第2話 新しい始まり

 一方の瑞池はと言えば、メールの主に呼び出されて本館屋上を訪れる。

(あれ? でもここって普段から鍵が掛かっていたような……)

 そう思いながらも、屋上に通じるドアノブを動かすと、あっけないくらいに簡単に回る。

がなんかしたんだろうなー)

 それ以上の思考を止めたのは彼らしいと言える。

勢いよく開くとその隙間を逃すものかと太陽光線が差し込んでくる。

「あっつー」

 秋になったと言っても、あくまでそれは暦の話。

 燦々と降り注ぐ太陽や、それに熱せられたコンクリートから感じられる感覚や匂いからは、まだ秋は遠いと言っている。


「こんな感じになってるんだ。屋上って」

 考えてみれば、屋上に入ったのは初めてであったことに気づく。せっかくなので、と少し興味を持ってキョロキョロと見渡す。

(この校舎ってできて何十年も経つはずだけど、?)

 そんなことを考えていると、呼び出しの張本人に思考を遮られる。


「やっと来たわね」

 言葉よりも、まずその細いフレームの眼鏡越しに突き刺さる力強い視線を感じ取る。

 如月高校の女子制服をこのクソ暑い中で第一ボタンとリボンをしっかりと装着し、背筋どころか爪の先までピシッと伸ばした姿勢はまるで学生と言うよりも軍人だ。

 いや、瑞池はそのくらいのことは、

「いや、急すぎるだろ。美影みかげさん」

 美影さん、と呼ばれた少女は、そう聞いてもなおも不満そうに鼻を鳴らす。

 黒い髪をショートボブの髪型にセットして、細いフレームの眼鏡をかけた少女は、香坂美影こうさかみかげ

 瑞池が自転車一人旅をしているときに行き遭った一つ年上の少女である。


「遅いわよ。私、忙しいか忙しくないかと言われたらそれなりに忙しいのだけど」

 ちなみに、メールをもらってからまだ五分ほどしか経っていない。つまり、彼からすれば誹りを受ける謂れはない。

 しかし、そんなことを面と向かって言えば殺されるに違いないので、やんわりと多少の皮肉スパイスを込めた、無難な言葉を選ぶに限る。

「いや、走ってここまで来たことに対して、俺に何か言うことがあるんじゃないかなー、なんてさ」

 その言葉にフム、と彼女は少々考え込む。

「廊下は走っじゃダメでしょ」

「理不尽!」

 これ以上突っ込んで持っても、労いの言葉など出てきそうにないため、話を進める。


「えっと、なんだってこんな真似を?」

 その言葉に深くため息をつく美影に瑞池は戸惑う。

 その反応すら予想していた様に、さして驚くこともなく言った。

「アンタにはどうも危機感というものが足りないようね」

 何故そんなことを言われなければならないのかわからない瑞池は「何で?」と聞き返す。

「言わなかった? アンタの の問題が落ち着くまでは、如月町このまちに近づいちゃダメだって」

 確かに言われていた。

 夏休みを丸々食いつぶしたあの忌まわしき「事件」の終わるとき。

 彼女の口から直接言われたことは流石の瑞池でも覚えていた。

 しかしーー、

「いや、だって、始業式ぶっちぎったらマズイじゃん」

「だから危機感が足りないと言ってんの!」

 当たり前のことをーー、当たり前のことだからこそ美影は声を荒げて叫ぶ。

「いい? アンタは図らずもトンデモナイ爆弾を背負い込んでるの!

 私だっていつまでもアンタに世話を焼くなんて気軽に思わないで欲しいのよ!」

「な、何か怒ってる?」

 一方、何故怒っていないのか分からない瑞池は、余計に刺激してしまった。

「怒ってる!」

 そこまで話して、彼女も怒鳴ることの非効率性に気がついたのか、大きく息を吐くと少し落ち着く。

「……確かに、使じゃないアンタにこんなこと言っても理解しにくいのは分かるけどね」

 美影はそこは一応配慮してくれている。

 しかし、それは見過ごせないこと、譲れないことがある、と暗に言っていた。

忘れた訳じゃないでしょう?」

「そりゃあ……まぁ」

 忘れられるはずもない。

 あれ程に新鮮かつ刺激的かつ衝撃的な夏休みは今までに無かったと断言できる。

 あの夏休みを切り抜けられたのは奇跡と呼んで良いだろう。

 瑞池としてもアレがずっと続くというのは、あまり好ましくない。


「本当はこのまま如月から離れるというのが自然で良かったんだけど……」

「ちょ、勝手なこと言わないでくれよ……」

 高校に入るために相当苦労した瑞池としては、正直言うとそれは困る。

「まぁ、この前はアンタは被害者だったし、そこまで要求するのも酷かもね」

「……」

 なぜだろうか?

