第3話

「彼女は結城小春さん。で、蒼が助けた通り、沼田の被害者、未遂で終わったんだけどね」

「小松崎、ただそれだけだろ?」


 強姦未遂の犯人の取り調べが終わったはずなのに、まだ警察の特能課に滞在している私。


 そして真剣に話を始める小松崎さんに対して、眉間にくっきりとシワを寄せながら腕を組み、小首を傾げ聞いていくる蒼さん。

 私も正直、これから小松崎さんが話そうとしている事はわからない。異能力の事はこれから聞こうと思っていたんだから。


「彼女は恐らく異世界から来た子よ」

「何ッ!!」

「!」

「え!?」


 小松崎さんの言葉で、私、蒼さん、そして金髪の人だけが驚き、声をあげる。

 一之瀬さんと眼鏡の男性は一切驚く様子なんてない。その事がわかっていたのか、はたまた顔に感情が出にくいタイプなのか。

 しかし、何で私が異世界から来たと気がついたのか。私自身、良くわかっていなかったのに。


「確証はあるのか、小松崎」

「はい。 彼女は確かに私に <異能力ってなんですか?> と言いました。この世界に住むものは、異能力の事は知っていますし言いません」


 一之瀬さんに丁寧に説明する小松崎さん。彼女の顔を見てみれば、車の中で見た表情とは全く違い、真剣でとてもかっこよかった。まるで出来る女って感じだ。


「……君、異能力の事知らないの?」

「は、はい」


 金髪の人に言われ、頷けば彼は小さな声で「そうなんだ」と呟く。

 なぜここにいる人達は、"異世界"と言われてそんなに驚かないんだろう。様子を見るからに"私"が異世界から来たと知って驚いているようだった。


「じゃあ、黒いコートを着ている男に会った?」

「!!あ、会いました!!」


 "黒コートの男"それはまさに私を穴に落とし、そして恐らくこの世界へ送ってきた張本人。

 その言葉を聞いて、私はつい声をあげてしまった。


「なら確実だな」

「あの野郎、またやりやがったな」


 私の言葉を聞き、一之瀬さんは小さなため息をつきながらも確証を得たようで、蒼さんはイラついたように呟く。

 "あの野郎"って知り合いなの? それにまたやったって?

 訳がわからず、私は近くにいた小松崎さんにどういう事かを聞いてみることにした。


「あの……黒いコートの男とお知り合いなんですか?」

「いいえ。あの男の異能力は異世界移動。 だから異世界の人間をたまにこちらに送り込んでくるのよ」

「異世界移動……じゃあやっぱり私は」

「えぇ。 ここは貴女が暮らしていた世界とは違うわ」


 小松崎さんの言葉で事実を突き付けられ、ガツンと頭を殴られたようなショックを受ける。

 本当は認めたくない。でも目の前にいる人達を見て、先ほどの異能力とかいう力を見て、信じざる終えなくなってくる。

 じゃあ私はすぐに帰れないの?……い、いや、きっとすぐに帰れるはずだ。


「……帰る方法は?」

「今のところないわ。 これは私たちでも色々と調べているんだけど」


 その言葉で私の頭の中は真っ白になってしまう。

 帰れない。帰れない。帰れない……。

 何で、何で私がこんな目に。

 鼻の奥がツンッと痛み、徐々に視界が霞んでくる。だが、ここで泣いてても仕方がない。

 この人達が知らないのなら一人でも帰る方法を、あの男を見つけ出すしかない。見つけられれば帰れるはずだ。


「あの……もうあいつの取り調べ終わったんですよね」

「あぁ」

「なら、失礼します……」


 ここへいる必要はない。だから私は立ち上がり、部屋から出ていこうとすれば、黒髪の眼鏡をかけた男性は私の行く手を遮るように立ちはだかる。

 その人を見上げてみれば、冷たい眼差しで私を見下していて。


「悪いが異世界から来たとわかった今、あなたを野放しには出来ない」

「野放し?」


 それはまるで犯罪者に向かって言っているような台詞だ。

 何で? 私が何かしたの? 何も悪いことしていないのに、寧ろ被害者なのに。何で。


「野放しって、私、犯罪者なんですか? 何か悪いことしました?」

「今はまだ。 しかしあの男が送り込んできた人は全員犯罪を犯してるんですよ」


 その言葉で、私のようにこちらの世界に送り込まれた人達がいると聞き、少しだけホッとするもその後の言葉でまた胸が苦しくなる。

 何、全員って。そんなの何で言い切れるの。


「私はそんな事しない」

「今までの人達も"普通に暮らせていれば"そんな事はしなかったと思いますよ」

「……どういう事ですか」

「異世界から来た人達は、お金も住む場所もない。 だから生き延びるために強盗をしたり、スリや、置き引きをせざる終えなくなる」

「……」


 確かに、言われてみれば今私は鞄を持っていてお金も入っている。だけど、私の持っているお金が使えるかもわからない。それに住む場所もないんだ。

 そう言われてしまえば、私だってもしかしたら犯罪を犯していたのかもしれない。

 でも、だからって……。


「確かに犯罪はダメです。それは私と同じように送り込まれた人達もわかってたはず。でも、じゃあ……どうしろって言うんですか? 住む場所もお金もなくて、それに頼れる人もいない」

「……」


 目の前の男性を見上げ、力強く見つめ返しながらも思ったことを言い出せば、その場にいた全員は言い返せないのか、黙りこむ。


「なら、来たくもない場所に来てしまった人はどうすればいいんですか? 死ねって事ですか? どうせ警察は来た人間全員面倒なんて見れないとか言い出すんでしょう?」

「結城さん……」


 後ろからそっと私の肩に手を置いてくる小松崎さん。まるで落ち着いてと言われているかのようだ。

 私は落ち着いている、そっちが勝手に思い込んで酷いことを言ってきてのに。


「こんな事言っても信じてもらえないだろうけど、私は犯罪者には絶対なりません。 お金は一応持っているし、……使えるかわからないけど。 それに黒コートの男は自力で見つけます」


 黒髪の眼鏡男を睨み、私は小松崎さんの手を振り払って部屋を飛び出した。

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