テンプレラノベ学園もの(笑)

 俺こと、どこにでもいるようなオタク、鈴木 康太郎すずき こうたろうは例のごとく今シーズンたる夏期アニメをチェックしていた。


 今日は同じ大学でオタク仲間の佐崎 祐司さざき ゆうじにおすすめされた原作ラノベで学園ファンタジーといういかにもありきたりな作品である『摂理破壊の精霊使いエレメントマスター』のアニメ一話をライブチャットを利用して二人で視聴していたのだった。言わずもがなリアルタイムで感想を述べ合いながら楽しむためである。


「まーたこの展開かよ!」


 俺はヘッドセットのマイクに向かってテレビに映る中性的で線の細いイケメン主人公のとりまきが生徒会長に喧嘩を売り、それを生徒会長のとりまきが買い言葉で応じて主人公と生徒会長のための決闘の舞台、その外堀が埋まっていく様子を見てそうのたまった。


『テンプレ乙は褒め言葉ですな』

「いやー、キツいっす」


 ヘッドセットから聞こえる友人の声に俺はすかさず切り返した。


 『摂理破壊の精霊使い』。何を隠そう、もう何番煎じだかわからないくらい使い古された…いや、もはや伝統のある学園ファンタジーラノベの基本を踏襲しまくったテンプレ祭り作品である。


 古来より、存在を忘れる前には電波に乗せられるテンプレ学園ファンタジー作品のアニメ化……それに今回はこの作品がどうやら抜擢されたようだ。


 なんのことはない。いつもどおり主人公の入学式から物語がスタート。で、いつもどおりその強さがすでに周囲に認知されていて、いつもどおりすぐにお手軽ハーレムが出来そうな恋愛レベルのチョロインがその辺を跋扈している。そらみろ早速幼なじみとのラッキースケベが発生だ。この手の主人公ってここら辺の能力常に搭載されてるよな。


 開始3分でこれだぜ? この間にもうすでにハーレム要員入りを果たしている幼なじみと眉目秀麗で胸囲の薄い、男をダメにしそうな主人公の姉が登場している。ヒロインの属性は千差万別だけど、すでに仲のいいヒロインがいるってのもいつもどおりどこぞで見た展開だぁ。


 そしてこの作品の世界観の説明、学園の入学理由の説明が主人公達の他愛のない入学風景をバックに説明され、式会場へ。


 ここで入学式に遅刻してきた生徒を糾弾していた生徒会勢に幼なじみが食ってかかり、なんやかんや口論して生徒会がキレてなぜか主人公と生徒会長が決闘することが決まってAパートが終了。


 今はCMである。CMではすでに生徒会長が主人公にデレた状態でラノベの宣伝をやっている。テンプレ過ぎぃ!


「こういう生徒会長とかカテゴリ的にかわいくて好きだけど、こういうテンプレ作品は最近ちょっと食傷気味で完走できるか心配だわ」

『ま、ま、康太郎氏。この作品、実はかなり声優が豪華なんですぞ。新旧有名声優が入り乱れてお耳幸せワッショイショイってやつですわ』

「マジか。そういやさっきから有名声優しか出てないな。それで完走できるかもだな」


 俺は新たに始まる作品は先入観を廃すために極力前情報無しで視聴する事を是としている。だが、こうしてライブチャットで明かされる声優の情報やらネタバレやらには頓着していない。楽しめればいいんだよ。楽しめれば。


 ちなみに決して予習勢をディスっているわけではない。気になる作品の展開が気になるのはわかるし、それを先取りするのは悪いことじゃない。祐司はその予習勢である。


『とりあえず原作3巻まで読みましたぞ。……学園でトーナメント始まりそうですな』

「あっ」


 察してしまった俺をよそにBパートが始まった。なんで少年漫画とか諸々の作品は展開に困ったらすぐにトーナメントやっちゃうんかね。


 なんか学園にコロッセオと呼ばれる闘技場があって学生の訓練やら決闘やらのステージになってるところがあり、決闘を受けることになった主人公はコロッセオの控え室にいた。なぜ学園にコロッセオが、とかツッコんじゃダメだ。


 主人公が指にはめている指輪と腕輪の宝石からそれぞれ精霊を二体喚び出した。


『これから決闘することになっちゃったよ』

『また面倒ごとに巻き込まれてるのです……』

『決闘か。そりゃいいが、いつもどおり鍛錬を忘れるなよ?』

『ええ、こんな時でも?』


 というような会話をすると主人公は一度出した精霊を指輪に戻した。当然のように精霊は二体とも女性型だった。いつもどおりである。


「鍛錬って何の話?」

『2話か3話あたりで説明はいると思いますぞ。乞うご期待ですな』

「ほんとぉ? 最近説明もないまま進行する作品に結構当たって辛いんだけど。特にこの監督の作品ね。たしかこれも1クール構成だろ? 実は心配してるんだけど」

『ああ、原作未読者特有の置いてけぼりにされるやつですな? 大人の事情で』

「そうそう。軽いトラウマなんだよなぁ……。個人的にはストック残してでも丁寧に作ってほしいけどなぁ」

『おのれ大人の事情……!』


 あれね、それなりに必要なシーンが尺やらなんやらの都合で構成が台無しになったパターンね。あれ本当にどうにかならんもんか……。


 若干消沈する俺に、祐司が『精霊は魂の匂いと魔力の味に好みがあってですな……』という感じで下手するとカットされかねない基礎的な部分を補足していると場面が転換しコロッセオの観客席を映し、騒ぐ観客達を描写している。なぜか会場入りが多いのもテンプレどおりだ。


