第095話 暴露

 この世界にも医学は、確かにある。


 しかし、それを治癒魔法と比べると、即効性がある魔法の足元にも及ばない。


 その治癒魔法は、電撃魔法ほどではないにしろ膨大な魔力を必要とするため、一般人では行使できるだけの魔力量を保有している者は限られてくる。

 それ以前に、魔力量が足りていても魔法知識が無ければ、無理な話である。


 魔法三大原則――その弐、


「魔法とは、詠唱をして発動するもの」


 と信じられているが、その詠唱ができなければ意味が無い。


 この世界は、魔法の優位性がかなり高く、その呪文を知ることが最初の関門だったりする。


 その方法は、魔法書を入手してそこから学ぶのが一番間違いがないが、あまりにもそれは高価で万人が実行できるものではない。

 イルマがコウヘイに貸し出そうとした魔法書が良い例で、白金貨もの値打ちが付く場合がある。


 となると、帝国が運営している魔術学園に通うのが主流だろう。

 あとは、個人的に魔法士を師事して呪文を教えてもらうくらいしかない。


 一般人には、そんな事情があるため、神官頼りな面が大きく、神官による治癒魔法の費用も高額で、中々手が出せる手段ではなかったりする。


 結果、一般人が病気に掛かったり、怪我を負ってしまうと、回復ポーション類に頼らざるを得ないのである。


 つまり、冒険者たちが薬草採取をしないと一般人は、それを回復する手段を失ってしまい、生存率が減少する――――


 テレーゼさんは、感心するようにエヴァの説明に聞き入っていた。


「エヴァ様は、よくお考えになっているのですね」

「様はいらないわ。あたしはエヴァでいいわよ」


 エヴァは、テレーゼさんからそう呼ばれて恥ずかしいのか、少し頬を染めて投げ遣り気味に手を顔の前で振って訂正した。


「いえ、勇者様たちを敬称なしにお呼びできません」


 テレーゼさんは、頑なだった。


 それなら、僕だって様はいらないよ、と言おうとした。


 そのはずなのに、何故か違う言葉が流れ出た。


「僕たちは、勇者じゃないよ」


 何か考えがあって言った訳ではなく、自然とそう口を衝いて出た。


 ただ、テレーゼさんには、本当のことを言わなければならない気がした。


 ――何故だろうか。


 魔法の秘密を話したときと同じく、見えない力に後押しされたように――


「ちょ、ちょっと、コウヘイ!」


 慌てたようにエヴァが大声を出した。

 そして、イルマ、エルサとミラも驚いた様子で僕のことを見ていた。


 ――僕たちは、勇者パーティーと噂されている。


 それは、僕たちが言った訳ではなく、勝手に噂されていることである。

 ただ、否定する機会はいくらでもあったのに、それをしていない。


 僕たちに声を掛けてくる人たちがみな口を揃えて勇者様と言ってくるにも拘わらず、だ。


 一応、それには理由がある。


 中級魔族出現の知らせで、冒険者ギルド前の広場周辺にいた人たちは、住民だけではなく冒険者も含めて大混乱になりかけた。

 それでも、勇者パーティーが駆け付けるということを聞いた途端――

 本当に一瞬で彼らは平静を取り戻した。


 その場に居ないにも拘らず、魔族に対し、「勇者」と言うだけで、その効果を発揮するのだから、それはまさにパワーワードだった。


 しかし、その知らせから一週間が経過し、予定では既に到着していても良いはずなのに、一向に勇者パーティーが到着する気配はなかった。


 そのまま時が経過し、冒険者だけではなく騎士たちの中からも負傷者が出はじめ、その数が日に日に増していった。


 既にテレサから避難している住民も大勢いる。

 それでも、冒険者の必需品を商売にしている人たちは不安になりながらも耐え、避難せずに残ってくれていた。


 そんな住人は、僕たちをもう一つの勇者パーティーと信じて声を掛けてくる。


 その度に僕たちは、討伐したオーガやミノタウロスをその場に出して見せ、中級魔族が襲撃して来ても大丈夫だと安心させる役割を、ここ一週間ほど率先して担っているのだった。


