曲がり角に、先には
芦苫うたり
先には……
私達が目的地を見失ってから、もう幾日になるのだろうか。
真っ暗にならない代わりに、昼間も薄暗い。いや、今では 昼夜さえ、もう区別できなくなっている。
それに、どんどん気温が下がって来ているように感じるのは 私だけなのだろうか。
チームの人数も、もう私を含めて10人しかいない。私も 誰かが誘ってくれたなら抜けようかと思っている。
この前から方位磁石も使えなくなった。
それも一つの原因だろうが、多分ストレスが溜まって眠れないのだろう。最近のリーダ、体の調子が悪そうだ。
■■■
あの日、授業中に鳴った やたらに大きな警報が切っ掛けだった。
担任の携帯が 何かを喚き出したが、ざわつく喧騒の中、その内容がサッパリ聞こえなかった。
教室から飛び出していった担任は、中々帰って来ない。
ただでさえ クラスで孤立している私になのに、更に教室の雰囲気が悪くなり、とても重苦しく感じて気持ちが悪い。
その時、私の名前が呼ばれた。
「メアリー・スーを呼んで頂けませんか」
声は、後ろドアのところから聞こえた。
彼女は同じ県住に住んでいる生徒だ。住所が同じで、3号棟と6号棟、数字こそ離れているが、実は隣にある建物だ。
学校ではクラスが違うため 滅多に会う機会がない。それでも、学校から帰ってからは よく遊んだり、一緒に勉強などもしている。
「どうしたの」
「このクラス、何をやっているの。『さっさと帰りなさい』って言われなかったの」
「担任の先生が 出て行ったまま帰って来ないの」
「じゃ、私と一緒に帰りましょうよ」
私は、その時 なぜ断ったのだろう。
担任は 結局、帰って来なかった。別の教諭が回って来て、ここの教室に生徒が残っている事が知れたのだ。
「こんな場所に まだ残っている生徒がいたなんて……」
私達は、『学生は携帯を教室に持ち込んではならない』という時代遅れな規則により、この時点で、既に『出遅れ組』になっていた。
もう 生徒など殆ど残っていないグラウンドに集められ「急いで帰宅しなさい」との指示が出たのは、最初の『携帯への緊急通報』が発せられてから2時間以上過ぎてからだった。
私達のクラス以外で残っていた学生は、クラブ活動や委員会などで、連絡が取れない場所にいた人達らしい。
クラス内グループで集まって すぐに帰ってしまった者達を除き、かなり残り少なくなった生徒の中から、比較的 住居の近い者が集められ、というのは学校側の言い分で、自宅方向が同じ者が集められただけだ。
当然だが、見知った顔など一つもない。
学年に関係なく 臨時のチームが組まれた。
私と全く接点も面識もない 臨時チームのメンバが教師によって決められていく。
「君はこっち。君は……そこのグループに。あっちのグループには人数が少ないから……」
どうも、こういう場当たり的に決められた集団というのは、コミュニケーション能力の低い私には 中々辛いものがあるのだが。
そんな事を配慮する余裕もないのだろう。
そういえば、教師達は どうするのだろうと考えたが、グラウンドの隅に駐車場があった事を思い出した。彼等は自家用車で帰るんだ。
心配するまでもなかったようだ。
普通に電車に乗って通うなら、20分も掛からない距離だ。しかし、当然のように それは動いていなかった。
それ以前に、もっと早く 私達は気付くべきだった。
それに気付いたのは、最年長であるという理由だけで選ばれた、無愛想なリーダではなく、とても人当たりの良い、上級生の女子だった。
「ねぇ、
「何が」
もう少し、優しく話せないのかな、この臨時設定のリーダは。
「この道は、幹線道路よね。他の人達はどうしたのかしら。さっきから、誰にも会っていないような気がするのだけれど」
「何だって!」
リーダだけでなく、全員が周囲を見渡した。
私は ガードレールから身を乗り出し、その先にある道路を見たが、私達以外には 人影が全く見えない。
そういえば この道路は、自動車の通行量が多過ぎて問題になっていたはずだ、さっきから全く出会っていないのは何でだろう。
空が、灰色に染まっている事に気付いたのもその女生徒だった。
「夕方なのに 夕日が差さないね」
そう私達の向かう先は、学校から見て西側なのだ。薄暗い空には太陽は無く、月ましたや星など全く見えない。晴れてたはずなのに。
道に迷ってしまった。
最初は、JRの線路沿いを歩いていたのだが、誰かが「このままじゃ、私の家から かなり離れた場所に行ってしまう」と言ったのが切っ掛けで、線路筋から離れてしまった。
なぜ あの時「私の家は線路の近くだから、このまま行くわ」と言えなかったのだろう。
「俺、この道 知ってるから」と先頭に立って 早足で進んで行った男子は、彼が角を曲がったのを見て 慌てて追いかけた私達を置いて、どこかへ行ってしまった。
角を曲がった先は 長い一直線の道路だったのに、その生徒の姿は見えなかった。「どんなスピードで走ったんだよ、あいつは」という言葉は、この場合正しくないと思った。
消えたのだ。
だが 誰もが、それを知ってて口にしない。
もちろん 私も話さない。
そして角を曲がる度に、先頭にいた生徒が消えていった。1人、2人、3人……どんどん消えていく。
それを分かっていて、先頭を走る生徒達もいる、もう我慢できなくなったのだろう。
