そんな都合の良いイケメンは、この世のどこにも居ない?
葵君の契約交際? の話を受けてから、私はもやもやとしていた。まるで人を奔放なのだと年下に馬鹿にされた様に感じたし、そもそもが失礼な話だったからだと思っていた。
けれど、それは大きな間違いだった。
私は、きっとずっと葵君の事を気に入っていた。
バイトながらも仕事をしっかりとして、酔っ払いの私の話を笑顔で聞いてくれて、私はあのお店とセットで葵君を気に入っていたのだ。
しかし、葵君のあの発言で私のお店での世界は脆くも崩れた。私はお気に入りが汚された様な気持ちで憤っていたんだ。そこに、葵君の本当の人柄や気持ちを思いやる隙は入っていない。
まるでおもちゃ箱をひっくり返されて拗ねて泣いている子供の様に。現に私は拗ねて、葵君の本当の気持ちも後回しにして、只憤っていたのだ。
勿論、葵君の誘いに喜んで乗る人だっているだろう。
けれど、私はめぐが言った通り、人間関係クラッシャーを自然と発揮した。葵君の笑顔が本当のものなのか営業のものなのかを気付いていたくせに無視していた。
気に入っている癖に、遠ざける様に働きかけていたし、そうしようと決めていた。それなのに、目の前で彼が居なくなるかもと思った途端に惜しくなるなんて、自分の身勝手さに辟易する。
そして、今だって私は相変わらず葵君をきちんと見てはいないのかも知れない。彼は何を言われるのかと酷く怯えているのに、反対に私は笑顔なのだから。
「やり直し……? 」
「そう、やり直ししてくれない? 付き合いたかったなんて初耳だったけど……もっとやりようがあったと思うんだよね。偶々だったとはいえ、彼女達を使わずに、もっとこう……なんて言えば良いのかな。……私を惚れさせる行動をして欲しかった」
そう私が言えば、葵君の頬が少し赤らんで、私は表情に出さないまでも、かなり驚いた。こんな、まだ少年らしさの残る彼だったとは気付きもしていなかったし、見ようともしていなかったのだ。
私の『気に入っている』は、所詮そんな程度なのだと、改めて突き付けられた様だった。
「だって、真奈美さん。本気で好きになった人が居ないんですよね? ……恵さん以外で」
そんな話まで彼の前でしていた事を思い出し、私は自分の頬を叩きたくなる衝動を必死で抑えた。何をぶっちゃけているのだ、私ったら! ……でも、こうなったら恥の上塗りぐらい何てこと無いよね?!
「だから、惚れさせるぐらいで行って欲しいんだってば。だって、ちゃんと人となりを知りたいって思ったの、葵君が初めてなんだよ? これって凄い進歩じゃない? 」
「進歩と言うか、それって脈ありみたいな……」
「うん? 」
「……いえ」
葵君の言葉が尻すぼみに消えて、最後がよく聞き取れなかったのだけど、葵君は答えてくれないらしい。
仕方ないので、私は話を戻す事にした。
「それで、やり直しなんだけれど、」
「ここで、告白しろとか言い出しませんよね? 」
葵君はちらりと周囲に視線を向けて、私も釣られて辺りを見回す。
私達を見ている人はいないけれど、足早に通り過ぎる人や待ち合わせなのか結構人がいる。こんな中で告白なんて、どんな罰ゲームだろうか。
でも、残念ながら私の考えていた事とは程遠くて、思わず笑いが込み上げる。
「違うよ、私の『やり直し』はね……」
その後、私が笑いを堪えているのを怪訝そうにして見守る葵君に、そっと耳打ちをした。
ーーーーーー
「ばっかね〜。そこは嘘でも付き合おう! って言う所だったんじゃない。勿体な〜」
「そう? だって、きちんと順序立てするのも良いと思ったんだもん。それに、当分男男言うなって言ったのめぐでしょ? 」
「そこで素直に私の言う事聞かないでよ。寧ろ破ってよ」
「だって、私葵君の事なーんにも知らないんだもん。お店での彼しか知らないから、また減点方式とやらを発揮したらどうするの? めぐも私ももうここには来られなくなるんだよ? 」
「私は何のしがらみも無いから普通に来るわよ。来れなくなるのはあんただけ。残念でしたー」
「あの、本人の前でそう言った話します? 普通……」
めぐと私が会話していたのは、勿論いつものあのお店で、必然的に葵君がカウンター内で作業している。
その前で私達は明け透けに会話をしていたのだけれど、葵君は何とも言い難い微妙な表情をしている。
お店の中だというのに、珍しい表情だ。また新しい葵君を発見したかも知れない。
私はそう思いながらも、マスターにソルティドックのお代わりを頼んだ。
「見てみなさい、真奈美。こんな、若くて! イケメンで! そんな子が嘘でも付き合おうなんて言って来たなら、食い気味に行かないとこんなどうしようもない呑兵衛を嘘でも良いと言ってくれる人が今後現れるか分からないって言うのにっ。……2度とないチャンスかも知れなかったんだよ?! 」
「嘘でも?! めぐはさっきから私を何だと思って発言してるの?! 」
葵君だって、単なる爽やかイケメンでは無いし。あの困った彼女達を使う様な非常な面もあるんだからね?!