 先程と打って変わって、急に物分りが良くなり、瑞池を気遣うような言葉が所々に混じる。

 本来ならば喜ぶ展開のはずであるが、瑞池には不気味なモノを感じずにはいられなかった。

 その予感の正しさを証明するように美影は宣言した。

「と言うわけで、アンタには『学内奉仕部』に入ってもらいます」

「え?」

 どう言うわけなのか分からない瑞池は思わず聞き返す。

「アンタには『学内奉仕部』に入ってもらいます」

「いや、聞こえなかったわけじゃない!」


 その存在はこの学校に在籍している生徒であれば誰でも知っている。

 学園奉仕部。通称、奉仕部。

 如月高校創立時から存在する「何でも屋」であり、校内の清掃や各委員会の補助などをこなす影の軍団である。

(とは言っても、今は部員はいない休止状態だと聞いてたけど……)


「知らなかった? 私、ここの部員なのよ」

 初耳だった。

 学園奉仕部が現在活動していることも、

 香坂美影と言う先輩がそこに所属していることも、

 あまつさえ、そんな怪しい活動に巻き込まれようとしていることも。


「え。 いや、ちょっとめんど……、もとい荷が重いと言うかーー」

「今、『面倒臭い』と言いかけたな」

 適当なことを言って誤魔化そうとするも、美影は強く指摘する。


「残念だけど、アンタに拒否権はないの」

「理不尽⁉︎」

 そんな瑞池の叫びは一切無視して淡々と説明を続ける。

「いい? さっきも言ったけどアンタには『爆弾』が取り付けられてるの。

 それを、私が無理くりに封じてる状態なのよ」

 ビシ、と音が出そうな言葉だった。

「そんでもって、他ならともかく、如月はマズイのよ。ここは世界でも有数の規模を持つ大結界グレートワンダーが展開されている」

 意味は今ひとつ理解できないが、「グレート」という言葉に「なんか凄いんだろうなぁ」と人ごとの様に考える。

 瑞池の英語力ではこの辺りが限界だ。


「こんな爆弾抱えてやってきたと思われたら攻撃対象にされるかもしれないし、そうでなくても複数の不思議が絡まったこの場所は私の封印も絶対じゃない」

「えっと……つまり」


 続きを聞くのも恐ろしいが、聞かないわけにもいかない流れだった。

「このまま、如月に何度も訪れていれば、どう言う経路をたどっても、貴方と言う人間は消滅する」

 想像の斜め上を行くような恐ろしい言葉だった。

「でも、方法は無くはない」

「え?」

「私が一日一回、封印を調律すれば、先ほどあげた問題点は全て解消される。

 ひいては日常生活を送ることができるということ」


 提案じみた語り口であるが、間違いなく強制であることは分かる。

「ち、ちなみに俺がここで断っちゃうとどうなるの?」

 その言葉に、彼女が一年に一度見せるかどうかの会心の笑顔を瑞池に向ける。

「その決断が賢明か愚かかと聞かれたら、とても暗愚だと私は思うわ」


 ……美影の言葉は瑞池には少々難しすぎるが、死ぬより酷い目に遭うと言う、とこの笑顔が言っている気がする。

 これでは強制というよりも脅迫だ。


「嗚呼、僕の穏やかな日常は何処いずこへ……?」

「諦めたほうがいいわ。第二神秘セカンドワンダーと融合したときから、アンタに穏やかな未来なんてありえないんだから」


 そう、彼が夏休みに出逢ったのは目の前にいる香坂美影だけではない。


 世界に残された最大の不思議である七大神秘の一つである第二神秘ーー竜。

 世界各国にその伝承が受け継がれた最強の霊獣。

 彼は図らずも世界最大級の不思議を呑み込んでいる。


 ーーせっかく日常に帰ってきたばかりだと思っていたのに。

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