その人達も もちろん、消えた。
休憩している場所の先、目の前に曲がり角が見える。
「お前は 行かないよな」と、肩に手を置かれて始めて気付いた。自分が腰を浮かしかけていた事に。
「うん。……大丈夫」
何が『大丈夫』なんだろう。
反射的に出た言葉は、静まり返った この場所には、皆に聞こえるほど大きく響いたようだ。
驚いたような顔をして、グループの全員が こちらに振り向いた。
その角は 皆で曲がると、特に何も起こらなかった。
全員が小さな溜息と吐いた。それが合わさって、とても はっきり聞こえた「ふぅ」と。
ザワリと全身の産毛が立ち上がったような 嫌な感触が残った。
電話が繋がらない。
呼び出し音すら鳴らない。だが これなら、僅かながら希望が持てる。通話中の可能性が無くはないのだから。
まぁ、殆どゼロの可能性なのだけれど。
我が家には母がいる、かも知れない。日本に働きに来てから色々なことがあって、家から出られなくなったのだ。
携帯も持っていないから、据置式の電話に繋ぐしか連絡方法がない。
会社に出勤している父とは、全く連絡が取れない。
携帯同士では、先に帰ったはずの 幼馴染との対話さえ出来なくなっている。この場所で『圏外』って変だよね。
どこかに公衆電話は無いのだろうか。
電波に問題があっても、ケーブルなら繋がるかも知れない。ひょっとしたら 母と連絡が取れるかも知れない。それを何とか もう一度確認して置きたい。
公園んの片隅にいあった公衆電話は機能していなかった。受話器を取っても待機音さえ聞こえないし、テレホンカードの挿入も出来なかった。硬貨も素通りだ。
予想はしていたが、こうも はっきり現実を見せ付けられては落ち込んでしまう。
もう、私達は人間として ちゃんと生きているのかさえ疑問に思う。
食料は コンビニやデパ地下で、勝手に取って食べている。
もちろん 店員がいないので罰する者はいない。料金など払いようがない。トイレも同じだ。
昼も夜も関係なく灰色の空では客観的に時間を計る事は出来ない。しかし空腹になる事で、もう何日も経っている事が、感覚的に何となく分かる。
これ以上 人数を減らしたくない。
周囲を調べる時は、必ず複数で行動する。
これは、誰が言ったのでもないが、いつの間にか決まったルールだ。というか、これが『暗黙の了解』ということなのだろう。
その日は2人で出かけた。もう1人も女子だ。
当然のようにデパートに入り 用を済ませた後、お菓子売り場に向かった。
もう、生物は食べられなくなったからだ。
適当なスナック菓子を選び、無造作に開封して口に放り込む。サクサクした感触が心地好い。
強い塩辛さが 不安に慄く心を癒してくれる。一袋を食べ終わって声を掛けた。
「ねぇ……」
特に用があったわけではない。少し話しをしてみたかっただけだったのだが……。
返事がない。
振り向いて、さっきまで一緒にいたはずの生徒を探す。
ここには 多くの仕切りがあって、直接は見えない場所がある。通路まで出て、左右を伺いながら進むが 彼女の姿は見えなかった。
まさか、消えた? こんな 道路でもない場所で。
少なくとも 今までは、こんな場所では 一度も消えた事などなかったはずだ。
これからは そうではない。と、そう言う事なのだろうか。このような仕切り程度でも、消えるようになったのだろうか。
じゃ、なぜ私が残ったのだろう。彼女と私は 何も違わない、同じ条件だったはずなのに……。
どこが違う、どこが違う、どこが……。
呆然と立ち尽くしていたようだ。
……少し落ち着こう。焦っても何も変わらない。
この建物は結構入り組んだ 角の多い構造をしている。とてもではないが『1人では』ここから出られない。
他の生徒が ここに来る可能性も……極めて低い。
ずっと同じ顔を見続けるのは もうウンザリ、暗く陰鬱な雰囲気もイヤ、それ等を避けるために目立たない場所を探し、選んだのが この建物なのだ。
私(達)が 帰らなかったら、探すだろうか。
いや、それは無いだろう。
せいぜい 2人でグループを抜けた、とでも思うに違いない。
鼻の奥がむず痒い。涙が出るのだろうか、何で今まで泣かなかったのかが不思議だ。私って結構 泣き虫なのに。
もうダメかも知れない。
■■■
気が付けばスナック菓子を食べていた。
美味しいなぁ。
あれ? ここに 家族で買い物に来てからどのくらい経ったのだろうか。
そう言えば最近になって時間の事を気にしなくなっていたような、そんな気がする。
周りが真っ赤だ。きっと夕方なのだろう。壁も柱も床に落ちている水溜まりも赤い。
ポツリと 頬を伝って落ちた雫、私は泣いていたのだろうか。それまで赤く見える。
まるで血のよう。
ここには お菓子が何種類も、一杯ある場所なので残念だけど、そろそろ 家族と一緒に家に帰らなくてはならない。
目の前に 赤い柱と曲がり角がある。
その先が待ち合わせの場所だ。遅くなったから、お父さんと お母さんが、もう私を待っているはずだ。自然に早足になってしまう。
角は直ぐそこだ。
「お母さ……」
曲がり角に、先には 芦苫うたり @Yutarey
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