第4話 幼いころの記憶

 物心ついた時から、慎太郎は植物にしか恋愛感情を持つ事ができなかった。


「自分は他の人とは違うのかもしれない」


 そう思い始めたのは小学校の高学年――性教育が始まる頃だ。

 同級生たちは何処からか手に入れてきた成人向け雑誌を隠れて回し読みをし、そこに写る女性の裸体を見ては興奮していた。

 慎太郎もその輪に入り、共に興奮はしていた。だが、それは熱狂や背徳から来るものであって、決して性的興奮は無かった。


 しかし同じ頃、母親が寄越したスイートピーをきっかけに、慎太郎は自分の性癖に気が付いた。

 母親は情操じょうそう教育の一環として与えた物だった。だが、慎太郎はその淡い色に咲く花に心奪われた。

 身体を支えるように小さな鉢に手を添え、想いを込めながらもう一方の手で花弁や茎にそっと触れる。その瞬間、身体の芯から沸き立つ様な強い興奮を覚えた。


 それは生まれ始めての事だった。


 自分に起きている異常への対処を知らない慎太郎は、ただ欲望に飛び込むように顔を近付け、香りを嗅いだ。可憐な香りが鼻を抜けると痺れを感じる程に昂った。


 彼は自分の身体の反応を見てこれが性的興奮なのだと知った――そして自覚した。


        〇



 中学生になり周りが色恋に対して活発になり始めると、慎太郎は異性から好意を寄せられる事が少なくなかった。だが、植物にしか恋愛感情を抱けない自分が人と男女の交際をしても互いに不幸になっていく事は目に見え、交際を申し込まれても一切を断っていた。


 しかし中学三年生の梅雨の時期、そんな慎太郎にも〝彼女〟ができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る