「恵さん、良いんです。確かに僕の気の引き方が下手だったんだなって今なら分かりますから。それでもこうやって真奈美さんがお店に来てくれるだけで、嬉しいですし」
葵君が儚げに微笑めば、めぐがじろりと私を睨む。確かに、めぐには軽く事情説明をした。困った子達を大人しくさせたいから偽装交際して欲しいと頼まれたと。
……そのまま過ぎて説明は少なく済んだけれど。
だからって、何故葵君の肩を持つかな?!
「葵君。葵君にはきっともっとお似合いの子が現れるっていうか、周りに沢山いるでしょう? いくら真奈美がこんなだから頼みやすいからって、頼む相手はもっと慎重に選ばないと」
「こんなってどんな?! だから、私は1つずつ段階をねぇっ 」
私が声を荒げると、めぐはそれはそれは意地悪い笑顔で私に言い放った。
「段階踏もうとしてるのってあれじゃない? 脈ありって事じゃないの? 良いの、葵君。こんなのに大事な役頼んだりして。食べられちゃうかも〜、なんて」
なんちゅー事を本人達の目の前で言ってくれるのだろうか! めぐのそれは明け透けを通り越して只の意地悪にしか思えない。
そう私が言い出そうとすると、めぐがニヤニヤしながら私から葵君へ視線を移すものだから、私もつい其方を見てしまう。
「どちらでも構いません。食べられようが、僕が食べようが。ね、真奈美さん? 」
その言葉に、私どころかめぐまでぽかんとしてしまい、開いた口が塞がらなかった。
確かに、私の『やり直し』は、お店で以前と同じ態度で。でも、私を惚れさせてみて、そうしてから改めて付き合おうというものだった。……そう言った筈だ。
そして、私はいつもの平穏を取り戻そうと浅はかにも思っていたのだ。ついさっきまでそれは上手く行っていた……様に見えていたのに、見事に作戦は失敗に終わったらしい。
「……葵君って、結構肉食? やるぅ」
まためぐが意地悪な事を言って心底可笑しそうに笑う。けど、私はそれを咎める気力は無かった。
「僕、草食に見えますもんね。よく言われます。でも、結構狡い所は狡いんですよ? 」
そう言って笑う葵君の笑顔はちょっと意地悪で……でも、裏が無い様に見えて、それを案外悪くないと思っている自分に気付いてしまったから。
私、もしかしてとんでもなく恥ずかしい約束しちゃったかも??
まるで、最初から好意があるみたいな。それを葵君の気持ちをしっかり確かめたい、みたいな我が儘さえ垣間見える。
葵君、それ気付いて無いよね?!
私をそっちのけで会話を続けるめぐと葵君。
マスターから運ばれてきたお代わりのグラスの氷がからんと軽い音を鳴らして、内心焦る私にはそれがやけに鼓膜に響いた。
どうか、彼が気付いていません様に!!
そんな事を祈る私に、彼はにっこりと営業じゃない笑顔を向けて来て、私は更に焦るのだった。
おしまい
ーーーーーー
後書き
ここまでお読み頂きありがとうございました。現代ものの恋愛は初めて書いたので、葵君の腹黒さが表現出来ていたら本望です。
この後はデート編などおまけを投稿しようと思っております。宜しければ是非読んで頂けると嬉しいです!
そんな都合の良いイケメンはこの世のどこにも居ない! 芹澤©️ @serizawadayo
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