第10話 六月のとある金曜日
不安な色の曇り空。いつ雨粒が落ちてくるか分からない。
屋外で本を読むのには少々抵抗がある。しかし早く読んでしまいたいと、いつもの場所で本を開いていると、彼が現れた。
二人は顔を合わせ、目礼し合った。
直後「あの」と声が重なる。
譲り合った末に彼から話し始めた。
「自己紹介がまだだったなって思って――俺は大坪慎太郎です。経営学科の二年です」
「雪村明日香です。文学科の二年です」
直接会えたのだから返金するのに問題は無かったが、
「それで、雪村さんの方は?」
「私も、昨日お名前を聞かなかったと思って……」
「あ、そっか……ここ、良いかな?」
向かいの席を示してきた彼に、明日香は頷いた。
あの、と再び声が重なる。今度は素早く彼が譲ってきた。
明日香は鞄から取り出した封筒を彼へと差し出す。
「お借りしたお金です。ありがとうございました」
彼は中を確認すると、紙幣を一枚抜き取り明日香に差し出した。
「一枚多いよ」
「いえ、それは――本と、昨日の昼食の御礼です」
昨日の今日とはいえ、不意に誰かに助けてもらう事に慣れていない明日香は、この様な場面での御礼の方法が思い付かずにいた。なので、思い付くまでは、とりあえず千円多く入れておこう、と備えていたものだった。
「理由は分からなくもないけど、受け取れないよ」
彼は優しげにゆっくりと首を振った。
「どっちも自分が勝手にした事だし、昼食は一昨日のお詫びだからさ」
「いえ、そんな……昨日は助かりましたし……」
彼の言い分は分かる。しかし明日香も、戻された千円札を受け取る事ができなかった。
わずかな風に、押し付け合わされた紙幣が暴れ出す。
すると、彼は紙幣を指で押さえつけながら、とある提案をしてきた。
「だったらさ――」
〇
「美術館に誘われた?」
驚きのあまり恭子は復唱してしまった。
「いつ?」
恥ずかしそうに話してきた妹だったが、恭子がそう質問すると、さらに恥ずかしさの度合いを強めたようだった。
「明日の三時に……」
「休日に美術館デートって――そんなベタなこと、あんたたち世代でもするんだね?」
「世代、って五歳しか違わないじゃん。それに課題のレポート書くためにって言ってたし……」
「ありそうな言い訳ね。それに五歳違えばジェネレーションギャップは避けられないのよ」
恭子は溜息を挟み、続けて尋ねた。
「……それで、あんた行くの?」
心配を悟られぬ様に何気なさを装う。
妹の言葉からでしかその男の事を知らないが、聞く限りでは悪い男ではなさそうに思える。
ただ、どうにも、何を考えているのか解らない。
単純に明日香を口説いているだけなのかしら――?
妹は、自分への自信の無さが格好や表情などに暗い雰囲気として表れてしまっている。
そのせいで気が付かれてないみたいだけど、身内の
傷こそ気になるかもしれないが、見る目のある男なら気が付いてもおかしくないと、恭子は常々思っていた。
その男がただ単に誘い下手でよく解らない行動になってるだけ――?
それならばそれで、心配事の内容が変わるのだが、暖かい目で見れなくともない。
「お姉ちゃんはどう思う?」
「あんたはどうしたいの?」
妹はこの相談をする為に話を切り出したのだと恭子は分かっていた。だからあえて訊き返した。
「というか、明日って事はもう返事したんでしょ? 何て言ったの?」
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