誰かさんと誰かさんのお話
葵 悠静
昔々の誰かさんと誰かさんのお話
むかしむかしあるところに面白い旅人がいたそうな。
旅人は誰かに名前を聞かれたときも、旅館で名前を書くときも『誰かさん』と名乗るそうな。
そんな変わり者旅人『誰かさん』はいつのまにやら国中の有名な旅人へとなっていったそうな。
なぜそれほどまでに有名になったのか。
それは『誰かさん』が滞在した国には不幸が去っていくという噂がたったからだそうな。
もうひとつ『誰かさん』には面白い噂があった。
町から去った『誰かさん』を追いかけた少年がまばたきをした瞬間に目の前から『誰かさん』が消えていたというのだ。
そんなことから『誰かさん』は有名ではあったが、それと同じくらい『誰かさん』のことをよく知るものも誰もいなかった。
そんな『誰かさん』が放浪の旅を続けていると人知れず、草花が枯れはて地面が乾きひび割れている土地にたどり着いたそうな。
『誰かさん』はさらに歩みを進めるとひとつの小さな町が見えてきたそうな。
「こんなところに町があるとは、食べ物などは困らないのだろうか」
旅人は町の周囲を見回したが食べられそうなものは見当たらなかった。
「はてさて、日も落ちてきたし今日はこの町にお世話になりましょうか」
『誰かさん』はゆっくりとした足取りで町の警備をしているのであろう門番に近づいた。
門番は問う。
「名を聞こう、我が町は向かいの町と争いをしている最中でな、申し訳ないが名を名乗らなければこの町には入れられないようになっておる」
『誰かさん』は門番に向かって笑顔で答えた。
「私は誰かさんです、それ以外の名前はございません」
「誰かさん……あの誰かさんか?」
「どの誰かさんかは分かりませんが恐らくその誰かさんでしょう」
「それは失礼した、旅人よ、どうぞお入りなされ」
「しかし、争いとはもったいない、そんなこと意味などありませんよ?」
「そんなことは皆わかっておる、恐らく向かいの町の者たちもな、しかし、この近辺は食料が少ない、どちらが多く食料を手にいれるかで数年に一度争いが起きるのだ、いうなれば、自然の理だよ」
「平等に分けあえばよいではありませんか」
「そんなことをしたらいずれ両町とも滅ぶであろう、平等に分け合うには少なすぎるのだ」
「そうなのですか…それは残念なことですね、それとこんな小さな集落がひとつの町だということに驚きました」
「それはこの町に来たすべての旅人が言ってくるの」
門番は苦笑いを浮かべながら頭をかいた。
「さぁ有名な旅人よ、どうぞゆっくり休まれていきなされ」
「ではお言葉に甘えて、門番さんもご苦労様です」
『誰かさん』は門番に帽子をおさえながら会釈すると軽やかな足取りで周りをキョロキョロ見渡しながら町の中に入っていった。
「門番に頭を下げるとはおかしな旅人だ」
町に『誰かさん』が来たという噂はあっという間に、町中に広がった。
『誰かさん』に握手を求めるもの、強い子になるようにと我が子をさわらせるもの……。
『誰かさん』の周りは人が絶えることなく溢れていた。
「いやはや、私も有名になってしまったものだ」
『誰かさん』は帽子を照れ臭そうに深く被り人々に会釈すると旅館のなかに入っていった。
次の日、同じ町に『誰かさん』を名乗る旅人が訪ねてきたそうな。
「誰かさんは昨日からこの町にいるのだ、お主は何者だ?」
門番は剣をかまえ『誰かさん』を名乗る誰かさんを城へと連行した。
「お主が『誰かさん』を名乗るものか、誰か『誰かさん』を連れてくるのだ」
しばらくすると『誰かさん』は町の人に連れられて城に来たそうな。
「『誰かさん』よ、この者は知り合いか?」
「知り合いと言われれば知り合いではないですね」
「やはり偽物だ!向かいの町の忍びかもしれない!捕まえておけ!」
「お待ちください、その『誰かさん』は知り合いではないですが知り合いです、少し話をさせてくださいませんか?」
町の人達は『誰かさん』のいった意味が分からず顔を見合わせていた。
城のお殿様は少し考えると家来に『誰かさん』を解放させた。
「30分じゃ、それだけ時間をやろう、なんでも話すがよい」