 当然、これはテレサ冒険者ギルドのギルドマスターであるラルフさんからの要請であり、れっきとしたクエストである。


 その内容は、住人を安心させるために僕たちが討伐した魔獣たちを披露する。

 ただ、僕たちが勇者であると言う必要は無いけど、否定をしてもいけないことになっている。


 当初、それをラルフさんから依頼されたときは、嫌で仕方なかった。

 それでも、ラルフさんの必死にお願いする姿と、エヴァの一言が後押しとなり、僕は首を縦に振った。


『勇者パーティーが来たら、代わりを担ってやったと言ったらいいわよ』


 流石に、エヴァが言ったようなことを言うのは僕の柄ではないため、そんなことを言うつもりはさらさらないけど、先輩たちに対する負い目を軽くするためにも、そのことが僕の自信になるかもしれないと思った。


 そんな経緯があり、僕は勇者を演じることになった。


 僕の突然の暴露は、クエストの規約違反を犯したことになる。


 そのため、エルサたちの驚きは、尤もなことだった。


 また、それ以上に、「ガーディアンズ」と、「荒ぶる剣」の面々は、信じられないといった様子で目をしばたたかせていた。


 が、


 テレーゼさんは違った。


 と言うよりも、その両脇に座っているウラさんとロレスさんを含めた、「野に咲く花」の三人だけは、落ち着いていた。


 その証拠に、テレーゼさんの一言で、僕は時が止まるのを感じたほどだった。


「……知っていましたよ」


 テレーゼさんは、呟くように落ち着いた声音で尚も続けた。


「左手、見せていただけますか?」


 右手を出して静かに僕を見据えるテレーゼさんの双眸は、真剣そのものだった。

 目尻が下がっているから優しそうな雰囲気があるけど、その黒い瞳に見つめられた僕は、背筋が伸びる思いをした。


 そして気付いた――

 テレーゼさんの瞳は、黒目ではなく、碧眼だったはずだということに。


 しかし、真っ直ぐ視線を向けられた僕には、それを指摘する余裕がなかった。


 僕自ら勇者ではないと告白したけど、それ以前からテレーゼさんは知っていた。

 それなのに、僕たちのことを必要以上に勇者扱いしていた。


 そんな面倒なことをする理由とは、一体なんだろうか。


 わからない……


 綿麻の白っぽいチュニックに、真っ黒な身隠しローブ姿の僕は、その左手に手袋をはめていなかった。

 それで勇者の紋章が無いことに気が付いたのだろうか。


 いや、僕のことを真っ直ぐ見つめているテレーゼさんの落ち着いた様子からして、大分前から知っていたような気もする。


 そうとなると、いつだ?

 もしかしたら帝都に居たことがあるのかもしれない。


 冒険者は、クエスト等で国を移動することだってあるから、帝都にも行ったことがあって、そこで僕のことを知ったと考えると納得できる。


 しかし、少し考えてそれを否定する。


 僕に勇者の紋章が無いことを知っているのは、帝国の上層部と召喚の儀式に立ち会った魔法士たちしかいないことを思い出した。


 となると、わからない……


 憶測が僕の頭の中を駆け巡る。


「さあ、見せてください」

「あ、うん……」


 僕はテレーゼさんに催促されるまま左手を出す。

 それをテレーゼさんが取り、手の甲をファビオさんたちに見せるように持ち上げた。


 嫌な記憶が蘇る。


 それは、サーデン帝国のサダラーン城に召喚され、ステータスを確認されたときのことだった。


『みなさん聞いてください! このものは、勇者ではありません。見てくださいこれを』


 聖女オフィーリアがそう高らかに宣言して僕をはずかしめた場面を思い出した僕は、そのまま顔を伏せた。


「本来であれば、勇者の左手の甲には、四本の剣が交差した紋章があります」


 テレーゼさんの言い方は、優しかったけど、勇者の紋章についての説明内容は、聖女オフィーリアと同じようなものだった。


「紋章が、無い……」


 ファビオさんは、感情が抜けたような声音で呟いた。


 きっと、騙されたとでも思っているのかもしれない。


 俯いている僕には、みんながどのような表情をしているのかわからない。

 それでも、恐らくそういう類のものだろうということは察しが付く。


「そうです。つまり、コウヘイ様は言い伝えの勇者様ではありません」


 はっきりとテレーゼさんに言われて僕は泣きそうになり、より深く俯いた。


 結局、ここに来ても僕は、蔑みの対象になってしまうのか、と。


 ――――まさかの暴露から窮地に追い込まれたコウヘイは、何とも言い難い惨めな思いをする。


 パーティーメンバーにしか知られていないコウヘイのコンプレックスを、カッパーランクでしかないテレーゼが知っていた理由とは――

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