「聲」イントロダクション

和紀河

「聲」イントロダクション


 桜咲く。桜散る。桜の木の根を掘ってごらん。


 (声を押し殺し囁く)ほぉら、幼いわが子の屍に出会えるよ。


 …汚れきった過去があんたにはお似合いさ。


 桜咲く。桜散る。消されぬ罪の記憶が今、踊りだす。




餓鬼ども


1闇が迫ってくる


2無数の傷痕


3殺めた胎児の悲鳴


1赤い空


2銀色の月


3冷たい月


1赤い月


3狂った月


全・奈落への道標





 そこにはいつも心はなかった。そこにはいつも形骸だけが存在していた。


 求めるべき貴方の心がなかった。




 わたしは透明なガラスの城を造っていた。脆くて儚くて…中には何もないガラスの城を造っていた。


 抜け殻だけ魂の抜けた抜け殻だけ。何もなくって…わたしはいつも泣いていた。




医師


 誰もが皆、現実と夢の狭間で揺れている。


 何が正しくて過ちなのか、それすら判らず彷徨続けている。




 傷つけ傷つけられて、自分が消えてゆく、自分がなくなってゆく…


 そうしていつしか大切なものすら見失ってしまう。




卓巳


 判らない…判らないんだ!俺の心が…判らないんだ!!


 …暗く深い闇の果てが…俺を今呑み込んでゆく。


 血が、俺の真っ赤な血潮が


 …闇の中へ静かに吸い込まれて消えて行く…




餓鬼


 罪トハ償ウモノデハナク、重ネルモノ





 この子はあいつの子さ、


 一度として生まれる事のできなかったあいつの子…。




 そう、あたしはこの子を闇に葬ったのさ。


 奈落の底の魑魅魍魎の遠吠えが聞こえる。


 …それはあたしたちを呼ぶ声。




 お前らあんまり泣くんじゃないよ。


 …この子はくれてやる。お前らの餌として…


 くれてやるよ!




全員


 この鋼色の月の夜に…




幼女、上手に現れ、ゆっくりと振り返り卓巳を見つめる。




卓巳


 お前はなぜ、泣いている?…なぜ…俺を見る…?


幼女


 (薄ら笑いを浮かべ、卓巳を見下し)お前なんか…お前なんか見ちゃない、見ちゃいないさ。


 なんで、あたしがあんたなんかを見なくちゃいけないのさ!


 お前なんか関係ない、お前なんか知らない!お前なんか




 …嫌いだよ…




医師


 誰もが狂気と恐怖を胸に抱え、生きている。


 現実とは空しい夢の果実であり夢とは儚い現実の断片…。





 (寂しげに笑い)月だよ…先生…。大きなまあるい月だよ…。


 哀しい月だねぇ…心を狂わされそうだよ…そう思うだろ?


 …ねぇ?




餓鬼ども


1狂った月


2狂った心


3狂った現実…


全:狂った桜があざ笑う…


  幼女:(突如ヒステリックに)殺さないで…殺さないでぇぇ!!いやぁぁぁ…!


1狂った桜…


  幼女:そうして、あたしを…あんたは


3壊された月


  幼女:あんたは殺そうとするの…?


2砂の城…


1波にさらわれた


2砂の城


  幼女:闇は嫌い、闇は怖い…。だから…だから


3それは現実という名の


  幼女:わたしを…おいて行かないでぇぇ…!


全:永遠に繰り返される悪夢







 糸の切れた凧は自由に空を泳ぐけれど、


 強い風に絡まれて、いつかぼろぼろになって果ててしまう。




薫/医


 いつも心は見えなくて、すれ違いばかり。





 汚れた魂。嘘つきの仮面を被った道化師。泣きわめくだけの道化師!


 貴方にとってあたしは何ですか?体だけの女?あたしは貴方の排泄道具?


 …信じたくなかった…知るんじゃなかった…あんな現実。




1狂った桜…


2壊された月


1砕けた心は


3元には戻らない


1…桜が散った。


2桜が散った。


3闇夜に散った…。




餓鬼1、血に濡れた赤子を天高く掲げる。




全・コノ重ク冷タイ、肉体トイウ名ノ鎖ニ繋ガレタ魂ヲ解放セヨ。





 …愛されたかった…あたしは唯(じんわりと涙)愛されたかっただけなのに…。


 …誰にも誰にも渡したくはなかった。


薫、暫し惚け、ふと気づいたように顔を医師へ向ける。その眼はこの上なく寂しさと不安を映している。





 先生…ねぇ、先生?


 …いけないことですか?愛を…愛を求める事はいけないことですか?




 教えてください…ねぇ、先生…




1砂の城


2波に呑まれた砂の城


1跡に残されたのは


3空しき砂の残骸





 償いきれぬこの罪の鎖…解き放たれたかったのはあたし…。愛が欲しかったのもあたし…


 ほんとは…愛するよりも愛されたかった。




1ひとよの夢…


2ひとよの杯


3揺れる月影


1砕ける月





 不安だったんだ。


 心のどこかが乾いていて…仮そめだと判っていても、傷つくことが判っていても、


 愛を求めずにはいられなかった…。




 …先生?あたしは…あたしはなんで産まれてきちまったんだろう。


 こんな汚い人間…いらない人間!


 …誰も、誰もあたしの事なんて愛しちゃいないってのに。




 あたしは独り、いつも独りだった。なんで…なんであたしみたいな人間が産まれて来たの?!


 …ほんとは、あたしがいなくなるべきだったのかもしれないねぇ…(寂しげに微笑)。




天には優しい光を麗らかに落とす蒼月。


薫、月へ縋るように手を伸ばす、希望の宿る笑みを浮かべ…。




崩れ落ちゆく薫の魂を癒すように月影は静かに囁きかけている。

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「聲」イントロダクション 和紀河 @akikawashinobu

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