すいれん

右川史也

前節 すこしまえ

第1話 五月の終わり

 睡蓮の花は儚く美しい。

 睡蓮の花を見る度に大坪おおつぼ慎太郎しんたろうはそう思った。


「大坪先輩って花好きなんですか? なんか意外です」


 大学構内にある池に浮かぶそれをじっと見つめていると、後輩の女子が声をかけてきた。

 慎太郎は曖昧な笑顔で応える。


「変、かな?」

「そんな事ないです。ただ男の人で珍しいな、くらいで。先輩はどんな花が好きなんですか?」

「慎太郎に気があるなら悪い事は言わない、止めておけ」


 後輩の隣にいた友人の拓也が割って入ってきた。 


「確かに頭も顔も性格も良いんだが、どうにもこいつは色恋に興味が薄くてな。去年も言い寄る女は何人かいたんだが誰にもなびかなかった」

「それって良いじゃないですか。大坪先輩って硬派なんですね」


 そんなふうに勘違いされる事も少なくない。


「別にそういう訳じゃないよ」


 爽やかな笑みを作る。この手の受け答えは最早慣れたものだ。そのおかげか、後輩に気に留めた様子は見られない。


「そうだ。ごめん、先に行って次の講義の席取っておいてくれないかな?」


 ああ、わかった。と、拓也は後輩を連れ、次の教室へ向かった。


 楽しそうにしゃべる彼らの背中が、徐々に構内に溢れる学生の波に飲まれていく。

 まもなく二人の影は学生の群れに紛れた。


 慎太郎はそっと一息吐くと、再び睡蓮の花に視線を戻した。

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