トムと人形
月満輝
トムとアリア
「ねぇアリア、これ見て!最高傑作だよ!」
森の奥にポツンと立っている小さな工房。そこに、幼い人形職人のトムと、アリアが住んでいた。トムは物心ついた頃から、アリアと二人で、この森の奥で暮らしている。アリアは母親の代わりとして、トムの世話をしている。
「ここ!この関節の部分。滑らかに動くようになったんだ。あとは紐を通せば、立派な操り人形が出来るよ!」
『そうね、トム。とても素敵だわ』
アリアは優しくトムの頭を撫でた。トムは満足そうに笑みを浮かべ、工房の奥へ消えていった。その後ろ姿を見て、アリアは愛おしそうに微笑んだ。それから、切なくなった。
ある日、工房にいつもの商人がやってきた。この商人はトムの人形を買い、人形師に販売しているらしい。今日もいつものように、トムの精巧な人形を買っていってくれる
はずだった。
「なあトム、もっと、違うやつはいないのか」
「どういうことですか?」
「確かに、お前の人形は素晴らしいよ。国宝レベルと言っていい。だがな、もはやこんなふうな人形、ありきたりだ」
『トムの人形は、他のとは違うんでしょう?ほかのどの人形よりもずっと素敵でしょう?』
「そうだその通りだ。しかしなぁ、世間じゃそういう訳にはいかなくなってきてんだよ」
巷では様々な技術が発展していて、人形も大量生産が可能になっていた。他のものと代わり映えのないものでは、買ってくれないかもしれないというのだ。
「どうにかならねぇか?トム。俺もお前の作る人形が大好きだ。だから、何としてでも売りたい」
『…トム』
「わかりました。やってみます」
トムは俯いて、工房の奥へ消えていった。
それから数年が経った。トムの人形の精巧さは増していた。だが、代わり映えのない人形しか作れないでいた。トムは悩んだ。ずっと森の奥で、アリアと二人きりで生きてきたトムは、世界を見ることがなかったため、新たな発想が浮かばないのだった。
「アリア」
『どうしたの?トム』
「街に行かない?そこに二人で住むんだ」
トムはいい案だと思っていた。だが、アリアはそう出ないようだった。
『私は、ここらかは出られないのよ』
「どうして?」
『ここから出るには、体が古すぎるわ』
「そんなの、どうってことないよ。僕がなんとかする。僕がアリアを支える。だから」
『トム』
アリアは優しくトムの頬に触れた。その指はぎしぎしと鈍い音を立てていた。
『あなたはもう立派な大人よ。一人でだって大丈夫』
アリアがそう言って頭を撫でると、トムは泣きだした。
『どうしたの?トム。何も心配はいらないわ』
「違う」
トムは頭を振った。
「僕は、アリアに褒めてほしくて、人形を作っていたんだ。お金のためなんかじゃない。お金なんかいらない。アリアが一緒なら、構わないんだ」
泣きながら話すトムの本心を聞き、アリアは優しく笑った。アリアはトムの涙を拭った。その優しい手つきは、母親そのものだった。
『よく聞いて、トム。お金は必要よ。でないと、あなたが餓死してしまうわ。それに、ここを出ても、私に会いに来ればいいじゃない。最高傑作ができる度に見せに来てちょうだい』
トムは、軋むアリアの手を握り、涙をこらえながら頷いた。そして、日が暮れるまで泣いた。
泣き疲れて眠った次の朝、トムは住み慣れた家を出た。森を抜け、街へでた。新たなものに触れたトムは、瞬く間に新たな技術を身につけ、街一番の人形職人になった。
そんなある日、トムは一体の人形を持って、アリアを訪れた。懐かしい家の扉を開けると、そこには、ツルが巻きつき、錆び付いたロボットが静かに眠っていた。しばらく立ち竦んだトムは、涙を拭い、笑顔をつくった。そして、ロボットの前に跪き、持ってきた人形をロボットの膝の上に置いた。乳白色の肌、桃色の頬、輝く茶髪、きらりと輝く瞳。まるで人のようなそれは、本当に美しかった。トムは、ロボットの頬に触れて、優しく微笑んだ。かつてアリアがそうしてくれたように。そして、優しく語りかけた。
「これが僕の最高傑作だ。ありきたりだけど、アリアのように、美しい人形だよ」
トムはそう言うと、立ち上がり、家を出た。窓から差し込む陽の光に照らされて、目を輝かせて微笑む人形を、アリアは軋む腕をなんとか動かして、優しく頭を撫でた。
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