第24話 冬のはじめ -その3-

「見えてきたよ」


 明日香が湖に浮かぶ鳥居を指差した。遠くからでもその朱色がはっきりと判る。

 派手な装飾の遊覧船に揺られ芦ノ湖あしのこを縦断し、恋愛にご利益があると言われる神社に向かっていた。

 湖上の寒気を嫌ってか甲板には人が少ない。だから彼女は人目を気にせずにはしゃいでいる。

 ――その様子を見ながら慎太郎はまだ、悩んでいた。


 神前での祈願の時。


 自分はなんて願えば良いんだろうか――。


 そう考えると自分の欲求の在り方に嫌悪し、漠然と明日香の幸せを願う事にした。

 すると、また疑問が湧く。


 明日香の幸せ、って何なのだろうか――。


 改めて考えてみようとした、その時、


「慎太郎は何てお願いした?」

 と、彼女が尋ねてきた。


「明日香が教えてくれるなら教えるよ」

「私は……『二人が幸せでいられますよに』だよ」


 照れながらそう明かす彼女の姿に、慎太郎は胸の痛みを覚えた。


「はい、言ったよ?」


 明日香は笑顔で催促する。慎太郎も応えるように笑った。


「明日香の幸せを願ったよ」


 不格好に悩んだ末の事だが、確かに真実だった。

 すると、明日香の握る手に僅かに力が籠った。


「それなら……もう叶ってるよ。私は慎太郎と一緒なら幸せだよ」


 それが最良の選択ではないという事を、慎太郎は分かっていた。


 それは……俺が明日香に選ばせた答えだ――。


        〇


 車窓から見える朧気な風景をぼんやりと眺めながら、慎太郎は薄らと旅を振り返っていた。

 持って帰ってきた思い出はひどく重く、消化に良くはなかった。


 明日香の愛を知れば知る程に、自分が彼女の愛に相応しくないと感じる。

 明日香への愛を自覚すればする程に、自分が彼女に相応しくないと感じる。


 夢の中で旅の続きを楽しんでいる彼女の隣で、慎太郎はある決心をした。

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