第59話 日本の住宅事情

「おーい、そろそろ席に着けー」

 技術教師の杢生匠が少し緊張した声を発した。

「今日は特別なお客様が見えています。未来党・党首、鷹山巌一郎衆議院議員です」

「えーーーー!!」

教室内がどよめいた。杢生がいったん扉の外に出て御大おんたいを迎えた。鷹山が技術室内に入ってくると、生徒たちは拍手で歓迎した。片手を軽くあげニコニコとみんなの方を見回しながら、登壇した。


「みなさん、こんにちは」

「こんにちは!」

「突然の訪問で驚いていることでしょう。知っている方もいらっしゃるかも知れませんが、この建築ミニチュアの課題というのは、私どもが働きかけて実現したカリキュラムなのです。諸君の先輩方も、それは見事な作品を残してくれました」

 じっと聞き入る1年G組の生徒たち。

「こうした物作りの経験は、きっと、その後の就職先で大いに役立つだろうとの信念で、取り進めてまいりました」

「北伊勢高校の諸君は、ご両親のお勤め先に建築・自動車関係が多いと聞いております。ご自身の進路先も、工業系大学、メーカー、建設業の志望順位が高いと、杢生先生からうかがいました」

「そこで、私は考えました。せっかく作った建築模型を、このまま捨て置くのはもったいないと」


 教室内がざわざわしだした。

「はーい、静かに」

 まさかな、という誰かの小声が聞こえた。

「諸君のミニチュアを、ぜひ実際の建築物に使うプランとして採用したい」

 そう言い終わると、生徒一同がどよめいた。

「でも俺のへたくそな家じゃなあ」と卑下する生徒の声も漏れてきた。

「心配ありません。建築するにあたり、不具合のある部分はプロの目で修正してもらえます。私が欲しているのは、若い感性による自由な発想の家々なのです」


 メシヤはあの日、鷹山とイエスの三人で話し合ったことを思い出していた。日本の家は、なぜにこうも画一的な家ばかりが増えてしまったのか、という論題だ。建築コストの削減のためと言えば聞こえはいいが、実情は売り手側が余計なことに時間をかけず、右から左へどんどん家を売りさばきたいからなのだ。その結果、元請けの経営者だけが儲かり、下請けや職人は単価を下げられてしまうという構造が生まれた。


 当然、使われる建築資材も安価なものになってしまい、手間をかけることなく、魅力的とは言いがたい建築物が出来上がってしまう。それは、街の景観、国の発展度にも関わってくる問題だ。

 十九川工務店はこの流れに逆らって、独自路線を展開してきた。施主とのヒアリングを何度も行い、希望に沿うプラン作りをした。もちろん、手間もお金もかかることだが、多くの人にとって家造りは一生に一度のことである。施主家族の人生、職人の暮らし、資材メーカーの社運、多くのモノを背負っている。それらに思いを馳せられなければ、名門・十九川工務店の先行きも危ういだろう。イエスは御曹司だが、その辺の気構えは持ち合わせていた。

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