復讐神。神様になりました

メガネ男爵

第1話 復讐相手

今日もハードな練習を終え、寮に帰る。

一刻も早く疲れた体に休息が欲しい。

いつものように鍵を開け、力なくただいまと呟く。その瞬間、ドタドタと足音が聞こえたと思うと激痛が駆け巡る。

目の前には黒いフードの人物。そいつはすぐに僕から離れいなくなった。

痛みで力も入らずその場に倒れこんだ。


そう、僕は死んだ。



***


気がつくと僕の見える世界は変わっていた。

全てが雲と光に覆われている。

僕は幽霊にでもなったのか?それともここは天国か?誰かに尋ねようと思っても人なんていない。何もない。

それでも、僕は自分における状況を知りたかった。その答えは目と鼻の先、真下に落ちていた。


「……これは手紙か?」


情報ならなんでもいい。すぐにそれを手に取り雑に封を破る。


『ここは神の世界。お前に神の力を与えた。今日からお前は神として過ごすのだ。どんなことでもお前には手が届くだろう』


手紙に書かれていたことをにわかには信じられんが、自分のおける今がそれを裏付ける証拠となっていた。

僕は、神になったんだ。誰がくれたものかは知らないがそいつに感謝しよう。

せっかく手に入れた力をどうするべきかと悩んだ結果、僕を殺した犯人を捜すことに使えるかもと思った。


「……復讐する!僕を殺した奴に制裁を加えてやる!!」


自分の意思を確かめるように胸に手を当てた。動かないそこはこの気持ちに拍車をかける結果を生んだ。そして雲をかき分けるように飛んだ。

厚い雲を抜けると地上が見えてきた。僕の知っている町並み、通っていた高校、住んでいた寮。なんだか懐かしい気持ちになった。



***


寮の前にはドラマやニュースでよく見る黄色いテープが張られ、その側に何人もの記者やカメラマンが集まっていた。

地上に降り立った僕を見るものはいない。

死んでいるから、神が元々目に見えない存在だからなのかは分からないが生きているものには認識されないらしい。

容易に暮らし慣れた寮に侵入し、事件現場である僕の部屋に入る。そこには何人かの刑事と鑑識と僕のよく知った顔がいた。


「貴方は事件のあった昨夜20時頃、どちらにいたのですか?」


「……その時間は近くを散歩してました。寮に戻りたくなかったもので」


刑事の質問に淡々と答えるそいつは僕と同室のルームメイトだ。小、中、高と同じ学校。友達……といった関係ではない。

この事件で真っ先に疑われるのはこいつだ。なにせ僕が帰ってきた時、部屋の鍵は壊されてなかったしこじ開けた形跡もなかったからだ。この部屋の鍵は僕とあいつしか持ってない。一番怪しむべき人物だ。


「君は野球部だろう?事件当日も遅くまで練習があったはずだが、顔を出さなかったのか?」


「昨日は体調が優れなかったので……。刑事さん。早く犯人見つけて捕まえてください!俺にとってあいつは掛け替えのない存在なんです!だから……だから早くッ」


その場に泣き崩れる姿を目に焼き付ける。こいつが嘘を言ってるとは思えない。それに、僕を殺す動機が無い。もし犯行理由が金目のものだったら寮の一室なんて狙わないし、ずっと同室の僕がそういった物を持ってないことはあいつが一番知っている。


「分かりました。では、彼に恨みを持っていそうな人物に心当たりは?」


涙を拭い立ち上がったあいつは刑事さんの顔をジッと見つめ、深呼吸のあと話し始めた。


「……それなら沢山いるんじゃないですか?あいつは1年の頃からうちの野球部のエースなんです。ピッチャーで4番。去年、甲子園で優勝できたのもあいつがいたからってちやほやされてましたし。そのせいで前の3年は最後の大会に出れない人もいましたし、今だって試合に出れない3年はいます。恨まれるならその辺かと」


「そうか……。よし、次は野球部の3年に聞き込みだ」


刑事は一礼すると、見張りの部下を1人残し部屋を後にした。

確かに、僕は入学してからというもの野球部のエースとして活躍してきた。先輩からよく思われてなくても仕方がない。でも、野球は勝負の世界。実力のあるものが試合に使ってもらえる。そんなことは先輩だって分かってるはすだ。分かってるからこそこの強豪校で野球をやってるんだ。これが理由で人を殺したら本当にバカバカしい限りだ。

