第4話【肝回】第一章 初登校(4/4)

 見えない口の中で、典高の指は舐められている! 柔らかく暖かい舌、軟体動物が優しくからむようだ!



 あれ?



 さらに、じんわりと、体温よりも高いような、心地いい暖かいエネルギー的なものが、指から典高の体内へ流れ込んでくる?



 少し心地いい。



 違ーーーーーーーーーーーうっ!


 そんな場合じゃない! さすがに、舐めるなんて冗談にならない!

「や、やめいっ! 何で指を舐めんの?」

 ビキニ女子は口から指を放した。でも、やけにニコニコして嬉しそう。


「兄様の味なのです」


 マジで、典高を兄と呼んでいるのだろうか?

 いや、違うかも知れない。典高には音だけなのだ。文字を確認していない。


 確かめよう。


「さっきも言ってたよな。ニイさまって、何のことだよ?」

 その問いに、ビキニ女子はスーッと大きく息を吸った。



兄貴あにきにいさん、おにいさん、

  アンちゃん、にいちゃん、おにいちゃん、

   あにぃ、あにさま、お兄様にいさま

    兄者あにじゃ兄上あにうえ兄上様あにうえさま

     にいちゃま、にいたま、おにいたま、

      にいに、にいや、に~いにい。

 それらと同じ意味の兄様にいさまなのです! 兄と妹の、兄様なのです!」



 久しぶりに会ったような、甘える顔を見せた。


 よくも、これだけ兄を並べたものである。しかし、それら全てが間違っている!

「俺は1人っ子で、妹なんていないよ!」

「それは気付いていないだけなのです」

「気付くとかいう問題じゃないだろう?」


「もう、会えたからいいのです! お母様かあさまが言ってた通りなのです。ちゃんと、兄様が現れたのです」


 予言めいたことまで言い出した、それを理由に、典高を兄として押し切る気だ!

 って、また指をくわえようとする!


「だから! 舐めないで! とにかく、俺はお前の兄貴じゃないよ!」

 手を引っ込めようとしたが、典高の手首を放さない。



 あっけに取られてた先生が、やっと口を開く。

「そ、そうね。これは、やり過ぎだわ! 2人とも離れなさい!」

 ビキニ女子は、先生には素直なのか、しずしずではあるが、典高の手を放して1歩下がった。



 先生は教室にあった箱ティッシュから、1枚2枚と引き出して、ビキニ女子の背中を拭いている。

 典高の鼻血がビキニ女子の背中に、そのままだった。背中を拭かれて、くすぐったいのか、身をよじってる。


 仕上げに、先生はアルコールを使って拭いている。箱ティッシュだけでなく、洗面所に置いてあるような、スプレー式のアルコール容器も教室にも置いてあった。


「スースーするのです!」

 揮発性の高いアルコールが背中で乾いて、キショいようだ。

 トントンと、その場で小さく跳ねてる。つられて胸が小刻みに振動する!


 プルル プルプルッ!


 典高には、鼻の奥にムズムズが再現されていく!

 とても、見ていられない!


 典高は目を逸らす。

「ほ、ほら、つ、使いなさい」

 先生が典高にティッシュを1枚渡した。鼻の穴とその下側をきれいにする。



 それにしても、教室に箱ティッシュや消毒用アルコールが常備してあるものだろうか?

 典高が教室を見渡すと、四隅に1個ずつ箱ティッシュが置いてある。先生は使い終わったアルコール容器を黒板の横にある棚に載せた。そこが置き場所のようだ。


 典高の他にも鼻血を流すやつがいるらしい。至れり尽くせりである。異様なクラス、と典高の印象が固まった。



 そんな感想を典高が言おうと思ったところで、背中をきれいにしてもらったビキニ女子が先を越す。

「兄様がなんと言っても、兄様はあたしの兄様なのです!」


 典高を兄と呼ぶのは譲れないようだ。だが、それは事実ではない!

「俺に、妹はいないんだって!」


 キッパリと否定する典高に、ビキニ女子は自信ありげな笑みを浮かべる。

「それなら、これを見るのです!」

 と、チョークを持った。



 ガカカ カッ カッ ガカカガ ……



 黒板に何やら書き始める。大きな振り付けを伴って、典高が書いた名前の隣に同じサイズの文字を書いていく。


 書いている文字も、もちろん、気になるのだが……。


 フルンッ フルルンッ


 ダイナマイトなあの胸が、黒板の前で、うれしそうに踊ってるじゃないか!

 典高だって黒板の前に立っている。横から胸を見ているのだ。縦揺れは横から見た方が圧巻だった。


 ムズムズ!

 ヤ、ヤバい! また、ティッシュのお世話になりそうだ!

 気を逸らすんだ! 胸を見るんじゃない! 書いている文字に集中しろ!

 典高は黒板の文字を見る。



 妹……石……姫……肌?



 何の暗号だ?

妹石姫肌せのいしひめは、あたしの名前なのです! 見るのです! 兄と妹なのです!」



 バンッ バンッ

 読みを口にすると、兄と妹の文字を平手で叩いた。



 苗字の筆頭文字である兄と妹の漢字が、仲良く寄り添うかのように並んでいた。


 なーんだ!

「苗字に兄と妹の字が入っているって、だけじゃないか。本当のきょうだいって意味じゃないのか」

 真相が分かれば、なんてことはなかった。


「違うのです! 本当の兄妹よりも、むしろ深い間柄なのです……ハッ!」

「何を言ってるんだ? ……って、あれ?」



 ハッと言ったと思ったら、当の姫肌は典高を見ていない! いきなり、興味が失せたかのようだ。



 視線を重ねてみると、廊下側の天井、いや、天井に近い壁を見ている。これまでとは、人が違ったみたいに、真剣な顔つきである。

 どうしたのだろうか? 姫肌が見てる壁には、特段何も見えない。


「妹石さん、どうしたの?」

 不思議そうに、聞く典高。



「来たのです」



 悪い予感をビリビリと感じる声だった。真剣な目つきのまま、壁を見つめている。典高なんて、見向きもしなかった。


 ザワ ザワワ


 教室も、ざわつき始めた。

 波もない平らな水面に、表面張力の小さい液体が1滴落ちたように、恐れの空気が教室内に素早くスッと広がった。

 クラスメイトたちが、そろって同じ方向に傾いたような雰囲気だ。


 典高は聞かずには、いられない。

「来たって、何が?」



「邪気なのです」



 姫肌の視線は、壁に突き刺さったままだった。


【2333文字】

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