神アプリ曰く、私たち相思相愛らしいですよ?

真野真央/MF文庫J編集部

第1話

プロローグ


「翔ちゃん……ね、起きて? 朝だよ。起きる時間だよ……?」

 眠りから覚めようとする平日の朝。

 俺の耳に、聞き慣れた声が吹き込まれる。

 起きてと言うわりには小さい、起こす気ないんじゃないかとさえ思える囁き。

 甘く優しい声音は、俺の耳を甘噛みしそうなほどの至近距離から届けられる。

「もう、ねぼすけな翔ちゃん。困っちゃったなぁ」

 ぜんぜん困ってない、むしろ楽しそうな声。

 声の主は、ベッドで仰向けに眠る俺の上に跨り、体重をかけてくる。

「これでも起きないんだ。じゃあ、次はどうしようかな……?」

 つー……と、俺の頬を撫でる感触。

 馬乗りになっている彼女の――幼なじみの指先だ。

 彼女の指は、焦らすような速度で頬から唇へ。

 そのまま口内へ指を入れ、軽く唾液を掬い取ってからまた離す。

「ふふふ」

 笑い声は聞こえど、彼女が何をしているのかはわからない。

 なんせ俺はまだ眠っている――という体で、目を閉じているのだから。

 いや実際は半目でちょっと見てるけど。

 いや実はさっきからずっと起きてるんだけど。

 おもしろいから寝たふりしているのだが、いい加減に起きようかな。

「あんまりお寝坊だとぉ……目覚めのキスで、起こしちゃうよ?」

「いいぞ」

 即答と呼べるタイミングで、俺はパチリと目を開いた。

 自然と、馬乗りになっていた幼なじみと目が合う。

 彼女はまさかすでに俺が起きているとは思っていなかったのか、

「へ? え? えええ?」

 さっきまでの挑発的な態度はどこへやら、固まった表情で瞬きだけを連発している。

 俺は上体を少し起こし、腰の辺りに乗っている彼女の肩をがしっと掴んだ。

「ちょ、ちょ、翔ちゃん!?」

「キスして起こしてくれるんだろ? ぜひともお願いします」

「や、や、や! もう起きてる! ばっちり起きてるよ翔ちゃん!」

「いいや、まだ寝ぼけてる。キスしないと覚醒しない」

「お、おおおう……」

 ぐぐぐっ、とお互いの身体を近づけようとすると、強力な抵抗感があった。

「キスしちゃうよ?」とのたまった本人が、全力で俺から身を離そうとしているのだ。

 俺は力を抜く。

 瞬間、彼女は自転車が近づいた鳩のような勢いで飛び、ベッドの上から転げ落ちた。

 見事な受け身の後「うひゃあ!」とか言いながら床を転がり、部屋の扉まで移動する。

 そうして立ち上がった彼女――我が幼なじみ。

 火澄凛珠の顔は、真っ赤っ赤だった。

「あ、あわわわ」

 肩くらいの長さの髪。衣服はこれから登校するので制服。今朝はさらに、上からエプロンをかけている。一見地味だが、よく見るとしっかり可愛い。そんな幼なじみ。

 そして自然と目がいってしまうのは、彼女の胸部。

 エプロンで覆い隠してもまったく存在感の減らない攻撃的なバストは、動揺のためか小刻みに動いて――いや揺れていた。めっちゃ揺れていた。

「凛珠」

 名前を呼ぶと、凛珠の胸はびくぅ!とさらに跳ね上がる。

 さて、どうして彼女は赤面しているのだろう?

 女の子の顔が赤くなる理由なんて、一つしかない。「熱でもあるのか?」なんて空気の読めない質問はノーサンキューだ。んなもん「恥ずかしいから」の一言に決まっている。

 そう、俺の幼なじみの凛珠は。

 幼なじみとはいえ男の部屋に勝手に入り、寝ている男の身体の上に跨り、あまつさえ口に指を入れて唾液を掬い取り、キスして起こすとか挑発していた幼なじみの凛珠さんは。

 ヘタレていた。

 赤面どころか涙目になって、ぷるぷる震えていた。

「どうした? うろたえたりして。キスして起こしてくれるんじゃなかったのか?」

「…………じょ」

「じょ?」


「冗談なんですぅぅぅぅぅうううう!」


 凛珠は大声を上げて、俺の部屋から出ていった。

「……なにも叫ばなくてもいいだろうに。朝っぱらから」

 俺は幼なじみが開けっ放しにしていった扉を見ながら、けだるい身体を起こす。

 着替えよりも先に、と手に取ったのは、枕元のスマートフォンだ。

 大きな『L』の文字が象徴的なアイコンをタップし、あるアプリを起動させる。

 そのアプリの名は『L-Status』。

 通称エルステ。

 一種のSNSであり、若者を中心に大流行しているコミュニケーションアプリだ。

 ユーザー同士ならいつでもどこでも無料で電話やメールができる。

 なんてのはまあ、昨今ではあまり珍しくもない機能だが……他の類似アプリとの最大の違いは、アプリ名が示すとおりの『ステータス』にある。

 俺は『友だち』の欄から『火澄凛珠』を選択。

 すると、凛珠のステータスが表示された。


 火澄凛珠

【攻撃力】―――――100

【防御力】―――――0

【バイタリティ】――0

【メンタル】――――0

【テクニック】―――0

【幸運】――――――0


 相も変わらず、なんて極端な数字だろう。

 凛珠のステータスは、まあこれでいい。そこに変化は求めていない。

 俺は、画面内にある『相性度』と書かれた部分をタップ。

 表示された数字を見てため息をつく。

「……『1%』。本日も変動なし、ね」

 日課としている、幼なじみとの相性診断。

 半年前くらいに再会してから、一切変わっていない。

「毎朝ちょいエロな感じで起こしに来てくれる幼なじみがいるからって、そいつと相性抜群とは限らない。そういう話なんだよなあ、きっと」

 エルステはただのコミュニケーションアプリではない。

 その実態は、恋愛コミュニケーションアプリ。

 それも他の追随を許さないほどに信頼度抜群な、縁結びの神アプリなのだ。

 そんな神アプリ曰く。

 俺と、俺の初恋の女の子との相性度は、1%らしい。



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