しばらくその場を動かないあいつを置いて僕も部屋を出た。



***


さっきの刑事たちは野球部の部室に来ていた。話を聞くために先生を使って部員を呼び出したんだろう。


「君たち、昨夜20時頃はどこにいたかい?」


先程と同じ質問を部員にぶつけている。彼らは顔を見合わせ、少し不機嫌な様子で口を開いた。


「俺らは部室で喋ってましたよ。俺ら全員がアリバイの証人だ。刑事さんは俺らを疑ってるんすか?」


「いや、これも仕事なんでね。君たち3年は2年の彼にポジションを奪われた人だっているんじゃないのかい?」


「奪われたって……。あいつは去年から当時の3年のポジション取ってましたから、別に奪われたわけでは。それに試合に出れないのは俺らの実力不足ってだけっすから」


先輩の言葉に感銘を受けてしまう。正直、僕自身も先輩からは嫌われてるものだと思っていた。死んだ後でそんな気持ちを知ることになるなんて……。もっと向き合うべきだったかもな。


「では、恨んでる人はここにはいないと?」


「そんなの当たり前っすよ。早く桜……悠樹ゆうきを殺した犯人捕まえてくれよ?」


刑事は小さく笑うと一礼しその場を去った。あの後を追うように僕も立ち去る。

ここまで先輩に想われていたことには驚きを隠せないが、今は犯人だ!この中に……いや、外部犯って可能性だってまだあるかもしれない。必ず見つけ出す!



***


事件捜査から1日が過ぎた昼間、それは起こった。僕の死んだ部屋でまた。


「なんで……あいつが」


「……首吊りですか。それに遺書も。まだ断定できませんが決まりでしょう」


昨日まで普通だったあいつの変わり果てた姿。刑事は遺書の内容からあいつが僕を殺し、その罪に耐えきれず自殺したと結論付けたようだ。

本当にあいつが僕を殺したのか?もし違うならなぜ自殺する必要がある?

こんな残念な形で僕の復讐劇と事件は終わった。



ーーーー終わらなかった。


あいつの自殺の数時間後、1人の少女が僕の通っていた高校の教室で首を吊って死んだ。

事件が終わったと思っていた刑事たちにも焦りの色が伺えた。

こうなってくると殺人の線も出てくるからだ。


(あの子……僕と同じ制服だ。ネクタイの色からして学年も同じ)


彼女が僕の死と関係があるとは思えない。なにせ繋がりが一切無いんだから。

この自殺はタイミングが悪かっただけの別件。僕の考えは見事に刑事と重なった。


「それなら、やっぱり僕はあいつに殺された。それで……終わりでいい、か」


きちんと復讐出来なかったことが悔やまれるが致し方ない。普通はそう思うだろう。

でも、僕は神になったんだ。万物を超えた存在だ!なぜあいつが自殺したのか。本当に僕を殺した責任からなのか。そもそも、あいつは人を殺そうと考える奴じゃない。僕よりもずっと頭が良いんだから。

僕は神の信じがたい力、時間移動で過去に戻った。

まぁ、死んだ後までしか戻れないみたいだけど。



***


つい昨日見た取り調べ。あいつが生きている。

刑事が3年に話を聞きに部屋を出た後も僕はあいつを見張る。

うな垂れた様子で甲子園で優勝した時の写真を見ている。


「なんで……なんで……」


あいつを見張ることに精一杯になっていた僕はそれに気づかなかった。

いつの間にか見張りの刑事が伸びていた。

その時の大きな音が僕とあいつの注意を引きつけた。


「……お前。……どうしてここに」


「どうしてって……ゆうちゃんがいたからに決まってるでしょ?」


同じ高校の制服を身にまとった少女は呆れたような表情を浮かべていた。

この子はあいつが自殺した後に首を吊った子だ。


「ゆうちゃん、生きてたんだね。あの後すぐ死ななかったのは正解だったよ。ふふふ」


不気味に張り付いた笑顔は死んでいる僕でさえも悪寒のようなものを感じるほどだった。


「ど、どういうことだ……!?まさか、お前……」


あいつの恐怖の混じったような動揺がこちらにもひしひしと伝わってくる。

それらが意味するものは頭の弱い僕でさえも容易に気付くことができた。


「そうだよ?私が殺したの。桜庭くんのこと。……ごめんね?」


犯人がにこにこと自供した。やっと判明した、僕の復讐相手が!


