4月6日は伸びていく

「今の話でここまでパッとわかるって、センスあるよなあ。さっすがアキラだな」

 野原が笑顔を見せたので、ARは以前よりはいくらかリラックスしたような笑顔を見せて答えた。

「いやぁ、野原さんの説明がマジで面白いんで、すっげぇやりがいあります」

「でもまだまだ、稼いでるって感じじゃないけどな」

「へへ、そうなんすよね。でも大丈夫っす。すげえ手数料安くしてもらってるってわかってますし、最初は損することが多いってすげえちゃんと説明してもらったんで。マジ今俺、やる気しかないっす」

「いいね。俺もアキラががっつり稼げるとこまで完全サポートするからさ。あ、そうだ。良い焼酎飲まない? ちょっと良いやつ入ってるんだ。珍しいから飲んでってもらいたいんだよなあ。金、残してある?」

「もちろんです! 宿題と、酒代、別々に用意してきたんで。特別な焼酎、いただきます!」

 ARは財布から1万円札を追加で取り出し、先に渡した今回の投資額16万円が入った茶封筒の隣に、むきだしのまま一枚、机に置いた。

「アキラぁ、バイト頑張ってんなぁ」

「夜のシフト入れたんすよ!」

「そうか、いいぞ、俺もやる気出てる。よし、次回はアキラのために、とっておきのワイン出しといてやるからさ。また来週も頑張ろう!」

「はい! ありがとうございます!」


「今日も調子乗ってた?」

「完全にノリノリだったわ。どこまで本気か知らねえけどな」

 ARはワイヤレスイヤホンを右耳に深く挿し直しつつ、スマートフォンで手早く「@AR0108IV」としてSNSに投稿をした。

『相場は難しいわ~。でも稼げる感じが掴めてきた。今日も勉強!』

 そこに「@Yuutax0623」がいつものようにコメントする。

『儲かってんの? おごれ!』

『今年中にはおごったる』

 他の大学生のアカウントが、次々に反応を返してくる。

「26件か」ARは渋谷のハチ公前で酔っぱらって道に転がっている数名の集団と駆け寄った警察官を横目で見ながら言った。「アキラ、友達増えてんなあ」

「月曜までに50到達って感じでやっとくわ」

「そろそろ来るかもな」

 ARがそう言うと、予想通りに野原が早速、反応を返してきた。

『アキラくんには才能がある! そろそろ成果が出てくるはずだよ!』

「ほらきた」ARは笑った。「野原は優しいねえ。上手いカモの匂いを嗅ぎ付けてるから」


 ARは素早く服装を変え、パーマをかけた少し長い茶髪を付けたニット帽をかぶった。偽物の髪をこめかみに流し、両方の目尻には横に目を引っ張るテープを付ける。花粉症のマスクを付ければ、雑居ビルから出て来た野原を尾行しても、少し遠くからであれば気付かれることもない。


「このクソアパートが六本木の高級マンションだと」

 ARがそう言うと、イヤホンから笑い声が聞こえた。「野原は演技だけでやる派だな」

「何平米あるんすか? って聞いたら、『何平米って言い方は微妙だな、でもこのビルの倍はあるな』とか言ってやがったな」

「でもそれ聞いて、バカみたいにすげーって言ってあげてたね」

「家賃いくらなんすか? って聞いたら、『普通のサラリーマンのボーナスの倍かな、でもそれ何円なんだろう、いやそれよりは絶対高いけど』って言ってたな」

「それもバカみたいにすげえすげえ野原さんって言ってあげてたね」

「実際すげえから。投資アナリストの野原さんは」

 そう言ってから口を閉じ、ARは野原が入って行った2階建て6部屋のアパートに近寄り、ポストの前で頭をかがめて野原が入った部屋番号のポストを確認した。野原は郵便物に触れることなく階段をあがっていった。ポストにはチラシや封筒がぎっしりと詰め込まれている。

「きったねえな。感覚がマヒしてるのか」

 ARが言うと、声は答えた。

「近いのかな?」

「いや」

 ARはアパートに背を向けて、さきほど降りた駅に向かって足早に夜道をどんどん歩きながら言った。

「稼げるって感じさせてやってるし、まだもう少し欲を出すはずだ」

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