『誰かさん』はお殿様の言葉に満面の笑みで会釈すると『誰かさん』と向き合った。
「ではいきましょうか」
『誰かさん』は『誰かさん』を連れて旅館のなかに入っていったそうな。
「まさか他の『誰かさん』がすでにこの町に来ていたとは予想外でありました、助けていただきありがとうございます」
「いやいや、私は助けたわけでなく『誰かさん』がこの町に二人来た理由を訪ねたかったのです」
「それは私にもわかりません、私は導かれてこの町に来ました、『誰かさん』もそうでしょう?」
「ええ、なにも考えず歩いて旅をしていたらこの町にたどり着いたのですが」
「つまり……この町は……」
「「二人がかりじゃないと滅びるであろう」」
『誰かさん』は緊張した面持ちで話していたが急に緊張をとき、もう一人の『誰かさん』に微笑みかけた。
「私たちも不思議ですよね」
「不思議…ですか?」
「私は異例の存在としていろんな町を回ってきました、いろんな国を見てきました」
「いろんな国を!?私達は国を救って役目を終えたら星になるのではなかったのですか?」
「普通はそうですね、しかし私は奇遇にも一番最初の『誰かさん』なのです」
「一番最初の『誰かさん』?」
「私は私の後に生まれてくる『誰かさん』が道を踏み外さないように手伝うと同時に、私もいろんな国を救うのが役目なのです」
「そんな『誰かさん』がいたとは…」
「私はいろんな『誰かさん』を見てきましたが誰一人として国を救うことや救った後に星になることを何一つ嫌な顔をしないのですよ、あなたは星になるのが嫌ですか?」
「私はこの国を救えるのでしたら星になるのは全然嫌ではないです」
「そう、皆清々しい顔をして消滅するのですよ、だから私は不思議と一緒に嬉しいのですよ」
「そうなのですが、『誰かさん』はこれからも星になることなくいろんな国をすくうのですか?」
「恐らく私の役目はこの国で終わりです、恐らく私も星になるでしょう」
「それはなぜですか?」
「私が『誰かさん』を導かなくても『誰かさん』は道を踏み外すことなんてあり得ませんから、私の役目は終わりです、ようやく私も星になれるのです」
「嬉しそうですね」
「嬉しいですよ?人の役に立ってから夜空を照らす星になれるのですから」
「それもそうですね」
二人の『誰かさん』は微笑みあい握手を交わした。
その後、きっちり30分後旅館から出てきた二人は同時に町の人に会釈をしたそうな。
「私は偽物です、『誰かさん』に説教を受け、改心いたしました、お詫びにこれをどうぞ」
『誰かさん』は奇妙な形をした石をお殿様に渡したそうな。
「その石を三日間懐にお納めください、そうすれば多くの命が宿ることでしょう」
『誰かさん』はそういうと笑顔で町から去っていったそうな。
三日間、お殿様は半信半疑言われた通りに懐にお納めていた。
そうすると、町の周りに突如多くの動物が産まれ、命を育み町の人達はそれを食料に変えたそうな。
そして、もう一人の『誰かさん』は町を出るときに門番に小さな種を一粒渡したそうな。
「これをお好きなところにお埋めなされ、そのうち大きな木ができるでしょう」
『誰かさん』はそういうと笑顔で町を去っていったそうな。
門番はこれまた半信半疑で両方の町のちょうど中間辺りに種を植えたそうな。
町の皆が『誰かさん』に渡された石と種を忘れた頃に突如両町の中間に大きな木が現れたそうな。
その木は両町が好きなだけ採っても余るほどの実をつけたそうな。
動物が現れ実ができ、食料が充分に足りた両町は争う理由が無くなりその後大きな一国となり仲良く暮らしたそうな。
二人の『誰かさん』はその国の神として崇められたという。
『誰かさん』が渡した種からできた木は両国が大きくなる度に大きな実をつけたそうな。
……むかしむかしある町に『誰かさん』が訪ねてきたそうな、その国は争いが絶えない国だったそうな。
おしまい
誰かさんと誰かさんのお話 葵 悠静 @goryu36
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