一気に来たせいか足に力が入らず、上手く歩けない。


「雫さんありがとう。 なんか力が入らなくて」

「恐らく、初めて治療したせいでしょう。 石英病の治療はとても妖力を使うとお聞きしたので」

「そっか」

「雫! 陽菜様!」

「あら、琥珀」

「琥珀さん」


 上手く歩けないからといっても、雫さんに迷惑はかけられないと、自力で歩こうとしていた時。

 石英病を発症した者が、西の国から出たと聞き付けたらしい琥珀さんが駆けつけてきたのだ。

 そしてそれを良いことに、雫さんが琥珀さんに私をおんぶして城まで連れていくように言い出してしまって。


 結局、私は琥珀さんにおんぶされ、その様子を西の国の者達に醜態をさらしてしまったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る