第17話 きぃちゃんの行方



私には、どうしたらいいのか全くわからなかった。

あの日、何が起こったのかを思い出しても、小学3年生の私には、何をどうしたらいいのかわからなくて、ただ、「誰にも言ったらいけない」ということだけを守り抜かないといけないと思っていた。

それは、おじさんとの約束とともに、母との約束をも守るということに繋がるんだと思っていたのだった。

「誰にも言ったらいけないよ」と言われたことをきぃちゃんに話してしまったけれど、それを知るきぃちゃんがいなくなり、あの日のことを知るおじさんから「誰にも言うな」と言われ、これで母の言いつけを破ったことを母に知られることもなくなったと、少しだけホッとしたことも事実だった。

 ケンちゃんの家で見つけた「こわいおはなし」は、間違いなくきぃちゃんのものだ。

見覚えのある裏表紙の角の傷や、おろちのところに開き癖がついていることや、何より私があの日に見た本と同じものだと、私自身の勘がそうだと言っている。

 この本を持っていることを、きぃちゃんのお兄ちゃんに知られてはいけない。

「どうしたんだ?誰の本だ?みーこも持ってたのか?お母さんにそうかと聞いていいか?」

きぃちゃんのお兄ちゃんに聞かれても、私にはどう答えていいのかわからなかったし、母にも誰にも知られたらいけない。知られたら、全部ばれてしまう。

 家はボイラーという湯沸かし器を使っていたが、それは石油や薪を燃やして温度を上げることもできるもので、山林を持つ家では、どこもそれを使っていた。

薪を自分の家で用意できるので、安く使えるからだ。

 私は、何度かそこの薪に火がついているときに、「こわいおはなし」を燃やしてしまおうかと思ったけれど、どうしてもそれができなかった。

これは、きぃちゃんがとても大事にしていたもので、これを燃やしてしまったら、なんだかきぃちゃんを捨てるみたいで、私にはどうしてもそれができなかった。

 家に置いたままだと、いくら隠しておいても見つかるような気がして、私は本をノートに挟んで、パッと見ただけではそうだとわからないようにして、毎日ランドセルに入れて学校に持って行っていた。

きぃちゃんはいなくなってしまったけれど、この本を持っていることで、きぃちゃんといつも一緒だと自分に言い聞かせることにも成功していた。

 私はとことん、自分に都合のいい子だった。


 あの日に何が起こったのか思い出しても、わからないことが一つだけあることは確かだ。

きぃちゃんはどこにいったのかだ。

私はいつも考えていた。きぃちゃんがいなくなった、いろんなパターンを。

おじさんは確かにきぃちゃんに何かを言っていた。

家に帰らなかったのだとしたら、どこにいったのだろう・・・

 まず思うのは、きぃちゃんは河原へ行ったんじゃないかということだ。

河原で石投げの練習をしようという話になったんじゃないか。

そうだとしたら、練習しているときに川に入って溺れてしまったのか?

でもきぃちゃんも泳げたし、川は慣れているので、どこが深いのか、どういう流れが危険なのか、泳げるほど綺麗な川の近くに住む私たちは詳しかったので、それはないんじゃないかなと思う。

 ならば、練習した後に家に帰る途中で何かあったのか・・・

でもあの日は、私が倒れててどのくらいの時間が経っていたのかわからないけれど、救急車がきたり、きぃちゃんがいないってことで警察も来ていたわけで、そういうときに人さらいとかないだろうなと思うし、そもそもと言ったらだけど、「こわいおはなし」が、おじさんの家の小屋にあったことには意味があるんじゃないかと思う。

 きぃちゃんは、自分の足でどこかに向かった。それが一番しっくりくる。

そしてそれは、おじさんの家なんじゃないか?

もしかしたら、きぃちゃんはおじさんが私にしたことを目にして、おじさんに何か言ってしまったんじゃないか、それは「お父さんに言う」とか「みーこちゃんちのお母さんに言う」とかだ。

 私も気は強いほうだけど、きぃちゃんの気の強さはそれ以上だと私は思っている。

言われて困ることには違いないと思うので、おじさんはきぃちゃんを家に連れてって閉じ込めてしまったんじゃないか。

 私が放っておかれたのは、私もきぃちゃんを落とそうとしたことで、「誰にも言うな」と言いつけられたことは守ると思われたんじゃないかと思う。

おじさんは、私を逆さまにして穴の中へ入れて落とす真似をした。

では、きぃちゃんはというと、きぃちゃんだけは何も悪いことはいていない。

 きぃちゃんを家に連れて行って、小屋に閉じ込めたんじゃないか・・・

「こわいおはなし」が小屋にあったことから、私の考える結末は、そこに行きつくことばかりだった。

 おじさんは引っ越して行った。

じゃあ、きぃちゃんはどこに行ったんだろう?

一緒に連れて行かれたのか、それとも小屋にまだ閉じ込められているのか、それともどこかに置いてこられたのか・・・

どこかに置いてこられたとしたら、どこだろう?

 そこまで考えると、私の考える「どこか」は、いつも・・・あの穴に向かうのだった。

きぃちゃんは、あの穴に落とされて、それがいつか見つかったら、私のせいにできる。

おじさんは、もしかしたらそう思ったんじゃないか・・・

 私はよくそう考えることが多くなって、ますますあの日のことを「言ってはいけない」という言葉と相まって、誰かに話すことができなくていた。

 そして、私は自分が「いい子」になることで、自分がきぃちゃんに何かしたんじゃないかと疑われることがなくなるだろうと思い、勉強も頑張ったし、いいつけも守るようにしたし、先生のお手伝いもいっぱいやるようにしたし、私が思う「いい子」でいるように心掛けてきた。

 そして、私は「何も思い出せないまま」中学生高校生と、優等生と呼ばれる時間を過ごしたのだった。

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