第6話 第二章 邪気捕獲(2/2)

 次に気付いた時には、小鬼は姫肌の右手にあった。

 猛禽類が見まごうばかりの素早さで、獲物を捕らえた時のように、あっという間に、鷲づかみの生け捕りだった。



「そうら、捕まえたのです! やっぱり、邪気はHなのです!」



 姫肌の声が得意げに弾む。


 一方、小鬼は声も上げずに抜け出ようとする。違う! 叫び声が典高には聞こえないだけなのだ。昔の無声映画のような感じである。


 典高が恐る恐る聞く。

「その小鬼が邪気なの?」


 聞かれた姫肌は、逃すものかと、もがく小鬼に、もう一方の手を包み込むように、添えてから答えた。


「そうなのですが、小鬼じゃなくて、邪気と呼ぶのです」

 見た目より性質で呼んでいるらしい。


「分かったよ。でも、壁をすり抜けられるのに、どうして素手でつかめるの?」

 典高には異形に触れた経験がなかった。姫肌は得意そうな笑顔を見せる。


「あたしは特別なのです。でも、服を脱がそうとしている時とか、気が抜けている時とかでないと、簡単に捕まらないのです」

 典高の不可解な気持ちを察して付け加えた。


 その間も、邪気は狂ったようにもがいているが、鷲づかみからは抜けられない。



 あれ?



 典高に違和感。


 こんなにしっかりと邪気を捕まえてるのに、他の誰1人として安心した顔を見せていない。見えている人もいるはずなのに、なぜだろう?

「妹石さん、みんなは、まだ安心してないよ。捕まえて終わりじゃないの?」


 姫肌は待ってましたと、言わんばかりだった。

「これからが重要なのです。今からあたしが、この邪気をムシャムシャと食べるのです!」

 口をパクパクして見せた。


「へっ?」

 典高は呆気あっけに取られた。


「食べる? 邪気をそのまま食べるの?」


 小さいけど、邪気は小鬼の姿、人型なのだ。それを食べる? そのまま食べるって言うのだろうか?




 一瞬、典高の前をゴヤの絵が横切った!



 『わが子を食らうサトゥルヌス』だ! 美術鑑賞が趣味の賜物だった。


 すでに頭や片腕を失い、生々しい血液をダラダラ流している我が子を、狂気を振りかざした形相で、口へ運ぼうとする男の瞬間をとらえた傑作である。屈指の大画家が残した屈指のグロ絵だった。



 ――ゴヤは18~19世紀に活躍したスペインの有名な画家。『裸のマハ』のようなかわいい女の子も描いているが、前述のようなグロ絵も残しているのだ――




 そんな典高の気味悪そうな顔を姫肌は見逃さなかった。ニコッと一杯食わせたような微笑みを返す。


「さすがに、あたしも、このまま食べないのです」

 どうやら、驚いた典高に満足したようだ。


「料理をするとか?」

 まさか、切り刻むとか、焼くとかなのか? それもグロい。


 典高の反応に、姫肌は少々やり過ぎたと感じた。

「料理ではないのです。形を変えるのです。よく見ているのです。……ホイホイ ムニャムニャ、美味しいもんになるのですーーーーっ!」

 早々に取り掛かった。



 手の中にいた浅黒い小鬼が、グニュグニュと変形、色まで変化してしっとりとした白色となり、てのひらの上に分厚い豆腐を横に立てたような? ……うーん、ちょっと違う。上の面は細長い三角形? いや、鋭角の扇形だ! その扇形の上に、赤い梅干みたいなものが、見る見る盛り上がっていく。


 美味しいって、分厚い扇形の豆腐と梅干なのか? と、首をひねったところで、典高はポンと手を叩いた。


「ケーキだ! 邪気がイチゴのショートケーキになったんだ!」


 しっとりとした質感は豆腐じゃなかった。甘くトロけそうな生クリームだった。梅干もみずみずしいイチゴだったのだ。

 仕上がってみると、店に並んでいるのと変わりがない。



「いくら、あたしだって、このくらいでないと、食べる気にならないのです」


 パクッ!

 かぶりついた!


 ムシャムシャ

 大きな口でもないのに、2口3口でショートケーキを食べてしまった。美味しそうではあったが、なんとも、荒くれ者の食いっぷりだ。


「豪快に食べたなぁ」

「こういうものは、さっさと食べてしまうのです。ゆっくりではいけないのです」

 ケーキとはいえ、元は邪気なのだ。典高は小さく納得した。


「でも、そんなの食べて、危なくないの?」

 邪気なんて食べたら、腹を壊すどころでは済まないんじゃないのか?


「大丈夫なのです。実は、あたしの中には神様がいるのです。体の中で神様が邪気を捕らえているのです」


 さらりと、神様とか言った。


「か、神様が体の中にいるの?」

 ビキニ姿をしたJK(女子高校生)の中に神様がいるなんて、つながりも、へったくれもあったもんじゃない。



「あたしは巫女なのです! 邪気を祓える巫女なのです!」



 おそれ入ったかの笑顔で言い放った!



「えっ! 巫女なの? そんなビキニ姿で?」



 思わず典高の口が滑った。

 巫女とビキニに気を取られ、『姿』という単語が出てしまった。



 ザワザワ ギッ ドタンッ! ドタタタッ!



 黒板の近くに座っていた女子が立ち上がって、足早に後方へ避難していく。男子もつられて後ろへ歩いていく。


 まずった! 典高は開いた口を押さえる。

 『姿』は、先生から言わないように注意を受けた言葉だった。


 典高が言っただけなのに、クラスメイトたちを避難させるほどに強力なのか? いったい、これから何が起きるのであろうか?


【2080文字】

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