「しかし見事なテンプレ生徒会長だな」

『学園の生徒会長で理事長の娘で金髪ドリルで巨乳のお嬢様、属性盛り盛りですな』

「あとつり気味の目もとがいいよな。是非メガネをかけて頂きたいっ」

『まーた始まりましたぞ。前期も前々期もそんなことおっしゃってましたな』

「うるせーうるせー。いいだろ別に」


 余談だが俺はメガネ萌えである。それはそれは大好きである。俺のメガネ萌えのルーツは、そう。忘れもしない高校時代のある日の放課後だった。


 ……と、語り出すと色々止まらないので逐次たる思いで割愛させていただくが。


 そんな雑念を振り払って液晶に注視する。場面は会長が武器の鎖だか鞭だか判別に困る武器の先端にあしらわれた宝石から炎の獅子を象った精霊を出したところであった。生徒会長が調教師ばりの鞭さばきで鎖を振るって地面を一打ちすると獅子が主人公に襲いかかる。


 主人公はそれをテンプレどおりかっこよく躱すと指輪から精霊を二体呼び出す。


 いや、控え室から出しっぱなしで良かったのでは?いや、出しっぱなしは魔力的なのが減るのかもしれない。水道代的なやつの可能性。出しっぱなしはもったいないもんな。


 そして観客達周囲がにわかに色めき立つ。口々に「精霊を二体同時行使だって!?」「馬鹿な! 新入生にそんな芸当……」「いや、そうだ。あいつはスレイ・ベルフォード! 聞いたことがある……」などとテンプレどおりの驚愕の声が聞こえる。


『ちなみに会長のとりまき二人も二体出せますぞ』

「へぇ。会長は?」

『あの赤ライオン一匹が限界ですが』

「解せぬ」


 なんでとりまきの方が会長より凄そうなんだよ。


 観客達のざわめきに会長も乗っかって「二体行使とはなかなか……ですがそれだけでは勝敗は決まりませんわ!」とこれまたテンプレなセリフを吐く。最早様式美である。


 会長が鎖を振ると赤ライオンが主人公の退路を塞ぐように広範囲に火を噴き、主人公を攻撃するが、主人公も手から火を発生させて応戦する。


 時折、相の手に会長が鎖で追撃を仕掛けてくるので主人公は苦戦を強いられながらも学園の備品の剣を用いて防御し、炎の攻撃には炎を出して。


「お前も火属性かよ!」

『序盤の炎使いの噛ませ率は異常とされる昨今、主人公にも炎を使わせるセオリーブレイク! 

ちょっとテンプレから外れていい感じだと思いませんかな?』

「最近はもうちょっとボス枠を張れる炎使いが見たいな、と思わなくもない」

『3巻までにあと3人炎使い出てくるからお気に召すキャラがいるといいですな』

「炎使い大過ぎィ!」


 どうなってるんだこの作品。炎使いだけで戦隊一つ作れるじゃねーか。


『ちなみに主人公は厳密には熱使いですぞ』

「摂理破壊はどこいったんだよ」

『やだなぁ。そんな響きだけで危ない精霊、学生の決闘で使うわけないじゃないですかヤダー』


 白熱した炎の舞踏会は徐々に主人公の火力が根負けして劣勢気味になっていく。やがて会長の放った爆炎が主人公に直撃すると生徒会サイドは気色ばんだ声援を上げ、主人公サイドは悲鳴を上げる。両社対極の様相だ。


 お互いの攻勢が一端終了し、爆煙から主人公が少しよろめきながら出てきた。


 煤をかぶってもイケメンな主人公は「火力勝負じゃ勝てない、ね」と呟くと今まで側で腕を組んで試合運びを見守っていた精霊が「しょうがねーな」とため息混じりに言って主人公に使役される態勢をとる。そして主人公は「見せてあげるよ。摂理破壊の力を!」と決めゼリフを言ってエンディングに入った。


「次回で摂理破壊使いそうな引きで終わったじゃねーか!」

『いやいや、ここで別勢力の茶々が入ってなんやかんやあって会長が惚れるかこのまま決闘が決着して主人公の力に惹かれて惚れるかは二話までわかりませんぞ』

「どうあがいても会長が惚れてるんですがそれは」

『ここまでテンプレ』


 このどこまで行ってもテンプレな一話をひとしきり笑っい合った俺たちは雑談もそこそこにしてボイスチャットを切った。テンションが落ち着くと共に猛烈な眠気を感じる。


「くぁ、眠た……」


 もう夜中の3時だ。リアルタイムで実況なんてするもんじゃないなぁ。


 ベッドまで歩くのすら億劫に感じて俺はその場で寝転び目をつむった。


 そういえば明日は一コマ目から授業だったっけ?


 ………だめだ。異常に眠い。今まで無欠席なのだから一日くらいサボタージュを敢行しても大きな問題にはならんだろう。祐司もきっとそーする。俺だってそーする。


 もう一度大きなあくびをするとそのまま意識はまどろんで暗転した。


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