でも、どうしてあの子が僕を?なんの接点もない彼女に動機なんて無いはずだ。


「どうして……どうして殺したんだ!?」


あんな風に怒ったところ、久々に見た気がする。僕のために怒ってくれてる、それはすごく嬉しかった。


「……だってゆうちゃん、桜庭くんとーーすっごく似てるから。間違えちゃった」


ーーーー間違えた。たったそれだけの理由にもならない一言が頭の中を回り続ける。

彼女の本当の目的は僕ではなくあいつーー悠人ゆうとを殺すことだった。僕は、ただの代わり……。


「そんな……なんで……」


膝から崩れ落ちた弟を呆然と見ていることしか出来ない僕と、笑顔を曇らすことない少女。


「私のせいにしないで?あの時、ゆうちゃんが居なかったのが悪いんだよ?ゆうちゃんから呼んでくれたのに」


「…………」


弟があの子を呼んだ?何のため?

弟は話について行けてないのか、はたまた動揺で聞こえてないのか、表情も変えず少女の闇だけを捉えてるかのような瞳を見つめているように思えた。


「それに、ゆうちゃんが悪いんだよ?私は去年からずっとゆうちゃんが好きで好きで好きで好きで堪らないのに、ぜんっぜん振り向いてくれないんだもん。いっつも野球ばっか!だからパパに頼んで交通事故まで起こしたのに辞めてくれないし!!私はずっと一緒にいたいだけなの!だからもう、ゆうちゃんを殺して私も死ぬ以外に選択肢なんてないの!!」


弟の顔色が一気に青ざめる。僕を殺しただけじゃない。こいつには弟から野球を……右脚を奪った罪が元々あったんだ。

フラッシュバックするあの日のこと。弟が現実から目を逸らさずマネージャーに転身した日のこと。



『……悠人、生きてたんだな。良かったよ』


『勝手に殺さないでくれる?』


『……その、足……』


『そんな顔すんなって兄ちゃん。俺、野球辞めるつもりないから。プレイは無理でもサポートなら出来るしさ』


『……そう、だよな。ありがとう。お前の分まで頑張るよ』


『ーーーー』


記憶の断片が表に溢れ落ちて来たのと同時に沸々と怒りが心の奥底から込み上げ、頭ではすでにどう復讐するか、それだけが巡り巡っていた。


「…………俺が死んだら、千里ちさとも死ぬのか?」


「当たり前でしょ?ゆうちゃんのいない人生なんて死んだも同然だもの」


時間を戻る前に見た結果が原因と繋がった。弟はそのために自殺を……。

でも、それは間違ってる。僕がここであの子を殺せば全て解決する。元々そのつもりだったはずだ。


「そうか……。分かったよ。僕は君と生きるよ。だから……今はここから出て行ってくれ。好きな奴の言うことくらい信じられるだろ?」


「もちろん!あぁ、一緒に生きていくだなんて。今日をゆうちゃんと生きることを誓い合った記念日に認定するわ。ふふふふ」


鼻歌を歌いながらご機嫌斜めになった犯人がスキップで部屋を出ようとするのをジッと見ていた。

すぐにでも飛びかかって首でもなんでも締めてやろうとも思った。だが、躊躇した。

どんな理由があっても殺しは犯罪だ。僕が神様だったとしても、法で裁く事が出来ないとしても、そんな殺人鬼に成り下がった兄貴を弟は慕ってくれるだろうか。

躊躇ちゅうちょしている間に少女はいなくなっていた。

弟はいそいそと死への準備を進めていた。


「僕がやるべきことは復讐じゃない!弟を守ることだ!」



***


これで何度目だろうか。ロープを奪い取っても首にかかったロープを解こうとしても何故か助ける事が出来ない。神様はなんでも出来るんじゃなかったのか!?

時間を戻せる今の僕なら弟を救うことだって出来るはずなんだ。

あらゆる方法を使ってでも絶対に助け出す!

意気込みを新たに弟の死体を見下ろした。

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